第18話 ダイエットにパチュリはいかが?

 ある日の昼休み。

 恵は他の部署の女の子たちと一緒に、職場近くのファミレスでランチを食べていた。

 ハンバーグや鶏肉のグリルといったメイン一種と、パンとサラダがついて1000円ちょっと。ランチの値段にしては少し高めだが、サラダバーが取り放題ということもあって職場の女の子たちに人気の店だったりする。


 恵もサラダバーから山盛りのサラダほうれん草にノンオイルドレッシングをかけたものをもってくると、フォークでつっつきながら他の子たちの話に耳を傾けていた。

 いつものことだが、職場の男性陣の話で盛り上がっているらしい。


「石田部長……イケメンだし、スタイル良いし、お金持ってそうだし、頭も良いし、仕事もできるんだけど……なんていうか、高嶺の花過ぎて逆にとっつきにくいよね」


「うんうん。あの歳で独身ってあたり、まったく結婚する気がないか、遊んでるかのどっちかだ思う」


(どっちもだと思うけど……総務の小川さんとはどうなったんだろうなぁ、石田部長)


 恵は、そんなことを思いながらサラダを頬張る。


「そういえば、営業部って、独身だれがいたっけ?」


 突然話を振られて、恵はサラダほうれん草をもぐもぐしながら答えた。


「んーとね。あんまりいないんだよね。新規採用の森永くんと、三年目の足立くんでしょ。それと、……うちの風間係長も独身っていえば、独身だけど」


 正確には、死別のバツイチ。ついでに子どももいる。


「年下は可愛いから目の保養にはいいんだけど。……風間係長って50代じゃなかったっけ? あれはさすがに圏外だわ」


 そんな風にぞんざいに言われると、さすがに風間のことが少し可哀想にも思えてくる恵。この場に本人はいないのに。


「そんなに歳いってないって。たしか石田部長と同い歳じゃなかったっけ」


 恵の言葉に、うそー!? そんな風に見えない、という声がいくつもあがった。


「……なんか、もっさりして、よれっとしてるから、あの石田部長と同じだとは思わなかった」


「うん……たしかに、もっさりしていることには同意する」


 同意はしつつも、他の女の子たちにそれを言われるのは内心ちょっとムカッとくる。なぜだかわからないけど、他の人には言われたくない、そんな気持ち。


 あのもっさりした感じはおそらく、身の回りのことにあまり気を遣う余裕がないからで、元はそんなに悪くないと恵は思う。が、あまり庇い立てすると周りから妙な目で見られそうなので言わないでおいた。


(もっとちゃんと。スーツをこまめにクリーニングとかズボンプレスとかして、靴も磨いて、髪もきちんとすれば、もっと見栄え良くはなると思うんだけどな。たまに寝癖ついてるし……。寝癖はダメだよね、寝癖は。まぁでも、お世話になってるのは確かなんだよなぁ)


 この前も、仕事で外出中に風間と昼ご飯を食べていたとき、なにげなく、今ダイエットしてるんだけど食欲が抑えられなくて……なんて話をしていたら、これ使う?と言ってパチュリの精油をぽんとくれた。

 蓋をあけると、土っぽいけれどどこか甘いスパイシーな香りがして。


(係長が指を鳴らすと、不思議と食べたいって気持ちがすとんと落ち着いたんだよね)


 良かったら、あげるよ、それ。なんて言うので、ちゃっかりパチュリの精油を小瓶ごともらってしまった。パチュリはダイエットの強い味方なのでありがたい。実は今日もランチ前にパチュリで作ったミストスプレーを身体に吹きかけてきたところだ。


(でも、係長、よくそうやってポンポン精油くれるけど、あれって買うと結構するんだよね……。係長職って、そんなにお給料いいわけでもないのに。やっぱ、たまには何かお礼しとこっかな)


