第1話 敵を斬りまくっていたらなぜかパーティーを追い出されたでござる

「いいかげんにしろ! もうお前とはやっていられない!」


 あたりを警戒していた俺の前までやってきた少年が突然怒りを露わにする。


「ちょ、ちょっとどうしたんだよ、デュラン……」


 ひとりの女が止めに入るが、デュランと呼ばれた少年は肩を震わせて俺の方を睨んだままだ。


 いきなり怒鳴りつけられたことに不快感を覚えるよりも、戦いが終わったばかりでよくそれだけの元気が残っているものだと感心してしまった。


 そんな俺たちの周囲には膨大な数の魔物や魔族の死体が転がっている。


 人類の天敵として闇から現れ、魔に属するものどもを率い、この世界の人類が暮らす大陸を脅かさんとする存在――――魔王が放った軍勢の一部だ。


 殴り殺されたもの、灰へと身体ごと変えられてしまったもの、焼け焦げていたり凍り付いていたり爆ぜ割れていたりするもの。

 様々な方法で倒されているが、中でも一番多い死因は剣で受けた深い傷によるものだった。


 そして、俺の前でなにやら怒り心頭でいるのが、当代 《聖剣の勇者》デュラン・ヴィレ・マクシミリアンである。

 栗色の髪と瞳に細面と女人受けしそうな顔をしており、実際に旅をしている間は勇者様と持て囃されてそれなりにいい思いをしていたと思う。

 まぁ、俺の感覚から言わせると、故郷ヤシマにでも生まれていたら、「姫稚子」とか呼ばれて苦労しそうな感じだ。

 ……主に衆道的な意味で。


 そんな彼の周囲には、先ほどデュランを制止した大陸に名高い女戦士で強靭な肉体を持つ赤毛のジリアン・マックイーン、ミスリル銀で作られた杖を持ち大神官服に身を包んだ青色の髪の美女アリエル・ミラルディア、精霊神殿において《聖女》と呼ばれるプラチナの髪を持つ少女ルクレツィア・セイン・イゼルローツがこちらを見つめるようにしていた。


