20 密談3 震災後9か月の7月31日
復興特別会計予算50兆円が始動して4か月、i4のIBもいよいよ勢いづいてきた。元手0円で2000億円を作り出そうという大胆不敵な計画だったが、すでにジョーカー1人で300億円の利益を確定させていた。この4人の頭脳があれば、確かに2000億円も絵空事じゃなかった。
4人は例によってレイナのセンターボックスに陣取っていた。ダンディな4人もさすがにクールビズ、テクノはアロハのビンテージ、他の3人はベルサーチ、ランバン、ラフルローレンのポロシャツだった。仮面を着けたままにしているのは恒例である。
「もはや原発建設は利権じゃない。廃炉が利権だ」
「マスターの出番だな」
「廃炉に一番必要なのは人だ。毎日7千人は必要になる。中央電力から引き出せる日当を10万円として1日7億円、2年(500日)で3・5兆円だ」
「どれくらい食い込めるんだ」
「とりあえず2000人は手配できる見込みが立った。20%(2万円)のキックバックとして、2年で200億になる」
「話題になってる新宿、山谷(東京)、あいりん(大阪)のホームレス狩りとかじゃないよな」
「外国人だよ。法務省と外務省に2か月間の就労と難民認定を引き換えにするよう働きかけた。出番ができたって喜んでたよ。2年間で延べ2万4千人の認定になる。平時の難民認定は年間5、6人だから、2500倍だ。被ばく量の上限は累積50ミリシーベルト(IAEA国際原子力機関基準)にした。国内法の特例では250ミリシーベルト(電離放射線障害防止規則7条2項1号緊急作業100ミリシーベルトの特例に関する厚生労働省令)だろ。日本人作業員よりずっと低いんだから、外国人差別とは言わせない。しかも2か月働くだけで、300万円(諸費用・税を控除して日当の手取り6万円、50日就労)のキャッシュを手に入れられるんだ。ヤクザのピンハネが一切ないからね。こんな好条件の難民受け入れをしている国はないよ。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)にも話はつけた。ようやく日本もEU並み、いやそれ以上になったと絶賛してくれたよ」
「そう来たか。やっぱり目の付けどころが違うな」
「マスターにしては地味なスタートだよな。いきなり、1兆円とか来るかと思ってた」
「手堅くってとこだな。廃炉は利権の宝庫だよ。しかも予算は天井知らずだ。廃炉のためとあらば、どんな突飛な提案にでも金が出る」
「低レベル放射性廃棄物(作業服等)、冷却水、解体スクラップ、いろいろ環境省の出番も多いぜ」
「それもありだが、なんといっても廃炉こそ、たまらんビジネスだよ。まだ何十基も原発は残ってんだから」
「廃炉費用は1炉500億とか、800億とかって経産は言ってたよな」
「そんなんでできっこないだろ。そもそも廃炉技術は確立してないのに、試算も何もあるかよ。1炉1兆と俺は見てる。総額は50兆円」
「それでも足らないかもな。原発内の汚染土壌は見てないだろ」
「汚染土壌ってのは、環境省用語かもしれんが、霞が関用語じゃない。それを言い出したら、東京、名古屋、大阪、広島、北九州は、どこも地価総額がマイナスだぜ」
今回の主役はマスター、選んだワインはシャトー・マルゴーの白。いかにもマスターらしい意表をついたチョイスだが、飲んでみると、上品ながら重みもある味わいは、ふくよかな貴婦人が口腔内で踊るようだ。青臭いボジョレー・ヌーボーやジュースみたいなモーゼルなんかとは別世界だった。
「ジョーカーのガレキは順調か」
「市町村のコンサルは約束どおりに200億乗せたよ。合計500億は固めた」
「やるな」
「まだまだこれからだ。今は特定廃棄物処分場の根回しを進めてる」
「それ、なんだっけ」
