11 密談2 震災後2か月の12月24日
1年前のクリスマスイブに、i4がレイナで密かに申し合わせたことは、すべて現実になった。震災後、i4は互いに約したとおり、2000億円を作り出すべく始動していた。被災地の復興と日本経済の再生の成功を祈念し、同時にi4の揚揚たる前途を祝そうと、忙しさを押してレイナに集まった4人は、意気軒昂だった。とりわけ環境省OBのジョーカーは高揚していた。環境省は平時の予算が経済官庁の10分の1しかない準惑星級官庁だが、震災後に補正予算が2兆円組まれ、来年度当初予算要求は4兆円となり、経済産業省、国土交通省、農林水産省の3大経済官庁に比肩する木星級官庁にインフレーションしていた。しかしながら、マンパワーは増えておらず、4兆円の予算執行体制やるや、ザルに水を注ぐようなものだった。それは同省が最大級の利権垂れ流しセンターになったことを意味していた。
「ジョーカー、やっぱり君が震災利権の先鋒だったな」
「任せてくれ。1人で2000億稼ぐことだって難しくない」
「それって平時の環境省の予算額と同じだな。1人で省に張り合う気か」
「手加減してくれよ。我らの出番がなくなるじゃないか」
「ガレキはどれくらい出てるんだ」
「北日本大震災の10倍以上、2億5千万トンのガレキが発生している。ほかにヘドロ(津波堆積物)も同じくらいの量になるだろう。処理費は10兆円以上、15兆円に迫るかもしれないな」
「ざっくり言ったけど、根拠はあるのか」
「航空写真から被災面積、被災家屋数を計算して推計してるんだ。全半壊家屋500万棟、1棟あたり50トンとしてガレキの発生量は2億5千万トンだ。処理予算は1トン4万円として10兆円になる。津波で打ち上げられたヘドロは浸水面積を2000平方キロメートル、平均5センチ、比重2・5として2億5千万トンだ。ヘドロも処理費がかかるが、地盤沈下地域の嵩上げ材として有効利用できる。1トン1万円として2兆5千億円てとこか」
「そんな簡単な計算で大丈夫なのか」
「最終的な処理実績値や予算執行額との誤差は3割以内と思うよ」
「それがほんとなら、かえってすごいな」
「統計学だよ」
「2000億円とは言わないけど、ノルマの500億円はいけそうなのか」
「順調そのものだね。まず市町村のコンサルに入って、ガレキ処理計画を立案し、処理ルートを確保する。ガレキ処理は、災害対策基本法(62条1項)によって、市町村長が実施する応急措置に入るからね」
「ガレキ(災害廃棄物)は廃棄物処理法(2条2項)による一般廃棄物だからではないのか」
「環境省でも自治体でも大学教授でも、災害は事業活動じゃないから、災廃は一廃だって誤解してる者が多いんだけど、ガレキの処理を市町村の義務にしてるのは災対法だ。だいたい現場はぐちゃぐちゃで、産廃か一廃かなんて区別できないだろう。応急措置の必要がない大規模な工場や店舗、国や県の施設を除いて、産廃でも一廃でも被災市町村にガレキ処理の一義的な義務があることになる。ところが、100万トンなんてガレキを処理する能力は、自力にせよ他力にせよ、市町村にはないんだよ。それで、国や県が代行できることになってる。国の場合は災対法(86条の5第9項)、県の場合は地方自治法(252条の14)が委任の根拠になる」
「市町村ができないなら、国や県がやるってことね」
「そういうこと。だけど、あくまで市町村に処理責任があるから、県がやっても国の予算は市町村を経由することになる。国や県は普段廃棄物の処理を自分でやってないから、体制の立ち上げに時間がかかる。北日本大震災の場合だと、仮設処理施設が稼働するまで、国で2年、県で1年かかった」
「そんなに待てないよな」
「そこで俺の出番てわけだ。災害廃棄物を産業廃棄物とみなして、迅速な処理を提案する。これは廃棄物処理法(15条の5の2)で施設設置の許可が免除されてる。しかも事後の届出でいいんだ。こんなこと(届出日前への遡及効)が許されてるのって、この法律だけだよ。でも本来、事業者に委託して解体や撤去をさせたら、個人の住宅だって産廃になるんだけどな。そんな簡単な法理すら誰も気付いていない。産廃処理施設には年間3億トンの処理実績があるから、一廃として処理する場合に比べて10倍のスピードアップだ」
