34 消えた除染物
夜10時、凍てつく寒さの中、HANASAKAの仮置場に20台の大型トラックが集結した。長距離貨物列車のような光景だった。重機の明かりの中で、ハンディレシーバーからオペレータとダンプ運転手に向かって無線で作業を指揮しているのは渋川だった。バックフォー2台が連携して除染物の入ったフレコンバッグ50袋をトラックの荷台に積み込むのに30分、2ライン4人のオペレータで20台に1000袋積み込むのに5時間かかった。朝4時過ぎにはダンプもオペレータも撤収した。次の夜も同じ時刻から同じ作業が始まった。
「大変だ、現場からあの黒い袋が消えた。半月前には、あんなにあったのに」現場を見てきた柊山が楢野を社長室に呼び出し、焦った顔で言った。
「知ってるわよ。渋川さんが始末したのよ。今頃気がつくなんて社長ものんびりしてるわね」楢野は落ち着き払っていた。
「渋川とも連絡とれない」
「そう、それはちょっと変ね」
「渋川は袋をどこに片すって言ってたんだ」
「若山シルトと契約したって」
「ありえねえ。若山シルトとは値段が折り合わなくて断られたんだ」
「知らなかった。じゃ、どこへ出したのかしら」楢野も少し心配になってきた様子だった。
渋川はフレコンバッグ1万袋の除染物の搬出をわずか10日で完了していた。HANASAKAの車両は使用しておらず、どこへ運んだかは誰もわからなかった。そもそも渋川にそんな機動力あるとは思われなかった。背後でiBフロンティアが直接動いたに違いなかった。
「どこ行ったにしても、バッグがなくなったのは喜んでいいんだよな」
「持ち出し先に問題がなければね」
「あいつにかぎってそんなヘマはしねえだろう」
「消えたってことは、金を持って逃げたか、逃げ損なって消されたか、どっちかでしょう」
「おいおい、滅多なこと言うなよ」
「問題は費用を誰が負担したかってことね」
「市役所だろう」
「市は関与してなかったのよ。渋川さんが勝手に持ち込んで勝手に持ち出したの」
「じゃ、ほんとにどこに出したかわかんねえのか」
「HANASAKAは関係ないっていうか、フレコンバッグが置かれるのを黙認してただけってことになるわね。どっちにしても渋川さんが消えたのなら、社長も消えたほうがいいわね」
「そうなのか」
「何かが動き出す予兆。社長にとっていいことは何もないかも」
「なんだよ、脅かすなよ。次は俺が消される番だってのか」
「用心に越したことはない。麻美さんと2人、手荷物をまとめて、明日のお昼までには羽田空港に行って。国内線ターミナルよ。その後の段取りは全部しておくわ」
「国際線じゃねえのか」
「パスポート持ってるの」
「あ、そうか」
「バカね」
「だって、どうせなら国外逃亡のほうがかっこよくねえか」
「じゃ、考えとくわ」
「処分場の許可はどうなったんだ」
「除染物がなくなれば環境保全協定を結べるし、県が許可申請を正式に受け付けるわ」
「反対運動はうまく丸めこんだってわけだ」
「神崎さんが期待以上にがんばってくれたわ。自分の処分場のつもりだからね。除染物の撤去をせかしたのもきっと彼女でしょう」
「いよいよ大詰めだな。表舞台が回り出せば、裏方は消えるべしってか。偽社長も潮時ってことか」
「よくできました。人間、引き際が肝心よ」
翌朝、柊山と麻美は、お揃いのカナダグースのダウンジャケットにジーンズの軽装で、小さなトランク1つを引いて羽田空港に現れた。楢野の手はずどおりにANAのカウンターでチケットを受け取ると、サージの制服が似合う受付係の女から小包を預かっていると言われた。中を確かめると、札束が10束、逃亡ルートのメモが1枚、偽名パスポートが2冊入っていた。よくこんなもの平気でチケットカウンターに預けられるものだと呆れた。これなら爆弾だって預かっちまうだろう。
2人は国内線で博多に飛び、そこからフェリーで釜山港に渡り、偽名パスポートで韓国に入国した。逃亡資金1千万円のキャッシュを持って羽田空港から仁川国際空港に飛ぶのは不安があったからだ。釜山にはカジノがあり、日常的に大金を持ったヤクザの出入国が多かったので、空路に比べて通関が緩かった。ジェットフォイルでわずか3時間弱の船旅だった。
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