43 ヘリ視察団

 御殿場プレミアム・アウトレットに近い東名高速EXPASA足柄のヘリポートを飛び立ったBK117‐C2は、富士山を右手に、箱根山を左手に見ながら南西に進路を取った。秋雨前線の隙間の青空が東西に広がっていた。

 視察団は錚々たる顔ぶれだ。筆頭は元首相の舘豊、別名日本委員会とも呼ばれるジャパン・コントロール・パネル最高顧問、復興公社連合会特別顧問。イタリア人のドン・トレビノは、プレミアム・シティ・コンソーシアム代表理事、国際的都市プランナー・建築士だ。金沢英子(金永淑)は、NPOエコロジーボンド代表理事、博覧会国際事務局政府委員、東京第一弁護士会及びカリフォルニア弁護士会所属の弁護士だ。六本木美子(趙悦)は、中国洛陽貿易有限公司総経理、元中国人民解放軍政治部歌舞団員、中華人民共和国特別親善大使だ。最後の1人は辻仲万里、バンリ・センチュリーファンド主催者、国立東京金融大学ファカルティ、SPC(特定目的会社)中京復興公社理事、復興公社連合会幹事、ミスターMOFの異名を得たこともある元財務省主計局次長だ。案内役を鳴門明内閣府広報官が務めていた。全員がキャビン内の騒音を遮断し、スムーズな会話ができるヘッドギアを着けていた。

 伊豆半島の付根を横断して駿河湾に出たヘリは、高度500メートル、時速250キロで、津波に被災した海岸を舐めるように進んだ。眼下の東海道新幹線を走るのぞみやひかりが、軽々とヘリを追い越して行った。1時間足らずで、ヘリは吉田市と榛原市の海岸上空に到着した。

 「この地域だけで5万棟の建物が津波に流され、市役所も病院も全壊し、名所だった松原は水没しました。犠牲者は約5千人、今回の震災の被災地域の中でも、きわめて大きな犠牲者数でした。この地域では、中京復興公社(被災地流動化促進特措法2条1項1号復興特定目的会社、5条1項国の指定)が被災地を一括借り上げ(定期借地)し、特定社債(特措法32条1項特定目的会社債)の公募と被災自治体の復興事業レベニュー債(特措法32条2項地域復興事業の果実を担保とする地方債)の発行による資金調達が行われています。被災地の地主は、借地料を受け取ってもいいし、賃貸権を特定債に転換して転売することもできます。いずれも地主の土地所有権は留保されています。なお復興が軌道に乗るまでの一定期間、土地の所有権売買や権利の負担、抵当権等の権利行使、公社以外の使用収益は制限され、時効の進行は中断します。またこの間の固定資産税が免除され、相当額が国庫から自治体に交付されます。この地域はこのような公社方式の復興のモデルケースとなっています。他の地域においても、被災地流動化特措法により、様々な新型債が発行され、どの被災地も未曾有の投資ブームとなっています。従来の財務省主導の復興交付金一辺倒から脱した多彩な資金調達によって、東海地方の太平洋沿岸地域には、4K(環境、観光、海洋、研究・教育)をテーマとした未来都市が次々と出現しようとしています」

 ヘリは5分で御幸崎原発上空に到着した。許可がなければ侵入できない空域だった。

 「御幸崎原発は発災と同時にECCS(緊急炉心冷却装置)が作動したものの、全炉が津波に浸水し、1号炉、4号炉、5号炉が24時間以内に再臨界してメルトダウン(炉心溶融)に至りました。しかし、格納容器の破損は最小限に食い止められ、日本の原子炉技術の信頼性が改めて立証されました。原発所内にとどまって非常用復水器による炉心冷却や圧力容器のベンチレーションなど、手動による原発の制御に成功した神岡寛治所長ほかオペレーター、作業員ら100人は、世界中のジャーナリストからサムライ100と讃えられています。先進国で唯一、原子力発電技術開発を継続してきた日本の重電メーカー3社(月立製造所、藤柴、菱充電業)は、アジア、中東、アフリカ諸国から、100基以上の原発建設を新たに受注し、3社の株式時価総額合計は、パープル、マイクロメディア、ゴーグルの米国IT3社を超え、原子力開発は新時代を迎えています」

 案内役の鳴門広報官がヘッドセットを通じて解説するのを視察者の5人は無言で聞き流していた。ヘリから見下ろした原発は、そんな楽天的な解説を裏付けていた。外見上、津波の浸水による損傷はすでに修復されており、メルトダウンした原発とはとても見えなかったのだ。

