lesson.19 アイドルの力で助けよう

 退院から二日後。今日はまだ練習には参加できないから自然と部活はナシ。明日から参加できるから今は英気を養おう

 帰宅後、夕飯の支度の合間にSTAR☆BLUEのスマホゲームで遊んでいたら突然チャイムが鳴った。葉隠優奈さんのソロデビュー曲のCDはフラゲ日の明日届くはずだし誰だろう

「はーい……って、なほちゃん?」

「えっ?あ、ご、ごめんなさい!間違えました!」

 手元を見ると、姫野里学園の封筒と、小さなメモ。まぁなんか察するよね

「休みの人?」

「えっと、休みっていうか……ちょっと訳アリで」

「そっか」

「あの、明日の朝練、いつもより10分くらい早く学校に来てくれませんか?その時全部お話します」

「分かった。じゃあまた明日。暗いから気を付けてね」

「ありがとうございます‪。では」

 私が言うのもなんだけど、アイドルにしては顔が暗かったような気がする。……朝練より早く落ち合って打ち明けなきゃいけないほどの、できるだけ他人に聞かれたくないような理由ね。気になるな

「……あ!」

 カレー、火をつけっぱなしだった!危なかった!焦げ付きはしてないからセーフ!!


「おはようございます、玲奈先輩」

「おはよ。早速だけど教えてくれる?」

「はい。その子の名前は沼入ぬまいりあおい。私の中学部時代の恩人人です」


 ────────


 中学部の時、当時カリスマサックス奏者として人気だった涙先輩に憧れて私も吹奏楽部に入部したんです。まぁ結局担当はユーフォニアムだったんですけど

 二年生のとき、なんとかレギュラーを勝ち取って色んな大会に参加して、優勝も何度か経験したんです

 でも、年度末にある一番大きい大会で、ユーフォニアムのソロパートのときに私が大きいミスを犯したんです。具体的に言うと、音程外して動揺して、吹けなくなった感じです。それが響いてこの年姫野里の吹奏楽部は入賞すら逃しました

 大会後の反省会で、すぐに謝ったんですけど許してもらえなくて。楽器に触れることはおろか基礎練にも参加させてもらえなくて……有り体に言えばいじめです。いつしか部活を超え、学級、そして学年単位でいじめられました

 その時私をかばってくれたのが、沼入さんです。転校してきて日が浅かった沼入さんは、私がいじめられる原因とか色々知らなくて、彼女の正義で助けてくれたんです

 当然、いじめてる側は面白くありません。いじめの対象が私から沼入さんへ。助けられたんだから、当然助けたかった。でも、「またお前をいじめてもいいんだぞ」って言われて……何も出来なかったんです

 ある日、いじめグループのリーダーが沼入さんの顔にカッターで傷をつけたんです。その子は逮捕されて、沼入さんは顔に傷は残らなかったものの右目を失明。退院しても登校することに恐怖を覚えて今も尚不登校のまま、なんです

 私がプリントとかを持って行くと「裏切り者」「見捨てたくせに」って言って取り合ってくれません。復学に向けて頑張ってるって噂は耳にするんですけど……


 ────────


 時間が解決してくれる問題ではないけれど、助け舟を出そうにも難易度が高すぎる

 なほちゃんにある罪悪感を取り除く方法は沼入さんに面と向かって「ごめんなさい」を言うことだけど、沼入さんにある恐怖を考えると学校に来いとは言えない。かといってこちらから行けば強い言葉で拒絶される。つまり二人の心の隙間は永遠に埋まらない。……どうすんべこれ