 よし、そうしよう、と心に決めると、恵はミニトマトをパクッと口に運んだ。






「というわけで。友達から映画のギフト券もらったんですけど、今度の休みに一緒に行きませんか」


 早朝の、まだ他の係員たちが出勤する前の時間。恵は、風間と自分の二人しか係にいない時間帯を狙って、そう彼を誘ってみた。ちなみにギフト券は自分で買った物だが、なんとなく恥ずかしくてそれは言えなかった。


 映画にしたのは、以前風間が「映画なんて久しく見に行ってないな、一緒に行く人もいないし、娘ももうついてこないし」となにげなく言っていたのを思い出したからだ。


 酒もあまり飲まないようだし、甘い物も好きじゃないと言っていた。さりとて、好きなブランドを知っているほど親しいわけでもない風間に、贈るモノを探すのは正直言って大変だった、という事情もある。映画のギフト券ならば劇場に行ってからどの映画を見るのか選べるので、本人にその場で選んで貰えば良いのだし。


 しかし、風間からは、


「なにが、『というわけ』なのかよくわからないけど。だったら、友達といけばいいんじゃない?」


 という至極まっとうな答えが返ってきてしまい、恵は返答に困る。


「そうじゃないんです……えっと、こないだパチュリの精油もらったじゃないですか。そのお礼にと思って……おかげで体重少し減ったし……これからもお世話に、じゃなくて、えっと……」


 どう話を軌道修正していいのかわからずあたふたしていたら、風間がくすりと笑って。


「いいよ。僕で良ければ」


 と、OKしてくれたので、恵はほっと胸をなで下ろした。






 次の週末の朝。

 恵は、どこか心がウキウキしていた。風間と二人での外出なら仕事でよくやっているが、今日は仕事ではないのでちょっと緊張もするけど楽しみでもある。

 恵は、普段職場には着ていかない白いニットにワインレッドのフレアスカートで、鏡の前でくるりと回ってみた。


「うん。これでいいや。そうだ。あれもつけていこう!」


 恵はドレッサー代わりに使っているミニテーブルの上の、化粧品と並んで置かれているいくつかの小瓶から、どれにしようかなとひとつ選ぶ。ブランドもののリサイクルショップで財布を買ったりするときに、ついでに安く購入した中古の香水だった。


 風間から何かと精油の話を聞くせいか、近頃、香りに興味を持つようになった恵。こうやって香水をつけることも増えた。その時の気分にあわせて香りを選ぶのって、とても楽しい。


「どれにしようかな。デートってわけでもないから、あんまり甘すぎてもアレだし……うん、このユニセックスっぽいのにしよ」


 恵はこの前買ったばかりで、まだつけたことのない香水の瓶を手にとる。そして蓋を外すと、左手首の内側に数滴つけた。スパイシーな中に、どこかほんのりとした甘さもあるウッディーなベースの香る、落ち着いた香り。恵はその香りに満足して、部屋をあとにした。


 ――――――――――――――

【パチュリ】

 70cmほどの多年草。


 感情のバランスを調整して気持ちを穏やかにし、緊張や不安を和らげる効果があります。

 考えてばかりで行動が伴わない、つい身体の調子を無視してしまうなんていう人に、過剰すぎる頭の働きを鎮めて身体との繋がりを保ち、心と体を調和させる作用があります。


 利尿作用もあり、体液の滞留を改善します。

 また、食欲抑制作用があるといわれ、とくにストレスから過食傾向にあるときに食欲を調整してくれます。


 実は催淫効果があります。イランイランのようにという感じではなく、気がついたらその気になっている……というような性的モチベーションをアップさせてくれる精油です。不感症や、男性のインポテンツにも効果があるといわれています。


 皮膚を再生させる作用や引き締める効果があるため、スキンケアにも。


 妊娠初期は使用を避け、中後期は使用の際は体調に充分ご注意ください。



【精油が身体に影響を与える理由】

 精油の香りは嗅覚を通して、大脳辺縁系に直接作用するのではないかと考えられています。

 また、香りを嗅いだときに呼吸とともに吸い込んだ精油の一部や、マッサージなどにより皮膚から吸収したものは、血液を介して体内を循環するとされています。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る