35 社長交代

 「社長はどこ、社長を出しなさいよ」マルハナ斎儀社の神崎春夏が、ブラックミンクのロングコートの前をはだけ、ドアを蹴破らん勢いでHANASAKAの社長室に怒鳴りこんできた。10日前まで柊山が座っていた社長のデスクには、楢野莉子が黒いスーツ姿で座っていた。

 「花崎前社長は更迭しました」楢野は涼しい顔だった。

 「冗談じゃないわ。株主総会は開いたの」

 「ええ、もちろん開かれました」

 「ウソつきなさい。株は花崎社長と妹が2人で半分ずつ持ってるのよ。妹は未成年で、社長が後見人でしょう。自分で自分を更迭するわけないじゃないの」

 「正確に言いますと、持分は花崎前社長と妹の麻美さんが33%ずつです」

 「誰が総会を招集したのよ。2人じゃないでしょう」

 「持分が3%以上あれば、総会の招集を請求できます(会社法297条2項)」

 「3%じゃ、招集できても総会は成立しないし、決議もできないわよね」

 「役員改選のための総会成立は、議決権のある株式の2分の1以上だけど、HANASAKAへの商号変更の際、定款を変更して、3分の1以上にしておきました。決議は出席した株主の過半数になります(会社法341条)」

 「だとしても、2人を抜きにしてムリよね」

 「お2人以外の株主の持分34%のうち、リメイドが33・4%を取得しており、残りの0・6%が浮動株です」

 「なんですって、いつのまにそんなこと」神崎は顔色を失った。

 「まだ若社長が就任される前ですよ。みなさん、もう花崎土木はダメだって思われてたのか、タダ同然でお譲りいただきました」

 「やったわね。そのためにこっちに居残ってたのね。やっと魂胆がわかったわ」

 「リメイドの33・4%の持分の委任状を得て、うちが出席したので、総会は成立。行方不明の花崎前社長と妹の麻美さんは欠席され、旧役員解任と新役員選任の人事案件は、賛成多数で決議され、うちが社長になりました」

 「祐介と麻美を探し出して、あんたを解任させるわ」

 「見つけたとしてもムダですよ。2人の株券は担保として預かってますから」

 「なんの担保よ」

 「処分場の搬入権の予約金15億円の担保です」

 「出し抜いたつもりでしょうけど、そうは行かないわよ」

 「ついてはマルハナ斎儀社からの借入金15億円(弁済期の定めのない消費貸借)の返済を申し入れることにしました」

 「見事な乗っ取り劇じゃないの。勝ったつもりでしょうけど、処分場の敷地はマルハナが第一抵当(第一順位抵当権者)に入っているのよ」

 「存じています」

 「返済を認めず、敷地を差し押さえたらどうなると思う?」

 「さあ、どうなるでしょう」

 「処分場は着工できないわ」

 「そうなると共倒れですね」

 「望むところよ」

 「すでに返済の申し入れを行い、拒絶されたので供託も済ませておりますので、抵当権も消滅したものと思います」

 「認めないわ」

 社長更迭劇にようやく気付いた神崎春夏は、遅まきながら貸付金15億円の抵当権を実行して処分場敷地の仮差押えと、最終処分場工事差止めの仮処分を裁判所に申請した。静岡地裁で双方審尋が行われた結果、裁判所はHANASAKAの供託金による貸付金返済と抵当権消滅を認容し、マルハナ斎儀社からの仮差押えと仮処分の申請を棄却した。楢野莉子(リメイド)と神崎春夏(マルハナ斎儀社)の法廷闘争は、先手を打った楢野の勝利に終わった。しかし、これはまだ二人の緒戦にすぎなかった。

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