「複雑すぎる。そんなの誰もわからん」
「審議会の委員になるような専門家だって間違えてるし、その間違いの上にまた間違った法律改正をしてきたからね」
「結論としては、国や県に頼むより産廃業者に頼んだほうが早いってことだな」
「北日本大震災では、このスキームの方が1年早かった。今般震災では2年早くなる」
「そんなに違うのか」
「法律や予算の問題だけじゃない。自治体のマンパワー不足は想像以上で、いくら国が復興予算をつけても、使う能力がないんだから、使い方の提案だけじゃだめで、実際に使うところまでやらないと」
「つまり、丸投げだね」
「そう、その丸投げを受ければいいってことだ」
「しかし、入札があるだろう」
「最初にコンサルの入札がある。これは赤字で札を入れる。まあ、通例500万のコンサルなら、200万てとこだな。プロポーザル入札だから、安ければいいってわけじゃないが、やっぱり安いに越したことはない。プロポーザルなんて簡単だ。空手形でもリサイクル率を高くしときゃいいんだよ。あんなの数字のマジックでどうにでもなるからな。これで200以上の被災市町村のうち、30の市町村からすでにコンサルを受注したよ。ガレキの合計は600万トンくらいだ」
「そんなにできるのか」
「もちろん、JVにしたさ。たとえば大阪のリサイト・コーポレーションとか、富山の愛国環境とか、三重のEFG(アース・ファンダメンタルズ・グループ)とか、千葉のフェニックス土木とか、福島のイイザカ・ウェイストとか、宮城のセンダイグリーンとかと組んだ。コンサル法人もいろいろ作った。電子ガレキマニフェスト(災害廃棄物管理票)はベルズ・コミュニケーションと組んだ。これだけでも10億円にはなる。電マニがあるってのはプロポーザルでも有利だしな」
「なるほど、やるね」
「で、そのうち半分の300万トンについては、うちのJVが仮置場の管理から運搬、処分、リサイクルまで、丸ごと受注することになったよ。自治体ごとに入札のしきたりは違うし、地元の企業を立てとく必要もあるし、全部独占てわけにはいかんからな。県が作る仮設焼却場も使えるなら使う。遠くの産廃業者に運ぶには港が必要なんで、ムリな場合もあるから」
「300万トンで処理費はいくらになるんだ」
「通常はガレキ処理の標準原価は1トン3万、そこに1万くらいの利益を乗せられればってとこだけど、俺は標準原価を6万、マークアップ(上乗せ利益)を2万に設定した。つまり利益は600億だ。それをJVと山分けして300億。元手のかからないキャッシュとしてね」
「おう、発災2か月でいきなり300億か。先鋒としては立派な成果だ」
「まだまだいけるよ。500億は超えられる。市町村にも感謝されてるし、復興事業全体のペースアップにもなるし、まさにWIN・WIN・WINのビジネスだよ」
「やりすぎてゼネコンの権益を侵すなよ」
「ゼネコンの利権は2桁違うから競合しないよ。しかし、テクノのご忠告は肝に銘じる。ゼネコンにも一枚食わせとくよ」
「コストを2倍に見積もってMOF(財務省)やBAJ(会計検査院)は大丈夫なのか」
「ご存知のように、復旧・復興事業には災害査定(主務官庁と財務省が被災地を1週間かけて実地調査)がある。今般震災の査定は1万回(延べ1万週間)にもなりそうだ。査定が終わるまで本復旧に着手できず、仮復旧で我慢するって、MOF支配の象徴みたいなアホな仕組みだ。しかし、ガレキについては、書類査定でいいことになってる。現場を見ないんだから、言葉は悪いがメクラ判だ。ガレキは性状や処理方法で原価はまちまちだから、会計検査も問題ない。最終処分するのとリサイクルするのとでは2倍も3倍もコストが違うのが普通だ」
「リサイクルの方が高いんだよな」
「ガレキのリサイクルは製品を売るわけじゃない。現場で使い回すだけだから、処理費の違いがそのまま出てしまう。だから高くなるのはしょうがない。北日本大震災では、ガレキのリサイクル率は80%台後半だった。今般震災では90%台前半が事実上のノルマなんだ。ほんとはね、リサイクルしなければ、ガレキ処理予算は半分以下にできるよ」
「俺もジョーカーに一口噛ませてもらう。再生ガレキを防潮堤工事なんかに使用して、バックマージンを取るんだ。10億円くらいの小銭は稼げるだろう。まあしかし、この程度はべつに計算に入れなくてもいいよ」