 「信じられない。こんなに早く復旧するものか」

 「なにが信じられませんか」

 「これがレベル7の事故を起こした原発か。前回のメルトダウン事故やチェルノブイリ原発事故を上回る放射能が放出されたんじゃないのか」

 「放出された放射能は広島型原爆に換算して2万発だったよな」

 「原爆を自転車とすれば、チェルノブイリは蒸気機関車、今はリニア新幹線の時代、比較する方がおかしいです」

 「そもそも制御している放射性物質の質も量も違うってことか」

 「そういうことです」

 「なぜ水素爆発しなかったんだ」

 「爆発する前にベンチレーションしたからです」

 「つまり放射能を放出した」

 「そうなります」

 「結果的には爆発したのと同じことじゃないか」

 「違います。爆発は管理不可能な事象、ベンチレーションは管理可能な事象です。あらかじめSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)による避難も可能です」

 「うまく避難させられなかったのでは」

 「SPEEDIの情報は自治体にも流していました。自治体の連絡体制が不十分だっただけで、文科省やエネ庁の責任ではありません。総務省や消防庁には責任なしとはしませんが」

 「SPEEDIが東京を救ったってことか」

 「東京、名古屋、大阪に放射能が来なかったのはたまたまです。ベンチレーションのタイミングを遅らせられるとしても、せいぜい1、2時間でした。榊原首相のヘリ巡視が障害になったというのはデマです」

 「政府は原発の安全神話を続けるのか」

 「前回のメルトダウン事故によって旧神話は崩壊しました。今回は新たな神話を作りました。メルトダウンを起こしても安全という神話です。世界が評価する日本の技術の象徴はITでも新幹線でも超高層ビルでもなく原子力なのです」

 「まったく原子力村は懲りないねえ」

 ヘリからは原発周辺の山林で始まっている巨大な造成工事が見えてきた。鳴門広報官は視察メンバーにパンフレットを配った。表紙には『東海アトミックバレー計画』と書かれていた

 「アトミックバレーは敷地面積110平方キロメートルの広大な原子力関連施設集積特区です。自然を最大限に残したクラスター方式の造成が行われ、緑の海の中に世界最先端の原子力研究施設が点在することになるでしょう。主要な研究施設の大半が地下に建設されるため、このような開発が可能になります。直径50キロメートルのスーパーフォトロン(超光速光子加速器)や、100年間燃料交換がいらない次世代型ナトリウム冷却高速増殖炉ヘラクレスの建設が決定し、アメリカ、フランス、ロシア、ドイツ、韓国、カナダ、イギリス、中国、インドの主要な原子力研究機関が参加を表明しています。各研究所には藤柴と米マイクロメディア社の共同開発による4S(超・安全・小型・単純)進行波炉(高速炉の一種)が設置され、電力が自律的に供給される計画です。それではこれからヘリをスーパーフォトロン計画地に着陸させます」

 ヘリはわずかに前傾しながらゆっくりと高度を下げ、山腹に建設されたヘリポートに近づいた。ヘリポートの脇にはジェット旅客機でも格納できそうな巨大なトンネルが口を開けていた。ここから立坑を使って資材を運び、地下500メートルに直径50キロメートル、一周160キロメートルの横坑が掘られ、最終的には世界20か国の大学と研究機関の共同プロジェクトとして世界最大のスーパーフォトロンが建設されるのだ。

 一行はヘッドギアを着けたままヘリを降りた。トンネル内にはヘリがそのまま乗れそうな資材搬送用100トン級ゴンドラエレベータが2基あり、運び込まれた資材を地下へと下ろしていた。一行は50人乗りシャトル3階建の作業員用エレベータで地下へ向かった。

 「ここはまだ地下200メートルの試掘トンネルです。スーパーフォトロン本体は地下500メートルに建設されます。そこまで深くなると宇宙放射線は完全に遮蔽され、到達するのはニュートリノだけになります」

 「事業予算は」

 「本体工事だけで10兆円となります」

 再び飛び立ったヘリは、浜名湖上空を通過し、渥美半島に沿って進み、鳥羽沿岸から四日市上空を抜けて名古屋上空でホバーリングした。

 「ここは5年後の中京国際博覧会、通称中京万博のメーン会場予定地に決まった名古屋の全滅海浜工業地です。日本では1970年の日本万国博覧会、通称EXPO70あるいは大阪万博以来の登録博(旧一般博)となります。名古屋では2005年に愛・地球博が開催されましたが、これは認定博(登録博より格下の博覧会)でした。アジアでの登録博としては上海万博(2010)以来になります。中京万博のテーマは22世紀の地球と宇宙と人間です。なおみなさんはすでにご承知と思いますが、万博開催は名古屋を新首都とするための序章です。万博後、ここが新霞が関となるのです。遷都のためのインフラ整備は東海地域だけで500兆円を超える事業となる予定です。特に50メートル級津波にも耐える伊勢湾口ライズアップ防潮堤、通称アタック・シーウォール(進撃の堤防)は、ピラミッドや万里の長城にも匹敵する人類史に残る巨大建造物となるでしょう」

 大震災を機に始まった日本改造計画はi4の想像すら超えていたようである。

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