第2話 抜けると決まればすたこらさっさ


 一行パーティーを抜けると言ったことに対する後悔の感情は存在しなかった。


 端的に言ってしまえば、俺が勇者のパーティーに居続ける意味は最初から特に持ち合わせていないのだ。

 この一行に同道することになったのも、もとはといえば故郷のまつりごとに付き合わされる形になったからに過ぎない。

 もっと言えば、体のいい厄介払いだった。


「「「えっ……」」」


 俺の言葉を受けたデュランは満足そうな顔を浮かべるが、それとは反対に顔色が一気に青くなったのはその後ろに控えていた女性陣三人だ。

 三重奏トリオで声が上がったあたり、かなり深刻に受け止めているのかもしれない。


 まぁ、さすがに彼女らは気が付いているようだが……。


 彼女たちは“聖剣の加護”によって元々の力以上に戦えているデュランとは違い、それぞれが勇者をサポートするための特技を極めている。

 つまり、自分自身で積み上げてきた技術の基礎があるだけに、他の人間の実力というものがある程度理解できるだけの能力を備えているのだ。

 俺のことを異国の蛮族くらいには思っているかもしれないが、少なくとも戦力としては見てくれていたわけだ。


「デュラン、なにもそのようなことを言わなくても……」


「どうかご再考を。クジョウ様とはこれまで共に歩んできたではありませんか……」


「そうだよ、ちょっとした文化の違いってヤツで……」


 女性陣は口々に言葉を並べるが、どちらかといえばデュラン寄りの言葉に聞こえる。

 これは彼女たちが俺を嫌っているからとかではなく、単純にデュランに機嫌を損ねられては困るからだ。


 彼女たちは三人ともデュランの出身であるサントリア王国の出だ。


 それぞれ教会、精霊神殿、あとは傭兵ギルドだったか?

 ……とにかくそのあたりから派遣されており、人類の命運を背負っているのと同時に、国からの期待まで背負わされているのである。

 おそらく、そこには旅の間に勇者とどれだけ関係を深められるかも含まれているはずだ。


 つまり彼女たちは魔王を倒すだけでなく、勇者までも攻略しなくてはならないのだ。

 そりゃあ、それぞれタイプは違うが美女・美少女で固められているわけだ。

 個人的に言うと、該当者がいたことが驚きだった。


 とはいえ、むさくるしいおっさんを連れて来て絆が深まっても、ある一定の線以上にまで深められると凄まじくエラいことになるわけだが。


「なんだ? まさかとは思うが、みんなこんなヤツの肩を持つつもりなのか?」


「「「そういうわけでは……」」」


 デュランの言葉に、三人の困ったような表情がより一層深まる。


 勇者のお守りと攻略。

 実に気の毒な話だとは思うが、異郷よその出身で特にそういったしがらみもない俺からすればそんな言葉が出るくらいだった。

 べつにこの中の誰かと関係を持っていたわけでもない。あくまでもデュランたちとは“お仕事上のお付き合い”なのだ。


 もっとも、デュランとて彼女たちの事情を承知の上でいるのだろう。

 俺がパーティーの誰かと仲良くなろうとすると露骨に機嫌が悪くなることもあった。

 そうなればさすがの俺も空気を読んでそれ以上の行動は控えていた。


 というか、そんな面倒な背景を持つ一行に俺を入れないでほしい。


 ……だがまぁ、それも今日で終わりだろう。


「自分から抜けたいと言ったんだ。引き留める必要なんかないさ」


「いやいや、そう迫ったのはあなたでしょう!」という信じられないものを見るような視線が背後の三人から放たれる。

 もちろん、デュランはそれに気付かない。


「それに、こんなヤツがいなくても俺たちだけで魔王を倒してみせる。必要なら本国にかけあって後任の騎士でも派遣してもらうさ」


 「抜けたい」とまでは言っていないのだが、俺の言葉を言質としてデュランは早々に決定事項として振る舞い始めている。

 おそらく、今までもずっと俺の存在を邪魔だと思っていたのだろう。


 そして、デュランはこちらを睨み続けているせいで、ますます青くなっていく彼女たちの顔に最後まで気が付くことはなかった。

 まぁ、俺としては話が早くてまことに助かる。


「なら話はここまでだな。短い間だが世話になった。達者でな」


 ここで余計なことを言っても角が立つだけだ。

 せっかく気持ちよく――――いや、怒り心頭で送り出してくれようとしているところで何か言う必要もなかろう。


 いずれにせよ、俺はデュランとは反りが合わなかったのだ。


 立つ鳥跡を濁さず。

 自分の荷物を素早くまとめると、俺はデュランたちから離れていく。


 幸いにして俺は装備なども自前で用意してきたものが中心だったので、所有権で揉めることもなかった。


 そういえば、具足――――鎧も纏わずに戦っていることだけは、いつも頭がおかしいかのごとくに言われていた。

 どうせ強力な攻撃を喰らえば死ぬか動きが鈍ってしまうのだから、攻撃を受けないよう可能な限り身軽であるべきだと思うのだが……。うーむ、解せぬ。


 背中を向けて去っていく俺の背中に三人分の物言いたげな視線が降り注いでいたが、俺はそれに気が付かないフリをした。


 悪いが……目に見える爆弾を抱え続けるほどバカじゃないんでな。さらばだ。





~~~ ~~~ ~~~





 そうしてしばらく歩いたところで、俺は背負った荷物の中からこの大陸の地図を取り出した。


 地図というのは基本的には各国の軍事機密なので、いくら勇者一行という扱いを受けられても手に入るものは非常にざっくりとした地図のみとなっている。

 当たり前だ。情報というものは秘匿し続けることに意味があるのだから。


 さて、大陸南部の国で作られたこれもそんな感じで、北部以降はこれでもかというくらい大雑把にしか描かれていない。

 それこそ子どもの落書きかと思うほどだ。


「まぁ、だいたいの方向はわかるからいいか」


 地図を折りたたんで荷物の中にしまい、今度はそれごと空間収納の魔道具に入れる。


 さて、デュランたち勇者一行はこれから各国の正規軍の支援および陽動を受けながら、魔王軍の幹部たちを倒して各地の拠点を落としていくはずだ。


 魔王軍幹部は下級から上級まで複数いるとされているため、まともにそこを制圧しながら進んでいくとすれば、とんでもない時間がかかるのはほぼ間違いない。

 それこそ年単位の旅となるだろう。


 旅を始めてから半年ですでに俺は辟易へきえきし始めていたが、使命に燃える彼ら――――いや、デュランの内心はどうか知らないが、それでも表立っては文句は一切言わずにいたのだ。

 そこは素直にすごいものだと感心してしまう。


 そして、その旅を補佐する役割を俺はサントリア王国から頼まれ、色々あって先ほどクビになったのだが、正直異国人ではなく熟練の騎士を付けるべきだったのではないかと今でも思う。


「さっさと大将首を取りに行けば済む話だと、いつも思っていたんだがなぁ……」


 正直、故郷を「大陸の魔王討伐に協力してこい。そしたらあとは好きにしていい」と追い出された身としては、早々に片を付けて自由になりたいところなのだ。


 それに、魔王討伐に関しては「勇者と共に成し遂げなければいけない」とまでは言われていない。


 全部が片付いたら帰郷? するわけないだろ、あんな死に狂いばかりのイカレた国に!


「そうだなぁ……。とりあえず、


 しかし、この時の俺はまったく気付いていなかった。


 そんな発想が飛び出てくることこそ、なのだということに――――。


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