第6話 その頃の八洲
ルカレシア大陸で運命の歯車が大きく狂い出してから数日後。
渦中の大陸から海を隔てた島国
そこは天下人が住まうモノとして歴史上類を見ないほどの巨大な造りとなっている。
そして、その天守閣には今この国を動かす重鎮たちが一堂に会していた。
天守閣そのものは元々戦の際の物見櫓的な側面が強く居住スペースではないのだが、こうして主である大将軍の権威を見せつけるために敢えてこの巨大な城にも建てられ、また内外の者と大将軍が会う際に使われることがあった。
「……上様、密かに放っていた“影”からの情報では、
幕府を支える五人の重鎮――――老中のひとりが報告をすると、にわかに場がざわついた。
「まさか単身で……」
「いや、たしかに驚きはしたが、同時に納得もできよう。
「しかし、雪叢殿は《聖剣の勇者》の一行に同道していたのでは……」
「ふん、若造ごときにあの者を御せるはずがあるまいて」
口々に言葉を並べる老中たち。
そして、彼らの位置よりも一段高い奥の座に腰を下ろしていた美丈夫もにわかに眉を動かす。
魔王ザイナード討伐さる――――その急報に少なくない驚きは覚えたものの、自身の感情を即座に態度に出すほど未熟ではなかった。
「そうか……。やはり奴を大陸に向かわせたのは正解であったか。……それと、“影”をつけていたこともな」
二代目の大将軍として八洲を統べる
整えられた髪にやや削げた頬、双眸に輝く鋭いまでの黒瞳は、若くして大将軍の位を譲り受けただけの覇気を秘めている。
雪叢とはまた違う意味での王者たる風格があった。
「まことに。あのまま雪叢殿をこの国に留めておくことは、新たな災いの元になりかねませんでした」
白い髭を蓄えながらも屈強な肉体を持つ隻眼の大老――――
「上條幕府十四代将軍の遺児ともあれば、戦場ならともかく太平となった今の世においては何らかの理由をつけて誅することも容易にはできぬからな。それこそ反幕府勢力に大義名分を与えることになる」
ちなみに、言葉に表すことはできないのだが、信秀とて雪叢をむやみやたらと死に追いやりたいわけではない。
彼の父親である初代大将軍の
しかし、だからこそ彼ユキムラの存在が火種となる。
「いかに十五代将軍たる
信秀は大将軍としての立場から、幼い頃ずいぶんと世話になった年上の従兄弟をそう呼んだ。
上條幕府最後の将軍である十五代雪頼とそれを担ぐ関白を天下原で討ち取ったものの、かつての幕府再興を目論む人間は外様将家には未だ多く、いかに親族とはいえそこに私情を挟むことはできないからだ。
「本人に
「……『武士は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候』とはよく言ったものよ。あの者こそかつでの死に狂いと呼ばれた武士道を体現しておる」
老中たちは口々に雪叢を評する。
不思議なことに、敵として戦った相手にもかかわらず、彼の肩を持つ意見が殊の外多かった。
単騎駆けは戦の花――――とはよく言うが、それを実践できるものは極めて少なく、また駆け抜けきることができる者ともなればこの八洲にも数えるほどしか存在していない。
そして、大陸で雪叢はまた新たな伝説を作り上げた。
老中たちの表情には、かつて自分たちが武人として戦場を駆け巡ったこともあるからか、畏怖と敬意の双方が存在していた。
「しかし、そのために
老中の一人が苦々しげに口にする。
彼は天下原の戦いで親族を数名、雪叢自身の手によって討たれていた。
戦とは殺し殺されるものである――――それは彼自身も理解しているのだが、だからといって感情面で完全に割り切れるものではないのだ。
周りの老中たちもそこは理解しているのか何も言うことはしない。
「詮無きことよ。奴はもうこの国にはおらぬ」
信秀が扇子で手の平を軽く叩き、この会話はここまでだと告げる。
この場にいるすべての人間が今や国を動かす立場となっている。
いつまでもこの国にはいない人間のことに考えを割く暇などない。
「この国に戻らないのであれば、好きにさせておけばよかろう。むしろ、こちらから手を出す方が寝た子を起こすことになりかねん。それよりも、魔王ザイナード討伐の報、大陸の国々には流れぬよう各国の草は可能な限り始末するように“影”に命じろ」
「はっ」
その言葉をもってこの場は終了となった。
深々と正座のまま一礼をして、将軍の間を後にしていく老中たち。
そして、残された信秀は天守閣から外に出て都の街並みを眺める。
先の大規模な戦を経て、夜刀神家の天下となった
おそらく大陸はまだ数年に渡って荒れ続けるだろう。
ならば、その間に自分たちは精々国力を蓄えさせてもらうだけだ。
魔族との戦いが終われば、次は人類同士が覇権をかけて争うようになるのは明白だ。
信秀自身に大陸へと進出する野望があるわけではないが、その逆がないとも限らない。
ひとたび大将軍となったからには、この国にとって利が生じるように動かねばならない責務が信秀にはある。
むしろ、そのために新たに参加することになった大陸会議という
「《聖剣の勇者》とやらを旅立たせ、魔王を倒すと息巻いていたが……。なんとも度し難いものよな……」
大陸の国々は八洲を蛮族の集まりとでも思っている。
だが、好きに吠えているがいい。
八洲はすでに武士の力で
本来であれば、八洲が大陸の魔族討伐に協力する必要などなかったのだ。
信秀たち八洲の人間からすれば、魔族だろうがなんだろうが斬れば倒せるような敵を相手に大陸の諸国家は実に手ぬるいことをしているように見えた。
結局のところ、人類の危機と嘯きながら切り札であるはずの騎士や戦士、名うての傭兵を投入したり軍を全力で差し向けることができないでいるのは、
国家に永遠の友人など存在はしないが、こうも露骨だとさすがに傍観者としては笑えてくる。
そう考えると、《聖剣の勇者》と持て囃される少年が少しだけ哀れに思えてくる。
しかし、そのおかげでこちらはたった一人の“死に狂い”を差し出すだけで済んだ。
その意味は非常に大きい。
精々、大陸の国々には身内で踊っていてもらおうではないか。
そこまで思考を巡らせたところで、ふと信秀は為政者の顔からひとりの男の顏に戻る。
「……しかし、まさか本当にいの一番で敵の
立場が異なりかつてのようにはいかないが、それでも雪叢が生きているのであれば信秀としては息災であることを願わずにはいられない。
遠い異朝に思いを馳せるように目を細める信秀。
「ただ、兄者……。数々の太刀だけでなく、《
雪叢が容赦なく名物の類を持ち出したことで、とんでもない騒ぎになったことを思い出した信秀の顔色が悪くなり、手が胃のあたりに伸びる。
もちろん、信秀は上條家の
「まことこれきりにしていただきたい……。大名物の数々を勝手に持ち出すのだけは……」
そして、結局肌身離さず持ち歩くはめになった大将軍家の家宝 《
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