21 替玉発覚

 渋川の呼び出しで、柊山は珍しく仮置場に立っていた。ガレキの搬入が一段落し、県が建設中の二次仮置場(仮設処理施設)への搬出開始を待っているところだった。面積に余裕があり、マニュアルどおりに低くガレキを積んだので、火災は1度も起こさずに済んだ。温度測定は毎日続けており、摂氏60度を超えた時は、放水しながら切り崩して温度を下げた。社長の顔を知らない作業員も多く、渋川には挨拶しても、柊山は無視されていた。楢野が山際に植えたヒマワリの黄色い花弁が柊山をからかうように風に首を振っていた。あたりには廃棄物特有の臭いが立ち込め、お盆休みが近い真夏の仮置場の熱気は製鉄所の構内並みだった。ゴミからの照り返しで太陽放射が倍加し、それにゴミの発酵熱が加わり、体感は40度をはるかに超えていた。現場に慣れていない柊山は立っているだけで汗が噴出し、眩暈を覚えた。

 発災から10か月経ったというのに、県はまだ二次仮置場の用地選定を終え、仮設処理施設の建設に着手したばかりで、廃棄物受入れ時期の見込みは立っていなかった。榛原漁港は小さいので、航路の掘り下げをしなければ、内航海運によるガレキの県外搬出には使えなかった。渋川はジョーカーをまねて、喫水の浅いバージを使って沖合に停泊させたガット船まで運ぶ方法を提案したが、採用されなかった。県に頼まず、自前で仮設焼却炉を設置したほうが早かったのではないかという意見も出ていたが、復興交付金を申請済なので、いまさら方針は変えられなかった。

 「おめえのこと、新納と話したんだけどよ、ほんとに花崎かよ。騙ってんじゃねえのか。俺を騙そうってんなら、ただじゃすまねえぜ」渋川はとうとう花崎が偽者だと気づいた様子だった。

 「そんな用事で、わざわざこんなクソ暑いとこに呼んだんすか。俺が花崎じゃねえんなら、誰すか」

 「知るか。おめえ、高校を出た後、ダチの家を探してたじゃねえか。ほんとは誰の家だよ」

 「オヤジの家すけど」

 「自分んちを探してんなら、そう言うだろう」

 「ぜんぜん目印になる物がなかったんすよ。自分の家だってどこかわかんないすよ」

 「新納は違うだろうって言ってたぜ。なんか探してたよな」

 「そらあ、自分の家が丸ごとなくなったら、なんか残ってねえかと探すでしょう」

 「隠す必要ねえだろう」

 「名前は言わない聞かないって約束っすよ。自分ちだって言ったら誰だかばれちまうじゃないすか」

 「車から財布盗んだよな。そこに花崎の免許証が入ってたか」

 「違いますよ」次々と図星を指されて、柊山は内心、大したものだと感心した。やっぱり餅屋は餅屋だ。

 「だってよ、おかしかねえか。おめえ静大の学生で地震の時は静岡にいたはずだろ」渋川の推理には反論の余地がなかった。

 「そこまで疑うんなら、百歩譲って、俺が花崎じゃないとして、どうします」

 「いまさらおめえがいねえと困るな。いろいろ噛ませちまったからな」

 「だったらもういいじゃないすか」

 「そうはいくか」

 「青井さんだって偽名使ってたじゃないすか。渋川さんだってどうせ本名じゃないすよね」

 「架空の名前に変えるのと死人に成りすますのは違うだろ。勝手な真似されると、こっちの計略が狂う」

 「じゃ、いっそ詐欺師の仲間にしてください」

 「偽者だって認めんのか」

 「ゲロすんの渋川さんにだけっすよ」

 「新納も気付いてんぞ。あと、おめえの秘書もいろいろ嗅ぎ回ってるかんな」

 「楢野すか」

 「やっちまえばいいじゃねえか。そうすりゃ黙るわ。秘書と社長、やっても誰も疑問に思わねえし、もうとっくにできてると思われてんわ」

 「そうでもねえっすよ。渋川さんこそ、仲良しじゃないすか」

 「俺は女を仕事に絡めねえ主義だわ」

 「俺もあの女は苦手っす」

 「ところでよ、原発に人工(にんく)を出すのを手伝ってくれねえか」

 「あそこはやべっすよ。青井さんだってあんなことに」

 「だから儲かるんじゃねえか。1人8万出っから、俺が3万、おめえが1万5千、本人が3万5千(日当1万5千、手当2万、ただし親方のピンハネあり)の配分でどうだ。25人連れてけば、月1千万になんぞ」

