25 懐柔工作
その晩、静岡市の料亭小町に、地元の名士と言える顔触れが集まっていた。台風15号はさらに本州に接近して上陸までカウントダウンとなり、中庭の植木はすでに暴風雨にさらされてゴーゴーと風切音を立てていた。マルハナ斎儀社社主の花沢正一、榛原市副市長の勝浦幹夫、衆議院議員横山誠一第一秘書の清水信司、県議会議員の蓬仙蔵、宴を仕切っているホストは渋川、世話役に神崎という顔ぶれだった。主役であるはずの柊山は外されていた。
「申し訳ありません、市長は台風で庁舎を離れられません。仮庁舎なもので台風で飛ばされそうでして」
「わかってるよ。君も帰るんだろう。話は手短に済ませよう」
「処分場ができたら、HANASAKAはどうするんだ。あの倅にそのままやらせるのか。いっそマルハナで買わないのか」
「産廃ってのは何があるかわからんやろう。とくに除染物なんて後々どうなるもんか。うちはやりませんよ。今はそんな手も金もないしなあ」
「渋川さんはどう。あんたが社長になっては」
「花沢さんと同意見です。自分でやるのはリスクが大きすぎる仕事です」
「小僧を君らの手の平に乗せて踊らせるのが一番てことやな」
「まだ大学生ですから」
「甘く見るなよ。あのタヌキオヤジの血を引いてるなら、そうとうなもんやぞ」
「弱みは握っています」
「不法投棄現場を最終処分場に作り変えるってのは、一石二鳥のグッドアイディアだったな」
「特定廃棄物を入れるってのは市長選前には内密に願いますよ」
「もう感づかれてますよ」
「否定すればいいんだよ。知らんことで通せばいい。処分場を決めれば国から2000億の交付金が入るんだ。使い道自由だよ。それで復興に弾みがつく。全部市民のためなんだからな」
「それで市長も安泰、私の次々期市長の座も安泰です」
「君、正直すぎやないか」
「市だけの問題じゃなかろう。特定廃棄物処分場の確保は国家の大計。住民エゴは許されん」
「反対運動は納められそうなのか。プロ市民の連中はどう動いてる」
「地下水ネット(全日本地下水汚染問題ネットワーク)ですね。何人か来てますが、今のところはっきりした動きじゃないです。こっちの出方を見てるのかも」
「話のわかるやつはおらんのか」
「自分たちだけで表立っては動かない連中です」
「ネットの藤永はテレビ出演に食いついてきたわ。図に乗ったところでいくつか割のいい講演会を入れてやれば、こっちに寝返るでしょう」
「メディアにも顔が利くとは」
「一番やっかいなのは主婦の会だな。女はヒステリックだから」
「そのかわりケーキと香水には弱い」
「おいおい、それは差別だよ」
「ママさんバレーが使える屋内コート、市長公約でお願いしますよ」
「そこは任せてください」
「山岸はどないする」
「市長選の遺恨で反対してるだけだ。次も落ちれば資金も尽きるだろう」
「あとは風見のじいさんだけやな」
「あのジジイ、難物は難物ですが、そうとうもう焼きが回ってて、花崎土木の不法投棄を挙げたのは自分だって自慢するばかり、当時の古ぼけた写真なんかを見せてるが、1人じゃなんもできないでしょう」
「不法投棄現場がお国のために使われるなら、じいさんも本望だろう」
「それがかえって面白くないんじゃないの」
「弱みはありますよ。女子大生の孫娘さんがいましてね。就活中にこの災害ですから、難渋してるようです。シズトー(静岡東部信用組合)にでも入れてやってくださいな」
「なるほど、そいつはいい話だ。反対運動は1人1人マメに外していくのが一番早い」
「あんた、何やらせてもプロやな。どれだけ引き出しがあんのや」
「こういう時世でなければ、ただの器用貧乏で終わるところです」
「花崎のとこの秘書、あれはなんだ。社長夫人でも狙ってるのか」
「前の社長が愛人にでもする気で京都から連れてきたまんま居座ったんやろう。小柄でいい女やから、お茶屋(舞子遊びをする待合)にでもいたんやないんか」
「滅多なこと言わないほうが」
「一番の悩みはあの女よ。まったくつかみどころがないわ。親元が親元なんで、うかつに手が出せなくて」
「まあ、好きにさせとくさ。花沢さんにたてつくほどバカじゃあるまい」
「だといいですがねえ」花崎社長抜きの談合はまとまったようだった。
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