48 こどものおうちプロジェクト

 TGBCの会場(埼玉スーパーアリーナ)を出た柊山は、麻美をホワイトボディのハマーリムジンで六本木プリンセスホテルのロイヤルスウィートに送り届け、ツバサ・エンタープライズ売却の契約を交わすために、1人でホテル内のブリーフィングルームに向かった。双方の弁護士立ち合いの上、チャン・ミジョン・ホールディングスのエージェントとのビジネスライクな契約を済ませ、SHIORIのアジアデビューについての覚書も結んだ。香港映画の主演女優も決まった。柊山は英語を流暢に操り、通訳は介さなかった。さらに弁護士と25億円の寄付行為(譲渡代金はキャッシュで受け取らず、全額を指定した財団に振り込ませた)の手続きも済ませると、そのままホテルを出た。

 リムジンで向かったのは秋葉原だった。プレジデンシャルビル30階の20畳ほどのフリールーム(時間貸し多目的ルーム)では、柊山を待つ男女が、カーペットの上に円座を囲んでいた。柊山が加わってすぐにプレゼンテーションが始まった。壁に映し出されたパワーポイントには『夢を実現するこどものおうちづくりプロジェクト』と書かれていた。柊山がファウンダー兼スポンサーとなる初のプロジェクトだった。柊山はツバサ・プロモーションの譲渡代金25億円を全額投じるつもりで、受け皿となる『一般財団法人こどものおうち基金』をすでに設立していた。柊山が代表理事、麻美と地下アイドルのほのほのが理事になっていた。集まったスタッフは、プロのプロデューサーやプランナーではなく、ライブで出会った地下アイドルやオタクたちだった。学生(高校生・大学生・専門生)、OL、会社員・役員、公務員、小規模事業主、デザイナー、メディア関係者など顔ぶれは多彩だ。女性と男性の平均年齢には2倍以上の差があり、柊山は男性中で最年少だった。

 「店名は『こどものおうち、ゆめおうえん基地』で決まりかな」

 「ストレートでいいんじゃない」

 「目標店舗数は100で変わらないね」

 「常設店は全国50店、あとの50店はゲリラ店、移動ステージ車での路上ライブゲリラやライブハウスやDJカフェでの不定期開店になる」

 「道路に並べる椅子をワンコインで貸すってライブだよな」

 「ステージがある路上カフェだな。縁日の日常化か」

 「それ、ほんとに役所や警察に届け出なくて大丈夫なのか」

 「法的なことを言わせてもらうとね、道路占有(民法180条)にはなるが、道路占用(道路法32条1項6号露店、商品置場その他これらに類する施設)にはならない。物品を売るわけじゃないからね。つまり許可は不要。ただし、パチンコ屋の三店方式(店舗への景品卸し、顧客からの景品買戻しをそれぞれ別事業者にする風俗営業法23条1項1号換金営業の脱法行為、まれに摘発例があるが警察庁は積極的じゃない。ちなみに景品卸し業者は警察官OBが多く、癒着の温床になっている)みたいに、椅子を貸し出しする事業者は本体事業者と分けとくほうがいいな。ライブの騒音は騒音規制法の対象外だけど、条例(自治体の公害防止・環境保全条例)や民法(709条不法行為)以前のモラルの問題として配慮が必要だ」

 「警察がまったをかけるまえに、ファンの声を大きくし、メディアを味方につける。渋谷じゃ路上ライブは常識。警察はなんも言わん。そこに椅子の貸し出しをするだけじゃないか」柊山が発言した。

 「柊山さんがそう言うんだからやってみようよ」

 「いっそ警察OBを顧問に迎えるって手もありだよ」

 「それ、ありよりのなしだな」

 「主役はスタッフ、お客さんは応援団だ。スタッフが夢を実現し、お客さんはそれを応援する」

 「いやいや、両方とも主役だよ。スタッフも応援団も」

 「それを内装で表現してみたんだ。見てくれよ」画面が常設店のイメージ画に代わった。「ヒントは動物園なんだ。サファリパークでは動物が広い場所を占有し、お客さんは狭い場所に閉じ込められる。このコンセプトを取り入れた。スタッフには自由に動き回れるスペースがあり、あらゆる場所がステージ、応援団は窮屈な立ち席なんだ。採算的にもそれがギリギリ。20分ドリンク飲み放題ワンコインぽっきり、スタッフドリンクなしでは、立ち席しか提供できない」

 「主客の逆転か。コンセプトがはっきりしていていいね」

 「そのかわり応援団(お客様)にはいい酒をふるまおう。いいステージにはいい酒が必要だ」

 「ワンコインで出すなら、ウィスキーはアイリッシュ、ワインはスパニッシュ、日本酒は浪乃音(滋賀県)がコスパはいいと思う」

 「スコッチ、ボルドー、獺祭(山口県)は外すわけね。メジャー外し、いいじゃない」

 「新潟、秋田、山形(県民1人あたり清酒消費量トップ3)の酒蔵も当然NGってことだね」

 「チリ、アルゼンチン、ニュージーランド、南アメリカのワインもコスパは悪くないけど、いずれにせよ、商社には任せずに現地で仕込んでこよう」

 「偽装風俗のガールズバー、ナンパ目的のハードロック系、ありきたりのメイド系とかとは一線を画さなきゃな」

 「言わずもがなだよ。このカフェは何かの手段じゃない。このカフェが存在することが夢なんだ」

 「あとは連携だな。都内のライブハウス、DJカフェ、コンカフェ(コンセプトカフェ)、JKカフェ(高校生カフェ)、あとゲームカフェ、アニメカフェなんかとも連携する」

 「おたくの殿堂ばかりだ」

 「質より数だ。数が質を変えるから」

 「全店・全ステージのライブ映像をSNSで放送するんでしょう」

 「それがメーンコンセプトだよ」

 「バックエンドでアフィリエイト収入を得るってことだな。使い古された手だが、かえってうまくいくかも。ライブ映像配信だけじゃなく、動く写真、超短編動画、動画サイト投稿など、ソースは1つでも、いろいろにカットアップしたほうがいいよ」

 「応援団に拡散してもらうのもいいんじゃない」

 「クラウドファンディングもやろう。柊山さんにばかり頼らず、イベントは自分たちでもりあげなきゃね」

 「いよいよまとまってきた」

 「夢が欲しい子には夢を、居場所が欲しい子には居場所を、チャンスが欲しい子にはチャンスをあげる。金や女が欲しいなら他店(よそ)へ行け」柊山がまた発言した。「どんな夢も、どんな居場所も、どんなチャンスも、本人が本気で欲しいなら拒まない。全力で応援する。なんでもOKだが差別だけは絶対的にNG。そんなカフェにしよう。もちろん赤字じゃ続けられない。そこはみんなの知恵を貸してほしい」

 「俺は命かけられる気がする」

 「俺も」一同心は一つだった。

 「私もやるわ」

 「私も」

 「こどものおうちプロジェクト、ついに始動だね」

 各自が持ち寄った酒で宴が盛り上がるなか、役割を終えた柊山はそっとフリールームを抜け出した。

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