「原子炉等規制法が適用されない原発敷地外の原子力災害廃棄物の意味だ。廃炉に直接関わらない廃棄物は全部これだ。対策区域内廃棄物(原子力災害放射性物質汚染対処特措法14条1項)と指定廃棄物(特措法17条1項)を合わせたものを特定廃棄物(特措法20条)と呼ぶ。指定廃棄物の敷居は1キログラム8000ベクレル超(セシウム134・137換算合計。特措法施行規則14条)だ。要するに避難指示区域の廃棄物と、区域外の8000ベクレル超の廃棄物のことだ。上下水道汚泥とか、除染物とか、汚染土壌とかもこれに入る。8000ベクレル以下は、特定一般廃棄物(特措法23条1項)、特定産業廃棄物(同条2項)といって、廃棄物処理法が適用される通常の廃棄物として処理される」
「特定廃棄物ってどれくらいあるんだ」
「200万トンは出てると思う。中間貯蔵施設や最終処分場が必要なんだけど、どうせ越境運搬はできないんで、面倒だけど市町村ごとに20万トン級の施設を造るつもりだ」
「どれくらいの処分価格なんだ」
「1トン300万。ざっくり言うとこのうち地元対策つまり受入施設がある市町村への交付金が100万円、ゼネコンの除染、運搬、保管費用が100万円、処分場建設費が100万円だ」
「けっこうな利権なんだな。たかだか20万トンで、市町村とゼネコンと産廃業者で、6000億円を2000億円ずつ山分けってことか」
「一番美味しいのは自治体だよ。元手ゼロだもんな」
「金目はそう見えても、住民同意を取るのにえらい機会費用がかかるし、首長(知事、市町村長)の首がかかるぞ」
「これまでも電源立地地域対策交付金を何兆円も住民に還元してきたんだから、美味しいのは結局、反対してる住民だよ。反対してたんだから交付金で作った施設なんか使わないかっていうと、そうでもないし、保育所無料化とかも大歓迎」
「ゼネコンは大しておいしくない。それなりにコストもかかるから」
「処分場はほとんど丸儲けだ。20万トン級でせいぜい造成費は40億円てとこだ。いろいろ後から注文がついたとしたって100億円はかからない」
「つまりこれまたジョーカーのテリトリーか」
「何度も言うけど、災害時には廃棄物こそ青天井だ。MOF(財務省)といえどもこればかりはトーシロだからなんも言わん。原子力災害まで加わって、まさに天井知らずだ」
「光秀の三日天下と思ったら、今太閤(ジョーカーの本名は秀吉)だったか」
「そろそろテクノやスペシャルの出番も近づいてるんじゃないか」
「国交省は最大利権官庁ではあるけど、ゼネコンの利権調整機能(談合システム)がガチガチに決まってるから、環境や経産みたいに簡単には食い込めないよ」
「復興計画モデルのコンサルだけで、前の震災の10倍の700億って聞いたぜ」
「総額はそうでも市町村ごとの分割発注だから、せいぜい1本数億だし、元手もかかるしな」
「元手が笑わせる。どうせ既存資料のコピー代だろ。どんだけ高いコピー代だよ」
「ばれてたか」
「つまりテクノは苦戦てことか」
「建設は利権が織り込み済みの業界だから隙がない。まあ、じっくりいくさ。一括交付金と言いながら、復興交付金の8割は実質国交省の紐付きだ。自分とこの特別会計だってみなしてる」
「言わせておくさ」
「スペシャルはどうよ」
「ヘドロや放射性物質がたまった農地の改良がねらい目と思ってる。漁港の復旧は残念ながら俺のテリトリー外なんだ」
「農地の復旧ってどうやるんだ」
「基本は天地返し。潮水や放射性物質を被った汚染度を深く埋め込んで、そこにきれいな表土を被せるだけだ。地盤沈下してるところには残土を入れる」
「残土もねらい目だな」
「お見込みのとおり」
「津波のヘドロも使えるだろう」
「保安林の嵩上げで全部使っちゃったよ」
「保安林なら汚染土壌でもOKだしな」
「おっと、よく知ってるな。確かにアスベストもPCBも水銀もヒ素もノーチェックではあるな」