 思い立ったが吉日っていうのが私の信条だけど、こればかりはどうしようもないなぁ

「おや、玲奈になほ、早かったね」

「沙織先輩!おはようございます」

「私もいるわよ、なほ」

「涙先輩!ご、ごめんなさい」

「……あれ、セイラと美玖ちゃんは?」

 メッセージアプリには何も来てないしなぁ。不自然すぎる

「美玖はサッカー部の応援、セイラはSTAR☆BLUEの新メンバーの宣材写真撮影で公欠だよ。5分ほど前にボクにメッセージが来たんだ」

 あんにゃろ、私を差し置いて先輩に先に……いや普通か

「という訳で始めるわよ。まずは基礎トレね」

「あ、ちょっと待って」

 私の携帯に着信が。相手は──加古川さんだ

「も、もしもし?」

『おはよう泉野、朝早くすまんな。早速本題を話すぞ。実は──』


「ええええええええええええ!!??」

 思わず叫んじゃった

「ではまた。はい、はい。失礼します……」

「玲奈、どうしたんだい?」

「……とんでもない大仕事が入りました」


 その日の放課後、なほちゃんは今日も沼入さんにプリント渡す当番ということで一緒に帰宅。沼入さんの部屋は私の部屋の真下。間違うのも無理はない

「よし、ここが沼入さんの部屋だね」

「はい。じゃあ……」

 チャイムを鳴らして少し待つと、「誰?」と声がした

「姫野里学園の雨宮です。今日のプリント渡しに来ました」

『じゃあ昨日みたく新聞受けに入れといて』

「分かりました……あの、復学に向けて頑張ってるって噂、本当なんですか?」

 おずおずとした様子でドアの向こうにいるであろう沼入さんに話しかけるなほちゃん。事情を知っているだけに私も気になる

『カンケーねぇだろ、アンタには』

「関係なくないです!私、沼入さんのクラスメートなんですよ!?」

『だったら尚更行きたくねーな!出席数が留年ギリになるまでぜってー行かねー!』

「そんな……」

『恩を仇で返すような奴がいる教室に行くと思うか!?助けてくれた相手に「ありがとう」も言わず我関せずって態度取る奴がいる場所によ!!そりゃ雨宮は楽だろうぜ、アタシがいじめられてりゃ矛先はお前に向かないもんな!!』

「やめて……やめて……!!」

『何が「やめて」だ可愛い子ぶりやがって。あんま言いたくなかったけどな、今になってアンタを庇ったこと後悔してるんだよこっちは。正直こうしてドア越しに声を聞くのもイヤなんだよ』

「ごめんなさい……ごめんなさい…………」

 なほちゃんは、ついに罪悪感に押し潰されてしまった。きっと沼入さんも分かってるんだ。だけど、今はやり場のない悲しさをなほちゃんにぶつけるほかないんだ


 考えるより先に、私は口を動かしていた

「沼入さん、初めまして。姫野里学園2年、泉野玲奈です。6ix waterってアイドルグループで、なほちゃんと一緒にアイドルやってるの」

『知ってます。テレビ見てたんで』

「再来週の日曜日、フットサルの大会のハーフタイムショーで、私達がステージに立つことになったんだ。だから是非貴女に来てほしいの」

『何でアタシが。ってかさっき泉野センパイが聞いた通り、雨宮の声も聞きたくないんですよ、アタシは』

「貴女達に何があったのか、全部聞いた。それでもやっぱ沼入さんには来て欲しい」

『だからなんで!!』

「沼入さんと私は似てるから。そしてそれ以上に貴女に笑顔になってほしいから」

『……は?』

 ふぅ、と小さくため息をついてドアに寄りかかる。この場所が沼入さんとのパーソナルスペースだから

「元々STAR☆BLUEのファンだったんだけどさ、この病気に罹って、しかも治らないって言われて……本当、絶望した。大切な幼馴染のセイラにも暴言いっぱい吐いたし、お母さんにも沢山酷い事言った。そんな時、このはさんの笑顔を見て、明日香さんや凛さんのダンスを見て──私は『こんな輝かしい世界があるんだ』ってそう思ったの」

『……その時の感動をアタシにも、ってか?』

「うん」

『無駄だよ。アタシの心はもう死んでるから』

 心が死ぬってのは私も経験がある。シンプルに無感情になるという訳ではなく、悲しみや怒り、憎しみ……負の感情しか抱かなくなる状態だ

「俄然燃えてきた。絶対沼入さんを笑顔にする。詳しい日付と場所のメモ、一緒に入れとくね」

『ちょ、おい!』

 沼入さんみたいなタイプは、こういうことをされたら何か申し訳なく感じて行っちゃうんだよね。実際、私の話なんか無視して奥に行けばよかったのに、全部聞いてくれたんだもん


 翌日の朝練。生徒会長の権限で体育館を使わせてもらうことに

「まず、私のソロ曲で始めようと思うんだ。その後6ix waterで歌う感じ」

「それはいいが、時間はどれくらいあるんだい?」

「6ix treasureと私のソロ曲、あと1曲分くらいですね。短めにMC挟めば丁度いいくらいかと」

「そこで速報です!2曲目が完成しました!」

 皆が驚愕して拍手をなほちゃんに送る。まぁ私は昨日知ったから驚かなかったけどね。だからこそ曲順は私のソロ曲、既存の曲、そして新曲の順番にしたかった

 だって──

「実はね、三曲目……つまり新曲のミュージックビデオはそのライブ映像にしようと思ってるんだ。主催の夕立テレビさんがカメラを回すって言ってたから、その時の映像をMV用に貰えないか交渉したの。で、即オッケー貰った!」

「なんというか……玲奈、本当に成長したんだね。あたし達追いつけるかな」

「大丈夫だよ。だって私が信じる大好きな皆だもん」

 私のこの発言に、皆の顔付きが変わった気がした。結成してまだ間もない私達だけど、絆を信じることが出来るから

「ダンスなんだけれど、今回は皆で決めるのはどうかしら?」

「えっと、『こういうのは?』って感じで意見出しながら考えるってことスか?」

 美玖ちゃんのカンの鋭さはいつもながら凄まじいな。話を汲むとか苦手だから尊敬しちゃうな。あ、そうだ

「曲聴いてさ、それぞれが思うままに踊って、他メンバーが『いいね!』って思ったのを繋げていくってのはどうかな。否定的な意見ナシでさ」

「それで?」

「多少ぎこちない仕上がりになるかもだけど、そこはステップとかでカバーして……そうすれば誰も嫌な思いしなくて済む!皆が納得できるダンスができる!」

「傷つくことを恐れる玲奈らしい作戦だね。ボクは賛成だよ」

 こうしてアイディアを出し合って決めたダンスは、6ix treasureよりも楽しく踊れたし、時間が少ないにも関わらずそれなり以上の完成度になった


 新しい衣装も完成して、私たちの時間は加速する


 本番当日、ポップアップ式のステージの下。引率の先生である明日葉先生の情報では、やっぱり沼入さんは来てくれてる。しかも、私のソロ曲の時に正面の客席。アイドルの力、ちゃんと届けなきゃね