「安い方を選ぶって公共事業の原則はないのね」
「環境は逆に高い方を選ぶのが原則なんだ。不法投棄現場の豊島だって青森岩手県境だって、無暗に一番高い処分方法を選んだだろう。一番高いのを選べば、環境団体も文句の付けようがない。あいつらは経済の塩梅ってのがわからないゼロヒャクの原理主義者だからな。PCBだの、アスベストだの、石膏ボードだの、病理検体だの、ガレキにはいろいろ厄介な廃棄物も混ざってる。ヘドロの塩分を落とすだけでも金がかかる。それをちゃんと見積もりに入れれば3万や4万じゃできっこないんだ。つまり知識がないから安くなるんだ。6万だって、そうとう勉強してるんだぜ。完璧にやるなら15万はほしいよ」
「勉強した分はどうなるんだ」
「当然、手抜きになるよ。数千億の事業を赤字でやるわけにはいかないからね。これはガレキ処理でも除染でも同じことだ」
「原価が高いほど、マークアップも取りやすいな」
「狙いはそこか。それ、わかりやすいな」
「そこんとこは農水だって同じだ。農地の復旧、漁港の再築、保安林の植栽、どれも見積もりは最大限度だ。これ以上なく金をかけるのが農水流のトンカチ。公共の重複採択(同一事業に複数の補助・交付金事業を入れた結果、スタミナ(投資可能額)が事業費の100%を超えてしまうこともある)も可能だ。国交の合併施行(事業費の重複はできない)とは違う」
「確かに農水と環境は似てる」
「33%のマークアップってのはどうなの」
「公共事業としては普通だし、産廃についてもその程度は常識だよ。そうだよな、テクノ」
「そこは間違いない。45%までは問題ない」
「最終処分場は足りてるのか。前の震災では、最終処分場が足らなかったよな」
「そこはやっぱり足らないから探す必要がある。焼却炉や破砕機は3か月で組めるけど、最終処分場は3年かかる」
「どうするつもりなんだ」
「まあ、ここじゃまだ言えないが、なんとかするさ。最終処分場は保険みたいなもので、ほんとに埋めなくてもいいんだ。だから欲張らずに小さいのを短期間で作るさ。あと、セメント焼成炉や溶融炉も最終処分場の代わりになる。コストはかなり高くなるが、熱回収をやればリサイクルにカウントできるから、自治体にも喜ばれるよ」
「ガレキ処理はいつ終わるんだ」
「環境省は北日本大震災と同じ発災から3年って言ってるが、量が10倍なのにムリだろうな。5年はかかりそうだ。俺のスキームなら1年でやれるよ。間違っても2年はかからん」
「今日のところはジョーカーの独壇場だが、この先はどういう展開だよ」
「それは次の例会のネタにとっとこうか」
「おいおい、マスター、そんなこと言って、次は真打登場じゃねえの」
「まあ、まかせてくれ。ところでさ、1つルールを確認しとこうじゃないか」
「なんだよ」
「当たり前のことだけどさ、IBには法的な裏付けが絶対必要だ。違法行為、詐欺行為は厳禁だ」
「いまさらそれ必要か。我らに詐欺なんてありえないだろう」
「民間を騙したら詐欺だが、法や国を操っても詐欺にはならん。マスターが言いたいのは民間を騙すなということだよな」
「そういう意味でも、ジョーカーの仕事は模範だ。法的にも現実的にもムリがある国のスキームで3年以上かかるガレキ処理を、法に則って1、2年でやるんだからな」
「10兆円の予算を上手く回してやるのに、この程度の手数料で済むなら安いもんだ。正当な利益だよ」
レイナのセンターボックスのテーブルには、例によって例のごとく、赤ワインのボトルが立っていた。今宵はこれしかないとジョーカーが選んだのは、シャトー・ペトリュスだった。メルローのザクロのように深い赤、どろっとした舌触り、肉感的な香りを、ジョーカーはドラキュラ男爵の血の味と評した。
〈i4の推定現在高〉
ジョーカー 300億円(税込)
〈i4の手口のまとめ〉
ガレキ処理300万トンのコンサルタント(処理費予算総額2400億円)
マークアップ(仲介手数料)1トン2万円で600億円
各JVと山分けでi4の取り分300億円(ジョーカーに配分)
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