 「なんで渋川さんが3万なんすか」

 「俺には上もあっから」

 「今だって人が足らねえし、ムリっすよ。それに青井さんも、2、3日でお払い箱って言ってたじゃないすか。毎日25人なんてとてもムリっすよ」

 「ほんとに人集めする必要はねえ。名義貸しでいいんだよ。地元の会社じゃねえとダメだから。東京、大阪、いや広島からも沖縄からも、日本中から集めてくる。いちおう60歳以上限定ってことだが、戸籍なんかどうせ見ねえから」

 「ヤクザが日本中のホームレスやら外国人やらを掻き集めてるってことすか」

 「まあ、そうなるんだろうな」

 「ヤクザの取り分はいくらなんすか」

 「そんなの知らねえよ。やっぱ2万くれえじゃねえのか」

 「もっと撥ねてるでしょう。半分は撥ねるのがヤクザっすよ」

 「かもな」

 「青井さんもそれだったんすか」

 「あの人は自分で志願して行ったんだとよ。おめえの言うとおり、実際に働いたのは3日で、原発の中には30分くれえしかいなかったってよ。棒の先に線量計付けて持って入っていって、アラームが鳴ったら逃げてくる。それだけだったらしいわ。待機してるだけじゃ日当は出ねえが、Gビレッジ(廃炉作業員の宿舎に転用された御幸崎町にあるAGA(全日本ゴルフ協会)運営の総合スポーツ保養所)の食事と寝床は悪かなかったみてえだ」

 「青井さん、死んでも補償は出なかったんすよね」

 「まだ歩けるうちに中央電力にはかけあったみてえだけど、働いた記録がねえってことで突っぱねられたってよ。自衛官とか、警察官とかじゃねえと、放射能浴びてもムダ死にだな」

 「ひどいっすね」

 「おめえも、その片棒担ぐんだぜ。肝据えとけよ」

 「うちの社員は出さないすよ。原発なんてありえねえ。俺、避難民と一緒だったんすよ。ひどいもんすよ」

 「なにがうちの社員だよ。いっぱしの社長気取りがあきれるわ。あとよ、最終処分場が欲しいんだ。花崎土木で作ってくれねえかな」

 「は? そんなにいっぺんにいろいろ言われても」

 「俺の仲間になるって言ったよな」

 「そんなこと言ったって、処分場なんてどうやって作るんすか。そういう話ならマルハナが専門すよ」

 「頭使えや。ここの仮置が終わったら最終処分場に造り変えるんだよ」

 「下にごっそり不法投棄があるみたいすよ」

 「掘って出しちまえばいいだろ。渡りに船じゃねえか」

 「どういうことすか」

 「県の処分場ができたら、震災のガレキと混ぜて出しちまえばいいんだよ」

 「やばくないすか」

 「市の了解取っとくから」

 「そんなのほんとにできんすか」

 「どうせ市の腹痛むわけじゃねえ。ガレキ処理費は全額国の金(復興交付金、地方交付税、起債(償還財源に地方交付税措置あり))なんだわ。市も処分場は欲しいんだ。ここはいい処分場になんぞ。不法投棄の適地は処分場の適地だからな」

 「そんなもんすか」

 「ここを最終処分場にしたら、土建屋やめて産廃屋に転向しろよ。そのほうがずっと儲かんぞ。いっそ社名変えろ。なんか気の効いた名前考えとけよ」

 「めんどくせえし、花崎土木のままじゃだめなんすか」

 「おめえが好きならかまわんけど、イメチェンしたほうがいいだろう。先代の評判が最悪の場合はよ。そうだな、グリーン・カムトゥルー、略してGCとかどうだ。よし、それで行こう」

 「俺の会社すよ、俺が決めますよ」

 「偽社長のくせして」

 「それ言いっこなし」

 「おめえが誰だってかまいやしねえ。俺のためになんなら生かしておいてやる。ほんとの名前はなんてんだ」

 「俺は俺っすよ。ゴミ山で一緒だった俺っすよ」

 「ああ、それはそうだ。大事なのはおめえが何者かってことじゃねえ。俺の知ってるおめえが社長だってことだ。この期に及んでまだ名前を言わねえたあ、いい根性だ。詐欺師と認めてやるよ。1つの真実も言ったらいけねえ。その1つのほんとからウソがばれるんだ。理想は政治家だよ。それも首相級のな。国民的人気ってのは裏返せば天才詐欺師ってことだよ。国民の大方をころりと騙しちまうんだから大したもんだ。どうしてそんなことができるかっていうと、1つの真実もねえからウソの暴きようがねえ。そこが並みの政治家との違いなんだ」渋谷の話はなかなか哲学的だった。彼が天才詐欺師に例えた政治家は、政界を引退した今もなお国民的人気が続いている大泉元首相のことらしかった。

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