24 反対運動

 台風15号が近づいて雲行きが怪しく、断続的に大雨が降っては止み、まさに風雲急を告げていた。風に煽られる茶畑を見下ろす風見逸郎の自宅に、HANASAKAの最終処分場建設反対派の幹部が集まっていた。復興最優先のムードの中で、反対運動は思ったほどには盛り上がらず、一同の意気はいま一つで、運動を続けるにはここが正念場だった。風見は70代後半の地元世話役的人物で、事あるごとに自宅を集会場に提供していた。元革マル派(日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派)の闘士、15年前、花崎土木の不法投棄を最初に告発し、検挙につなげたという実績がある。マルハナ斎儀社の花沢から何度脅されても屈しなかった気骨の持ち主だ。藤永敏夫は、全日本地下水汚染問題ネットワークの代表代理。元奈良県環境部職員で、環境問題に明るく、退職前から環境系左翼団体のリーダーになっていた。吉井峰子は、榛原の水源を守る主婦の会の代表で、県立吉田高校をインター杯優勝に導いた立役者、今でもママさんバレーのキャプテンだった。山岸良太は、市長選立候補予定者で、反市長派の中心人物、本業は不動産鑑定士で、ブルゴーニュ不動産鑑定の社長、真摯に地元発展を願う温厚篤実な紳士だった。4人はさしずめr4(レジスタンス・フォー)である。

 「地元になんの説明もなしに、不法投棄現場を掘ってしまうってどういうことなの」

 「市も県もなんにも言わない。グルってことだよ」

 「市の説明だと、仮置場の造成で出た副産物であり、花崎土木が処分費は負担するってことだな」

 「こじ付けもいいとこ。タダで県の仮設処分場に持ち込む気なのよ」

 「処分費を払ったかどうかは、住民監査請求(地方自治法242条1項)で確認すればいい」

 「処分場に放射性廃棄物を入れるつもりってほんと」

 「ありえない。絶対反対よ」

 「除染物はもう来てる」

 「それ放射性廃棄物とはどう違うの」

 「特定廃棄物、指定廃棄物、除染物、汚染土壌、いろいろあってややこしいな」

 「法律を面倒にして煙に巻こうとしてんのじゃないのか」

 「HANASAKAに処分できるのは、8000ベクレル以下だと思う。それ以上のはダメだ」

 「仮置場に黒いバッグがいっぱい積んであるけど、あれが除染物なんでしょう。処分場が許可になる前から持ち込んでいいの」

 「仮保管だから別らしい」

 「仮置き、仮保管、保管、中間貯蔵、これまた訳がわからん。危険な物を仮保管てなんだよ。青酸カリを野ざらしにしてるようなもんじゃねえか」

 「許可になったら、埋めるつもりなのよね」

 「それはわからん。国が処分するものだから、市は埋めないと言ってる」

 「埋めるに決まってるじゃない。そのつもりで置いてるのよ」

 「そもそも住民説明会もなしに処分場ってできるの」

 「過去の処分場の拡張、再開ってことにするらしい」

 「処分場じゃなく、不法投棄現場じゃないの」

 「いや、当時は確かに自社処分場(排出者の自ら処分場)ってことだった」

 「自社処分場に不法投棄したってことでしょう」

 「立派な不法投棄だ。俺が逮捕させた」

 「環境保全協定は結ぶ必要あるんでしょう」

 「昔は任意だったが、今は必須だ。県条例(静岡県産業廃棄物条例27条)で決まってる」

 「条例でも努力義務だよ。絶対的じゃない」

 「じゃあ協定なしってありえるのか」

 「協定がなければ、県は事実上申請を受け付けない。努力義務だからって無視したら、条例を作った意味がない。ただし、国への行服(行政不服審査法5条1項審査請求)や抗告訴訟(行政事件訴訟法3条2項処分の取り消しの訴え)となったら、協定がないことは抗弁にならない(協定の規範性は認められなくもない)」

 「行服や訴訟になったらともかく、協定結ばなければ県は処分場を許可しないってことでいいのよね」

 「説明会が終わったら、市は住民に代わって協定を結ぶ気だ。委員会(住吉区廃棄物処分場設置検討委員会)も市長派ばかり選ばれてるアリバイだ」

 「12人いる区長のうち、9人は反対してるんだから、説明会は開けないしょう」

 「それがさ、処分場ができる住吉区長と隣接の山梨区長、千田区長の3人が賛成なんだよ。この3区だけで説明会は開ける」

 「なんで一番地元の3区長が賛成なんだよ」

 「お正月のお餅(賄賂)をもらったってことでしょうね」

 「なんとか来年の市長選まで引っぱって選挙で山岸さんが勝てば」

 「逆に現市長は選挙前に決着させるつもりだろう。県が許可してしまえばもう争点にはならない。県の問題だって逃げられるから」

 「万が一にも許可になったら、こっちも抗告訴訟と工事差し止めの仮処分(民事保全法23条2項仮の地位を定める処分)をやりますよ」

 「勝算は」

 「首都圏なら住民側が8割は勝てるんですが、静岡はあまり処分場排除訴訟の例がなくて先が読めない」

 「中林先生には頼んだのか」中林公明は元都庁職員のアカ弁(左翼系弁護士)で、瀬戸内村産業廃棄物不法投棄公害調停事件で名を馳せて以来、環境派にはカリスマ的存在だった。

 「引き受けてくれるそうだ。原子力災害は国の責任、民間処分場は使わせないっておっしゃってた」

 「すてき。みんな喜ぶわ」

 「女は有名人に弱いな」

 「中林先生がいれば百人力、千人力だ」

 「ところでね、みんなに報告があるんだけど、来週、主婦の会でHANASAKAを招いて勉強会をやるわ。何人かの幹事から発議があったの。相手の話も聞くべきでしょうって」

 「主婦の会が切り崩されでもしたら、この運動はやばいぞ」

 「切り崩しなんて、そんなことありえません」

 「いまさらなんの勉強なんだ」

 「渋川さんて人が来るわ」

 「おいおい、そいつこそ現市長派の手先じゃないか」

 「知ってるけど、敵を知ることも必要でしょう」

 「騙されるだけだ。やめたほうがいい」

 「もう決めたから。虎穴に入らざれば虎子を得ずよ」

 「それは意味が違う。て言うか、向こうが言うセリフじゃねえの」

 「じゃ、私たちが虎の子なの、失礼な」

 翻意をほのめかす吉井の発言で場の雰囲気が暗転した。

 「僕もみんなに報告がある。来月、テレビに出るんだ。NKH(日本公共放送)のズームアップ現代だ」藤永の発言に吉井以外の全員の目が嫉妬に輝いた。元々同床異夢なのだ。

 「すごい。どんなテーマなの」

 「被災地から出たアスベスト系廃棄物の拡散が野放しだって問題」

 「それって、前回の震災では報道管制されたんでしょう」

 「今回はそうはさせない」

 「先生、とうとうNKHデビューなのね」

 「でもないよ。ズームアップといっても金曜日の名古屋局版だから。反響が良ければ、全国版になるかもしれないってけど」

 「講演依頼殺到ね」

 「アスベストも放射能も根は同じ。拡散させちゃいけない」

 「そのとおりだ。徹底反対していこう」

 一見一枚岩の反対派には早くも亀裂が入り始めていた。

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