第3話 ジュニパー・ベリーで二日酔いスッキリ


 恵が営業第三係に配属されて、しばらく経った頃のうららかな昼下がり。

 恵が自分のデスクで経過報告書を打っていたところ、営業第三係の島にふらっと一人の男性がやってきた。


 上質なスーツに身を包んだ、40代半ばと思しき長身でイケメンの男性。

 思わず恵はキーボードを打つ手を止めて、じっとその男性を目で追った。


(あれ……この人、どこかで見たことあるような……でも、こんなイケメン。知り合いにいたら絶対忘れないだろうけど、なんだろうこの既視感)


  考え込む恵の前で、そのイケメン男性は風間のデスクの傍まで歩いていくと彼の肩をポンとたたいた。


「よう。士郎しろう。元気でやってっか?」


 風間はのっそりと顔を上げると、さも迷惑と言わんばかりの表情で彼を見上げる。


「なんだよ。恭介きょうすけ。邪魔しにきたのか?」


「そんな邪険にするなって」


 恭介と呼ばれたその男は、空いているデスクから椅子を引っ張ってくると逆向きに座って背もたれに胸を預ける。


「他の部の部長が、こんなとこきたら皆も仕事やりにくいだろうが」


 風間はそう苦言を言うが、営業第三係のほかの係員たちは慣れているのか特に気にした様子もない。

 なんとなく手を止めて二人の様子を眺めていた恵だったが、イケメン男がふと視線をそらしたときに目が合う。


「お。君は、春に工務店の方から来た子だろ。もう慣れたかな?」


「え……あ、はい……」


 突然話しかけられて戸惑う恵に、風間が助け舟を出す。


「こいつは、上の階にいる企画部の部長だよ。石田部長。僕の同期なんだ」


「……あ!」


 どこかで見たことがあるはずだ。ここに配属になったばかりのときに、風間と一緒に社内の各所に挨拶に行って顔を合わせていた。あのときは知らない人の顔ばかり沢山みて頭が飽和していたので、あまりちゃんと覚えていなかったのだ。


「恭介も霧島工務店に長い間いたから、そっちでも会ったことあるかもしれないね。なんで大規模開発のプロジェクトマネージャーまでやってたコイツが、こんなことろにいるのかは知らないけど」


「さらに上にいくためには、子会社も経験しとけ。ってことなんだろうよ」


 石田は嫌味も感じさせることなく、肩をすくめてみせる。なんというか、仕草の一つ一つが洗練されていて、何をしていても決まっている人、という印象を恵は受けた。同期ということは風間と同じ年頃なのだろうが、片やエリート然とした部長の石田、片や冴えない万年係長の風間。二人が友人というのもなんだか不思議な感じがした。


「それに、士郎だって三年前まで霧島工務店にいたんだぜ? 俺と業績、競ってたんだから。あんときのお前は、いくつもプロジェクト掛け持ちして同期のトップ走ってたのにな」


 石田の言葉に恵は目を丸くする。


「……え……えええっ!? 風間係長も、霧島工務店にいたんですか!?」


「……もう、昔の話だよ」


 風間はむすっとして追及されたくなさそうな雰囲気をありありと醸し出していたので、それ以上は突っ込めず恵は口をつぐむ。


「で。お前は一体、何しに来たんだよ。世間話しにきたわけじゃないんだろ?」


 風間に促されて、石田はクタッと椅子の背に抱き着く。


「それなんだけどさ。今日、大事な接待があるんだ」


「で?」


「昨日も接待だったんだ。……昨日の酒が残ってて辛い」


 思いっきり、しょうもない事情だった。要は二日酔いをどうにかしてほしいということらしい。

 風間も同じことを思っているのか、深くため息をついた。

 それでも、ぐったりしている石田を放っておくわけにもいかないと思ったのか、風間は自分のデスクの引き出しを開けると一つの茶色い小瓶を取り出した。


「ほら。これ、持っとけ」


 ぐたっとしている石田にその小瓶を持たせると、蓋を開ける。風間が指を鳴らすと、

 お酒のジンのようなスパイシーな香りが辺りに広がった。


「二日酔いのおまじないだよ」


 顔を上げた石田の表情が、みるみる明るくなる。


「お、おおっ!? ガンガンきてた頭が、スッとなった。やっぱ、お前のオマジナイ、効くなぁ!」


「今度、昼飯おごれよ?」


「わかってるって」


 意気揚々と立ち上がると、石田は『ありがとな』と風間の肩を叩いて足取り軽く自分の部署へ戻っていった。

 それを見送って、恵は向かいの席の風間にひそひそと声をかける。


「さっきのアレ、何だったんですか?」


「ああ……これ?」


 石田が置いて行った小瓶を、風間は手に取って恵に見せる。


「ジュニパー・ベリー。新陳代謝を良くしたり、体内の毒素を出しやすくする効果があるんだけどさ。……どうせ、今夜飲んだらまた明日二日酔いになんだろうけどな」


 風間の予想通り、翌日も石田は営業第三係にぐったりしながらやってくるのだった。



 ――――――――――――――

【ジュニパー・ベリー】

 ヒノキ科の常緑樹であるジュニパーの実。

 お酒の「ジン」の匂い付けにも使われます。


 発汗作用、利尿作用、むくみ改善、体内の毒素を排出するデトックス効果に優れています。体内循環が悪くて身体の動きが悪くなっているときに、余分な水分や老廃物の排出を促して身体を活性化します。


 また、頭脳を明晰にしたり、考えをポジティブにする、意欲を増して集中力を高める作用もあると言われています。


 ただし、腎臓に障害がある方は要注意。

 強い作用のある精油ですので、健康な方でも2週間以上は続けて使用しないことをおすすめします。






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