「本番前に、皆に改めて言っとくね。どうしても緊張で押し潰されちゃうかもしれない。だけど、そんな時は諦めるんじゃなくて、緊張を楽しむの。楽しい気持ちはお客さんに伝播して、自分も楽しくなっちゃうから」

 そう、楽しい気持ちを伝えるのが最優先なのだから

『さあ!今年のハーフタイムショー最初のステージは神ファイブ、アーカムハウスなど実力派アイドルが現在注目している新しいアイドルグループ、6ix waterの皆さんです!どうぞ!』

「じゃあ……行ってくる」


 暗転して真っ暗な室内に、私の歌声がマイクを通して響き渡る。インストゥルメンタルと共に私も上がっていき、スポットライトに照らされる頃にはAメロが始まるっていう演出。今この場で皆の視線を独り占めしてるのは私なんだ。プレッシャーよりも自信になって、力強さに繋がっていく

 ねぇ沼入さん見てる?私はアイドルの力でここまで成長出来たんだよ。まだまだ止まらないよ。神ファイブに絶対勝つために


 私なりの全力ステージに、観客のボルテージもうなぎ登り。合いの手が、声援が心地良い。そして私のソロ曲が終了してまたステージは暗転する。さぁみんな、出番だよ


『シィィィィッックス!!ウォォォオオオオオオタァァァアアアア!!』


 爆煙と共に私の後ろから飛び出るセイラ、沙織先輩、涙先輩、美玖ちゃん──そして、なほちゃん。私たちの時間が今始まる

 多分、ドキュメンタリー番組の影響で私と他メンバーの間に経験値という意味での溝が深いことは周知の事実。だからこそ、センターの私が皆を引っ張っていかなきゃ

 ほら皆、ステージって楽しいでしょ?いつもはクールな表情の涙先輩もニコニコしてるもん

 最後の決めポーズをビシッと決めたら大きな拍手。やっぱ気持ちいいね

「新曲いくぞー!」

『YEAHHHHHH!!』

 新曲はシンプルな応援歌。失敗したらどうしようって不安も、怖がりな自分のせいで一歩踏み出すことが億劫なのも全部受け止めるから一緒に頑張ろう。君の成功が私の成功なんだよ。そんな想いが沢山詰まった歌

 それはつまり、偶然だけど沼入さんに向けたメッセージでもある。だからカメラが私を捉えてない時の決めポーズは可能な限り沼入さんに視線を合わせる。ちゃんと伝わってるといいな

『ありがとうございました!!』

 不思議。今日のライブ、ほとんどボンちゃん使わなかった。全力で三曲歌って全力で踊ったのに、皆と同じくらい肩で呼吸する程度で収まってる。少しは成長できたのかな


 月曜日の放課後。加古川さんから昨日のライブ映像を部室で待っていると、ドアがノックされた

「はーい、どうぞー」

「ドル研入部希望なんですけど、顧問の先生が研修?かなんかでいなくて、部長に渡せって言われてきたんすけど……ここで合ってます?」

「うん、合ってるよ」

 褐色の肌によく映える綺麗な金髪ロング、白い眼帯、鳶色の瞳。パッと見黒ギャル。でも、何故だか綺麗な心を持っているのが伝わってくる

「言いたいことが沢山あるので順番に言います」

 その少女は手に持っていた入部届をカーディガンのポケットに仕舞い込む

「まずグループイメージ!イケメン枠なメンバーの過半数超えてんのに、なんで王道アイドル曲ばっかなんだよ。もっとクールな歌歌えっての」

「言われてみれば……確かに」

「泉野センパイ!アンタはセンターならもっと堂々とすべきなんだ。空元気じゃ相手を心から感動なんてさせらんねえよ」

「う、うぐ……」

「滝本はダンスが走りすぎ!氷室センパイと池下センパイはカッコつけすぎてダンスが皆と合ってない!雨宮と川崎センパイはもっと声張って!」

 客観的に見たら、そんなふうに思われてたんだ

「デビューしたてのアイドルをダイヤの原石って言うなら、アンタ達は掘削前なんだよ。削ってすらいねえ!……ファンが今のアンタら見たら、不安しかないんだよ。だから!」

 入部届を机に叩きつける


「1年B組、沼入葵。プロデューサーとして入部させてくれ」


 その少女、沼入さんは不敵に微笑んだ

「アタシに6ix waterの革命の手伝いを手伝わせてくれよ」

 こちらこそよろしくね、沼入さん

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ドルオタだけどトップアイドルになれますか? 凪紗わお @tukasa5394

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