魔王殺しの《死に狂い》 さすらいの侍は更なる強者を求め続ける

草薙 刃

プロローグ

第0話 《死に狂い》の舞う戦場


 荒涼とした大地には、今やむせ返らんばかりの死の気配が漂っていた。


 目前に広がる荒野にひしめくは、おびただしい数の異形のものども。

 姿形は異なれど、それらは皆こちらを殺そうと押し寄せて来ていた。


「こんな数の敵が……」


 背後で誰かが震えの混じった声を上げる。


 ほんの数刻前まで無人の荒野だったここは、今や礼法ルールなど一切ない――――殺し殺されるための戦場いくさばになろうとしていた。


 ひとつ選択を誤るだけで、即座に死へと繋がるだろう。


「ここは一度逃げて――――」


 発せられた言葉。

 しかし、その選択はこの場においては死を意味するものでしかなかった。


「無理だ」


 俺は淡々と事実を告げる。


 いや、もしかすると万にひとつくらいの可能性で、誰かひとりくらいなら逃げおおせられるかもしれない。


 だが、それでは


 身体の内側に湧き上がるのは、生物なら必ず持つであろう死への恐怖。


 そして、それを上回る


 腰に佩いた太刀の鯉口を切って刃の輝きを視界の隅に映しながら、俺は膝と腰を落として臨戦態勢をとる。


 殺意も憎悪もない。ただただ静かな感覚だけが俺の心を支配していた。


 この身体が動くかぎり、すべてを斬って進むという意思だけが――――。


「押し通る!」


 禍々しく、そして濃密な殺気が放射される中、俺は迷わず前進を選んだ。


「るぉぉぉおおおおおっ!!」


 一番近くにいた馬面の大男が裂帛の気合と共に振るう高速の大剣を、俺は身をかがめて躱し間合いへ侵入。返す刀で相手の太い首筋を斬り裂く。

 切断面から噴き出る鮮血を潜り抜けるようにしながら、横へ高く飛んで“オーラ”を纏わせた蹴りを人の倍ほど背丈がある敵へと全力で叩き込む。


「ぶごぉおおおおっ!!」


 予想外の一撃を喰らった巨大な牛頭鬼ミノタウロスは、立て札のような大斧を振るおうとしていたものの、それも叶わずあばら骨を粉砕され牛の声で絶叫。

 さらにおまけと太腿を深々と斬りつけると、口角から血の泡を撒き散らしながら周囲の仲間を巻き込み、悲鳴を響かせて地面へと沈んでいく。


 一瞬で屈強な兵士たちを戦闘不能に追い込んだことで、にわかに怯み出した敵の群れ。


 ここが好機か――――!


 態勢を立て直すことは時間を無駄に浪費するのみ。

 俺は隙ができた敵の真っただ中へと飛び込み、刀を振るって次々に敵を仕留めていく。


 背後でもようやく仲間たちが怯んだ敵に攻撃を仕掛け、その数を減らしている気配が伝わってくる。

 剣戟に打撃音、そして魔法の炸裂する音。遅れて響く悲鳴と怒号。


 ――――だが、まだだ。


 矢のような殺気に肌が総毛立ち、地面を転がるように回避。

 醜悪な爬虫類のような顔をした魔術師ソーサラーから放たれる火炎が付近を猛烈な勢いで通り過ぎ、多くの味方を巻き込みながら俺を焼き殺そうとする。


 熱波が肌を焦がす感覚を感じながらも、左腕で脇差を抜いて投擲。


 真っすぐ飛んだ白刃は、続く魔法を放とうとしていた爬虫類男の眼球から潜り込んで脳を破壊。

 ひと際大きな痙攣の後、硬直して真後ろへと倒れ込もうとする身体を接近して掴む。

 刺さった脇差を抜きながら、こちらへ斧を振るおうとしていた魚頭の真ん前へと向けて死体を投げ飛ばす。


 死んでいるとはいえ味方の身体を叩き斬ってしまったことに動揺し、大きく動きの鈍った半魚人を魔術師の身体ごと逆袈裟懸けに両断する。


 同時に首筋に走る悪寒。

 その場で反転し、左手で握っていた脇差で俺の首筋に喰らいつこうとしていた人狼ワーウルフの顎を下から貫通。強引に口を閉じさせる。

 くぐもった呻きを聞きながら、そのまま一気に脇差を押し込んで喉から胸、そして腹部までを縦に断ち切る。


「前に出過ぎだ、ユキムラ!」


 遠くから俺の名前を呼ぶ叫び声が聞こえるが、それにかまけている暇はない。


 そもそも前に出過ぎだと言うが、優勢にはまだほど遠い。

 ここで俺が後退すれば敵は態勢を立て直し、俺だけではなく背後で戦っている仲間たちまでもがこの圧倒的な軍勢に飲み込まれてしまう。


 突然の奇襲を受けて発生した戦闘だが、初めから逃げ場などどこにも存在しなかった。


 活路があるとすれば目の前の敵をすべて斬る、もしくは敵が戦意を喪失するまで暴れ回るのみである。


 そして、それができるのはこの場では俺だけだ。


 立ち塞がる敵を次から次に斬り捨てながら前進を続けると、その敵の波の奥に鎧に身を包んだ青白い肌の人間――――いや、魔族の姿が見えた。


「この軍勢の将とお見受けする! いざや勝負!」


 一気に跳躍するように大地を蹴りながら移動し、俺は彼我の距離を詰めていく。


 もちろん、捨て置くのは、その途中にいた敵を斬っておくことも忘れない。


 咄嗟に振るわれた魔族の剣を刀身で受け流しながら、さらに深く踏み込んで横薙ぎに一閃。


 相手の剣を握った左右の手首が切断され宙を舞う。


「どうした、顔色が悪いぞ」


 魔族の肌から血の気が引くとどんな色になるかは知らないが、間近の敵将に向けて俺は笑いかけた。


「ば、バケモノ……」


 表情に恐怖を浮かべた魔族からの言葉を受け、俺の身体の熱は急速に冷めていく。


「そうか、魔族バケモノと恐れられるお前まぞくが、人間おれをそう呼ぶか」


 小さく息を吐き出して刀を掲げる。

 こちらを見る金色の瞳は極限まで開かれており、そこには俺が放った斬撃の軌跡が映り込んでいた。


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