「農地に港湾の浚渫土を回そうか。1年もすれば塩が抜けるから」
「ありがたいね。それもありだ」
「テクノもスペシャルもまだまだこれから一捻りも二捻りも必要だな。10億や20億なら、どこの俄かベンチャーだって作れる。2000億となると、普通の発想じゃだめだ」
「かといって詐欺まがいはダメだぜ。しつこく言って悪いけど」
「出資法違反は絶対NGだ。復興事業に出資しませんか的な」
「いろいろ投資話が出回ってるみたいだな。豊田商事事件(1985年)が2000億円(詐欺犯罪史上最高額)を集めて以来、投資が一番古典的な詐欺グループの手口になった。今でも残党が生き残ってるどころか、ますます根を張ってる」
「母さん助けて詐欺がすごいといっても、せいぜい全部で100億か200億だろう」
「子供とか老人とかを絡めた事業で泣かせるのもいいよな」
「おいおい、やめてくれ。一番やっちゃいけないのがそれだ」
「復興投資話は全部ヨタ話だよ」
「農水はそれで困ってんだ。被災した農地をソーラー基地にするとか、ガレキでバイオマス発電とか、汚泥の特殊肥料で循環農業とか、使い古されたネタを復興にからめたヨタ話が多くて、たいてい農水省認定とかってうたってる。ほとんど詐欺か売名行為、採算なんてとれっこない。自治体までもころっと騙されたりするし、ますますたちが悪い」
「アンジェリカ(ハーブの女王)で農村革命みたいなのもあったな。あと、一株植樹とかな。たったの10アールで農村革命もないもんだけど、結構これが出資集まっちゃうらしいじゃないか」
「農水幹部は本音じゃ喜んでるんだろう。話題にならないよりはいいってな」
「一部のパフォーマーだけだよ。日本の農業は米だ。そこを忘れたら終わり」
「おっと米神話出た」
「あと、ボランティア詐欺もひどいよな」
「数千万円程度の小銭稼ぎなら、ボランティアが一番お手軽だよ。仲介料貰ってタダ働きさせて、会費取ったりしてるとこもある。まさにダブルインカム・ノーリスクだからな」
「名誉も手に入ってトリプルだよ」
「おまけにボラ女(災害ボランティアに嵌まってる女子大生、OL)とか遊び放題だろ。夜はほかにやることないしな。ボラ男はもっぱらナンパがお目当てのチャラ男ばかりだって聞くぜ」
「それじゃ会費をとっても集まるわけだわ。出会い系と同じシステムじゃないか」
「復興は、予算がいくらあっても、人の和に如かずだよ。色恋は大目に見るべし」
「天の時、地の利、人の和(孟子曰、天時不如地利、地利不如人和)か。IBの基本でもあるな」
「地の利は、知識の知の利にすべきだ」
「それ、いただきました」
「風俗の景気はどうなんだ。錦(名古屋の花街)の景気は銀座、新宿の比じゃないって聞くけど」
「朝まで人波が途切れない。歌舞伎町とぜんぜん変わらん。北日本大震災のときの国分町(仙台の花街)みたいだ。静岡、浜松も悪くないね。あと、高知もやっと盛り上がってきたな。新世界(大阪ミナミ)はぼちぼちでんな」
「どこでもパチンコ店が一番儲かってる」
「それはもうしょうがないよ。日本のギャンブルと言えばパチンコだ。いまや国際語だからな」
「パチンコ税を設けるべし。さもないと義捐金1兆円がすっかりパチンコマネーに化けて北(朝鮮)とかに行っちゃう」
「我らより上手がいたってことか。やっぱり北はすごい」
〈i4の推定現在高〉
ジョーカー 500億円
マスター 200億円
合計 700億円(税込)
〈i4の手口のまとめ〉
前回と同じガレキ処理のコンサルタントで200億円上乗せ(ジョーカーに配分)
原発廃炉作業員派遣(外国人)1日2千人(1人2か月、2年間延べ2万4千人)
1人1日2万円のキックバックで1日4000万円
2年(500日)で200億円(マスターに配分)
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