42 密談5 震災後1年10か月の9月1日
関東大震災を記念する防災の日には、各地で恒例の防災訓練が実施された。首都圏では全国最大級の10都県市合同防災訓練が、東葛飾市(旧船橋市、市川市、松戸市。人口155万人で、神戸市を凌ぐ)の夏見台運動公園をメーン会場として開催された。企画・運営は界王堂に丸投げされ、予算は過去最大の8千万円だった。(持ち回り主催者となった東葛飾市以外の自治体(9都県市)、国(自衛隊)、日本赤十字社などの関係団体の予算を除く。)
i4の4人もそれぞれの立場で防災訓練に招かれ、夜になってレイナに集合した。出迎えたのは、すでにモデルデビューが決まったSHIORIだった。レイナにはもう出る必要はなかったが、ジョーカーのたっての希望で、特別に4人だけをもてなした。ランジェリー姿ではなく、中国人デザイナー、ビビアン・タムがデザインしたワインレッドのオートクチュールチーパオ(チャイナドレス)を、まるでファッションショーさながらにノーランジェリーで着ていた。レース仕立てのハイヒールサンダルはマレーシア出身のデザイナー、ジミー・チューがデザイナーしたものだった。彼女の前にもシャトーバカラが置かれていた。
「脱税事件じゃ、みんな肝を冷やしたな」
「保釈金1億円で済んだなら想定内だよ。いずれ罰金も来るだろうが、最高でも1千万だ」
「税務調査も大したことないね。10%も把握してない」
「ノーキャッシュ・ノータックス(現金なければ徴収なし)だよ」
「そもそも所得じゃない。将来の景気変動に備えた準備金だ。そう言えばぐうの音も出ない」
「法人はいいとして、なんで個人まで課税した。一般社団の剰余金は配当できないんだから、個人の脱税なんてありえない」
「交際費に使った分だけ個人所得とみなされたのさ。今日みたいに4人だけで飲んでたら交際費にならないだろう」
「ここのは法人で落としてないよ。各自回り持ちにしてるだろう」
「交際費なんて上限まで落としてもたかが知れてる。それで追徴金1億円は軽くはないな」
「国税にも少しは花を持たせてやらないと」
「実刑はないんだろうな」
「保釈されたから実刑はない。そこは弁護士のお墨付きだ」
「ヤメケンさん(元検事の弁護士)は保釈取るのが専門だからな。報酬は保釈金と同額(4億円)か」
「それもいい仕事だねえ。司法試験取っときゃよかった」
「今からでも取れよ。誰でも取れるように制度改正しただろう」
「誰がリークしたんだろう」
「あたりはついてる」
「あいつか」
「決まってる」
「裏切り者だな。ミニコ(和泉内閣時代の内閣府未来日本委員会)の委員長だったのに」
「委員長だったからさ。嫉妬だな。それともライバル心か」
「まあいいさ。いずれ、あいつとはこうなると思ってた」
「それよりもテクノ、ついに本始動したようだな」
「汚染物質の処理に肥料化はもう使えないからな」
「さすがの農水省も希釈処理を禁止する通達を出したみたいだからね」
「スペシャルの根回しだろう」
「そこでリサイクルレンガに目を付けたわけだ」
「ロックウールブリックは、岡山のアワジ環境技研が特許を取得している技術だ。もともと断熱材のグラスウールを使う技術だけど、アスベストや汚染土壌にも転用できる。アスベスト、汚泥、粘土、赤穂の赤土をブレンドして整形し、天日乾燥、焼成するだけなんだ」
「それって結局、希釈処理と同じことだろう」
「それは違う。白土(酸化アルミニウム)と苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)を適量混ぜ、焼成温度を750度で維持し、最後に瞬間的に2000度まで上げると、触媒作用でアスベスト繊維が強靭なまま無害化するんだ。強度はロックウールブリックの2倍、普通のレンガの10倍あり、リミックスブロックSSという商品名でホームセンターや造園会社から販売を始める計画だ。国交省の認定を受ければ、公共事業の建設資材、たとえばインターロッキングとしても使える」
「バイオコークス(近畿大学理工学部伊田民男教授の特許)に匹敵する新技術だな」
「それはもう新たな特許じゃないのか」
「製造技術を含め特許出願と商標登録をしたよ。製造拠点として『リミックスブロックス・インターナショナル』を設立し、アワジ環境技研と技術提携して、100万トンの製造能力、アスベスト系廃棄物10万トンの処理能力がある工場を渥美半島に建設中だ。年間100億円、特許が切れるまでの20年で2000億円のキャッシュフローを作るつもりだ」
「ちょうどいい期間だ。その頃にはアスベスト廃棄物の排出がピークを過ぎてるだろうからね」
「闇の処理ルートがはびこってる現状で、100億円の仕事が集まるかな」
「邪魔な闇ルートは環境省につぶしてもらうさ。ご存知のとおり、不法投棄、最終処分、リサイクルは競合関係にあるからね」
「造りすぎるなよ。リサイクル商品は在庫を持ったらダメ。常に品薄にしとかないと人気がなくなって、どんどん在庫が積み上がっていく。売れなくても処理費がもらえるリサイクルは、そこが落とし穴だ。みんなそれで在庫倒産するか、不法投棄するしか手がなくなるんだ」
「フェロシルト問題(酸化チタン製造副産物の偽装リサイクル不法投棄)の二の舞になったらいかん」
「そのへんの呼吸はジョーカーにご指導願おう」
「建物を壊して儲け、アスベストを処理して儲け、リサイクルレンガを作って儲けるか。まさにトリプルインカムだ」
「そろそろ2000億円達成が近いんじゃないか」
「残念ながらまだ1200億円だよ」
テクノが今宵の宴のために選んだのはトスカナの奇跡、サッシカイアのヴィンテージ。脱税事件を切り抜けたi4不滅の記念には、太陽エチケットのこれしかない。
〈i4の推定現在高〉
ジョーカー 500億円
テクノ 300億円
マスター 200億
スペシャル 200億円
合計 1200億(税込)
〈i4の手口のまとめ〉
アスベスト系廃棄物10万トンのリサイクルレンガ化で初年度100億円(テクノに配分)
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