 彼女たちは揃って俺とデュランへ視線を向けているが、それはデュランのような怒りの感情ではなく、どちらかというとこちら側を畏怖しているような気配さえある。


 《聖剣の勇者》を見る視線というならまだわかるが、なんでただの侍に過ぎない俺までそこに含まれるのだろうか。


 心当たりはなくもないが、今回相手にした魔物の半分以上を俺ひとりで倒したことが原因だとしたらずいぶんと大袈裟な反応である。


 故郷で戦に明け暮れていた時には、敵は万単位同士のぶつかり合い。

 しかも魔物など比較にならぬ手練ればかりで、こんな悠長な戦い方をしているヒマなどなかったのだが……。


「なんだ、いきなり……?」


 戸惑いつつも、俺は自分の得物である刀を鞘に納めながら静かに返す。

 その際、涼やかな鞘鳴りの音が屍山血河しざんけつがというには控えめな戦場跡に小さく響く。


 おかしい……。


 故郷を出る際に「野蛮な風習だと思われるから絶対に止めろ」とキツく言われていたので、敵の名のありそうな将を討ち取った際にも首は切り取ってこなかったのだが……。


 どうもそんな俺の状況を理解していないような反応が余計にデュランの感情を刺激してしまったらしい。


「いつもいつもお前が危険を顧みずに戦うから、みんなが危なくなるんだろうが! とんだ狂戦士バーサーカーを仲間に入れてしまったものだ!」


 デュランからは今にも勇者の代名詞である聖剣を抜きそうな気配さえ漂っているが、残念ながらそれを受けても己の身に恐怖は生じなかった。


 当然だ。いかに《聖剣》といえど、


 ――――カチカチ。


 しかし、俺の意思とは関係なく、腰に佩いた刀の鍔がデュランの剣呑な気配に反応して小さく鳴る。


 まったく、これだから物騒な“妖刀”は……。


「ヤシマのサムライは礼節を弁えていて武勇に優れるというから、王の頼みということで仲間に入れたらとんだ目に遭わされた!」


 デュランの怒りは止まらない。

 まるで今まで溜め込んできたものが一気に出てしまったようでさえある。


「やはり、絶え間なく国内で人間同士の殺し合いを繰り広げてきただけの蛮族だったか!」


 ……すでに蛮族認定されているじゃないか。


「やめなよ、デュラン! そんな言い方って――――」


 気のいい姉貴肌な性格のジリアンは、さすがにデュランの言葉が暴言になってきたのマズいと思ったか本格的に仲裁に入ろうとする。


 だが、たしかに魔族と戦うわけでもないのに、ずっと国内で数百年も天下の奪い合いをしていればそのようにも見えるのだろう。

 馴染みの侍連中であれば、侮辱されたと刀を抜いて怒りを露わにしそうな言葉だが、さすがにデュランの言っていることにも一理くらいあると俺は思う。


「ジリアンは黙っていてくれ。コイツのせいで――――」


 ……それよりもだ。

 納得がいかないのは、俺が仲間を危険な目に遭わせているという点である。


 基本的に、この旅自体が俺にとって自分の意見云々を挟めるものではなく、あくまでも付き添いを命じられているに過ぎない。

 どのように進んでいくかの決定権はすべてリーダーであるデュランが持っており、俺は観察者オブザーバー兼戦闘要員として無理矢理参加させられているだけだ。


 たしかに、デュランとて《聖剣の勇者》に選ばれるからには個人としてもかなりの強さを持っているといえよう。


 しかし、一撃で魔物や魔族を倒せるだけの威力を《聖剣》が有しておりながら、その身のこなしはあまり素早くない。

 剣の流派そのものが違うので俺は指摘もしていないが、どうにも無駄な動きが多く見られる。

 言ってしまえば“経験不足”なのだ。


 だから、本来は少数の敵を叩きつつ大軍は回避するべきなのだが、勇者としての気負いからかデュランはどんどん進んでいってしまう。


 その結果が今回の戦いであり、これは初めてのことではない。

 全滅を避けるべく、多くの敵を相手にできる俺が積極的に前へと出ていって、勇者であるデュランが数で圧倒されてしまわないよう敵を翻弄――――そのついでに周囲の敵をすべて討ち取っているだけだ。

 役目を逸脱してまで動いてはいない。


 むしろ、俺が何もしないでいたら、今頃味方はすべて敵の軍勢に飲み込まれていたと思うのだが……。


「黙っていないで何とか言ったらどうなんだ、ユキムラ・クジョウ!」


 大陸風の名と姓の順で呼ばれ、さすがに俺も相手が本気なのだと理解するが、口を開くのはいささか躊躇われる。


 どうにも今のデュランは感情ばかりが先行しているように見えたからだ。

 もしここで俺が思っていることを言ったとしても、素直に聞き入れてくれるとは思えない。

 いや、かえって事態をややこしくしてしまうのではなかろうか。


「他に方法はなかったと思うが。今回は奇襲を受けた上に、あまりにも敵の数が多かった。ここで撤退を選べばこちらが少数でこの地にいることが露見していた。そうなれば正規軍が陽動を仕掛けている意味がなくなる」


 ここでは感情論で答えてはいけない。

 俺はなるべく客観的な事実のみを述べるに留める。


「ぐっ……そうかもしれないが……!」


 少なからず自覚はあるのか、俺の反論を受けて言葉に詰まるデュラン。


 あるいは、自分の言っていることが本題自分の強さの棚上げだと、どこかで気が付いているからかもしれない。


 もちろん、デュランとてその実力は人類圏の中でも上位の部類に入るだろう。


 しかし、俺たちが倒すべき魔族を相手にするとなれば話は変わってくる。


 ヤツらを“魔族”や“魔物”とひとくくりにしようがその中身は千差万別だ。

 種族によっては正々堂々どころか、どのような手段を選ぶかさえわからない。


 そのような敵を相手とするには、なるべく多くと戦わねばならない危険そのものを減らす必要がある。

 だからこそ、大軍の相手は各国が指揮する軍隊に任せ、勇者一行は目立たぬよう少数精鋭で敵拠点を落とすべく動いているのだが、それは敵方も理解しており、時として今回のように敵がまとまった数で仕掛けてくることもある。


 そして、多数で襲いかかられた時に「敵の数が思っていたより多かったので負けました」では話にならないのだ。

 もしもそこで敗走なんてしてみろ、故郷なら間違いなく腹を切らされる。


 おっと、故郷という言葉で昔のイヤな記憶が脳裏に蘇ってきた。


「ならば、斬り込んで倒すしかない。あそこで逃げていたら、さらなる数の敵を相手にすることになったはずだ」


「そのために、仲間を危険な目に遭わせるのか? ……どうやら、お前とはこれまでのようだな」


 きっとデュランは譲歩して欲しかったのだろう。


 だが、俺はそれを選ばなかった。


 そして、ついに決定的な言葉がデュランの口から告げられた。


 もしかすると、この言葉を俺は予感していたのだろうか。その後の言葉が自分でも驚くほどすんなりと口を突いて出たことを考えると。


「――――わかった。相容れないと思うのであれば、俺は抜けよう」


 俺も決定打となるであろう言葉を返すのだった。


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