22 便乗掘削

 県の二次仮置場(仮設処理施設)の開設を待たず、お盆明けから花崎土木の仮置場敷地の掘削が始まった。市の承認を得た工事だという渋川の指示を、現場監督の工藤浩二公務課長は疑わなかった。実際、市の災害廃棄物対策室の担当者の津森勝が巡回に来ても、何も言わなかった。

 1メートルほど覆土を剥がすと、廃プラスチック類や木くずなど、10年以上前の不法投棄物がごっそり出てきた。掘り出した当初は真っ黒に汚れ、耐えがたい硫黄臭と腐敗臭を放っていたが、翌日には乾いて灰色になり、臭気も抜けてしまった。これを県の仮設処理施設へ搬出するガレキとブレンドしていった。

 「こんなことやって大丈夫なの」心配になって現場に駆けつけてきた楢野莉子が渋川に尋ねた。掘削中の廃棄物の臭気にさらされても顔色一つ変えなかったが、紫外線は嫌だったのか、UVカット素材の長袖ブラウスに黒いパンツ、フュージョンスニーカー(ディオール)、ティファニーカラー縁のサングラス、帽子と日傘も忘れていなかった。

 「県の焼却炉が余ってるって話だよ」

 「え、どういうことなの」

 「市に代行処理を頼まれたのに気をよくしてよ、図に乗ってでっかいのを造りすぎたってこと。大は小を兼ねるとは行かねえのによ」

 「まだできてないんでしょう。もう大きすぎるって、それどういう意味なの」

 「造り始めたらできたも同じだろう」

 「途中で変えられないってことなのね」

 「公共事業だから、始めちまったら今さら小さくしたり、期間を短縮したりはできないんだ。間違ってましたっていうのは、お役所の辞書にはないから。これは国でも県でも市でも同じだ。残念ながら、ある程度のガレキがないと施設は回らない、特に焼却炉は燃えない。ジューサーにブドウ1個入れてどうするよ」

 「知った風なこと言うのねえ。でも、さすがだわ。だからといって県だって、不法投棄物をタダで受けてくれないんじゃないの」

 「ここの不法投棄物は廃プラが多いんだ。今はアジアに資源として売れるけど、当時は買い手がないから不法投棄したんだわ。廃プラは石炭よりカロリーが高いくらいだから(約1万カロリー)、願ってもない助燃材になる。津波のヘドロが混ざったガレキを燃やすには好都合だ。油(助燃材の重油)の節約になるんなら、売ったっていいくらいなんだから、県に文句は言わせねえ。だけど便乗って言われてもなんだし、後々の問題も考えて、1キロ1円の損耗料は払うことにしといた。施設が痛んだ時の補修費って意味だ」

 「不法投棄ってどれくらいありそうなの」

 「ここに仮置きしてるガレキは20万トン、不法投棄もそれと同じくらいはありそうだから、とりあえず1対1でアンコ(ブレンド)にしてる。揉みながら様子を見るよ」

 「せっかく平らになってるのに、掘ったら穴があいちゃうよね」

 「穴っていうより谷津だ。跡地の利用も考えてる。最終処分場にする計画だ。県はともかく、市には話をつけてある。さんざん恩を売ってるから市は二つ返事だよ。ここへきて土地を貸さないって言ったら弱るだろう。県が処理するといっても金は全部市が払うんだから、県も文句は言えねえはずだ。ガレキ処理の補助金は市に出るんだ。むしろガレキが足らねえと困るのは県だ」

 「最終処分場は県の許可(廃棄物処理法14条6項産業廃棄物処分業許可、15条1項産業廃棄物処理施設設置許可)でしょう」

 「それも実質は市が決めるんだ。県は市がいいってなら許可する。県てのは主体性も責任感もない役所なんだよ。道路だってダムだって全部そうだ。県の意思決定で作り始めたものなんて1つもない。知事ってのはテレビのコントに出てくる指示待ち妖怪(LIFE~人生に捧げるコント~、NHK)みたいなもんだよ」

 「処分場建設は社長も知ってる話なの」

 「もちろん社長が決めた話だ。俺は社長じゃないし、花崎土木の社員ですらない。ただの市のコンサルだぜ」

 「丸投げコンサルなんでしょう。県も市もだらしないよね。あんたのいいなりじゃない」

 「公共事業は普段でもみんな丸投げさ。企画書や設計書の段階から業者が作るんだ。国から市まで同じだよ。ましてやこんな非常時、設計組んだり入札かけたりする人手も時間もねえだろう。ときどきアホ(収賄公務員)が入札妨害(刑法96条の6第1項公契約関係競争等妨害)とかで捕まるけどな、実際は全部こうなんだぜ。なのに捕まる奴と捕まらない奴の違い、わかるか」

 「お金をもらわなければ捕まらないじゃない」

 「ちがあよ。貰った金や造った金(裏金)を全部1人でガメねえで、上司に半分はご馳走しとくことだ。できるだけ上のボスにな。そうすりゃ、ボスが守ってくれるよ。相身互いってのはこのことだ」

 「渋川さん、今日ばかりは関心した。さすがによく勉強してるのね」

 「実は俺、ヤメデカなんだよ」

 「へえ、サツカンが詐欺師に転身て珍しいね」

 「へん、もうなんもかもとっくに知ってるくせによ。ゴミ屋の娘に褒められるとは光栄だ」

 「やめてよ、ここでも京都ではお嬢様って呼ばれてるのよ」楢野はまんざらでもないように照れて見せた。

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