lesson.18 助言を聴こう

 翌朝、お母さんが来た。緊急入院には慣れっこだからかそんなに驚いてなかった。6ix waterの皆の説得もありシズネ先生はお咎めなしで終わった。これが今朝の話。そして今、数ヶ月ぶりにお母さんと二人きり、親子の時間だ

「お母さんはさ、私がアイドルやってるの知ってた?」

 実は、お母さんにはアイドルのことは一言も言っていない。だって私は病気持ちだし、「やる」なんて言ったら絶対に反対されると思ったから

「全然知らなかったわ。だから密着ドキュメントが始まった時、本当にびっくりしたわよ」

「……ごめんなさい」

「何に対して?」

「黙ってたこと、無理しまくったこと……色々、全部」

「……」

 大きなため息をつくお母さん、そして訪れる無音。一人暮らしの生活のこととか、地雷かもだけどアイドルのこととか喋るべきことは沢山あるはずなのに、何一つ言葉が出てこない

 理由は分かってる。何か言えばそれに何かしら理由をこじつけられて「アイドルなんか辞めろ」って言われてしまいそうで怖いから

 だって、6ix waterの皆が説得したのは「シズネ先生の続投」で、「私のアイドル活動継続」ではないのだから

 それならいっそ私から言ってしまおうか

「……ねぇお母さん」

「何?」

「私、アイドルやめなきゃダメかな……?」

 私ってこんな弱虫だっけ。そう考えると涙があふれてとまらないの

「バカね玲奈は」

「え?」

「玲奈のその涙は何?続けたいからでしょう?」

「それは、そうだけど……」

「特に玲奈が病気になってからのこと、思い出してみなさい。一人暮らし、バイト、部活動……私が『やめろ』って言ったことある?」

「無いよ。でも……」

「そりゃ心配はするわよ?でもお母さんはね、玲奈が笑顔でいることが一番嬉しいの。だから今まで反対しなかったのよ」

「……」

「当然だけど、心配だけなら玲奈を退学させてでもアイドル活動なんて辞めさせるわ。だけど、さっき言ったように玲奈には笑顔でいてほしいの。そのためにアイドルは、玲奈にとって何より大切なことなんでしょう?」

「……うん」

「だったら胸張ってアイドルやりなさい。世界で一番、貴女を応援するわよ」

「ありがとう」

「ふふ、やっと笑った。……あ、でもアイドル続けるなら条件をつけるわね。まず、無茶なことはしないこと」

「うん」

「それから……玲奈のファンクラブ会員番号1番は私!絶対よ!?」

「そこなんだ。分かった」

 それにしてもお母さんの器の大きさは何なんだ

「……本当に、ありがとう」


 お母さんが午後から出勤とのことで帰宅してから程なくして、今日のお昼ごはん。オムライス美味しかった

「泉野さん、お皿下げますね」

「お願いします。……あの、この後ちょっと中庭に行ってもいいですか?」

「えっと……18時にバイタルチェックがありますので、それまでには戻ってくださいね。あ、車椅子押しましょうか?」

「お願いします」


「風、気持ちいいですね」

「ええ、とても」

 中庭というか、そこを跨ぐように外来病棟と入院病棟の間に架かる連絡通路。ルーフはあるけど窓がないので風通しはいいし、春風が本当に気持ちいい

 そんなふうに物思いに耽っていると、なほちゃんから着信が来た

「もしもし?」

『もしもし、先輩ですか!?』

「ど、どうしたの?そんなに慌てて」

『結論から言いますね。1曲完成しました──玲奈先輩、あなたのソロ曲です』

「え?」

『実は先に作曲してたやつがあって、自信作だったので頂いた歌詞のどれかに使えないかな〜って思って照合したんですけど、それが玲奈先輩のソロ曲にぴったりだったんです』

「そんな偶然あるんだ……」

「とにかく、今から音源送ります。時間ある時に聞いてくださいね」

「うん、ありがとう。またね」

 電話を切って二、三分後に音源データが届いた。オフボーカルとなほちゃんの声入りの二種類だ

「どれどれ……」

 まずは世界観を掴むためにオフボーカルから聞こう

「……すごい」

 ストリングスとピアノが主旋律を、そのバックでベースとドラムが鳴っている。王道な感じと壮大な感じがミックスされてて、ソロ曲には勿体無い位のものに仕上がってる

 オンボーカル版は後者がものすごく顕著に出ているけれど、厭らしさが全く感じられない

 ……私に歌いこなせるのかな。でも悩んでても仕方ない、繰り返し聞いて覚えよう

 何回か聞いて、もう覚えた。次は音源に合わせて実際に歌ってみよう……って、スマホの充電きれちゃった。モバイルバッテリーは……病室に置きっぱだ

 しゃーなしだ、アカペラで歌おう。目を閉じて旋律を思い出す

「……悲しい時こそ笑ってみよう♪」


────────

悲しい時こそ笑ってみよう

楽しい時こそ泣いてみよう

君の涙も君の笑顔も

私が全部受け止めよう


桜が咲いて「さよなら、またね」

海で泳いで眩しい太陽

落ち葉が揺れて切なくなって

パウダースノーにこの身を任せ

来るはずのない明日を待つ


心が叫ぶ

「カミサマどうか、あの人にもう一度──」


悲しいけれど笑うのは

楽しいけれど泣いちゃうのは

君のそばにいたかった

「大好き」ってちゃんと言えなかったから


おはよう、今日も晴れてるね

こんにちは、ランチはサンドウィッチ

こんばんは、今日もお疲れ様

おやすみ。ねぇ、夢で会おうね


心が叫ぶ

「私はそう、まだ諦めたくない」


悲しいけれど笑うのは

楽しいけれど泣いちゃうのは

君のそばにいたかった

「大好き」って言えなかったから


思い出になるくらいなら最後までいてよ

君がいないとやっぱヤだよ

お願い。ねぇ、サヨナラなんて言わないで


悲しい時こそ笑ってみよう

楽しい時こそ泣いてみよう


悲しいけれど笑うのは

楽しいけれど泣いちゃうのは

君のそばにいたかった

「大好き」って言えなかったから


ごめんね、大好きな人

次に会うときは────


───────


 歌い終わると車椅子の周りに人だかりが出来ていて、皆が拍手を送ってくれた。その中から一人の女性が歩み寄って来た

「素敵な歌だったわ。オリジナル?」

「ええ、まあ」

 うーん、どこかで見覚えがあるような

「皆さんごめんなさい、この子と話がしたいの。看護師さん以外は捌けてくれないかしら?」

 あ、思い出した

「も、もしかして西園寺さいおんじ小夜さやさんですか!?」

 舞台女優、西園寺小夜。世界中の著名な舞台演出家が自身の作品の主役に抜擢したがるほどの実力派。妹はアーカムハウスでドラム担当の西園寺ツバサさんだ

「どうしてここに……」

「その辺の説明も兼ねて、ね」

「?」


「昨日、私の一人舞台が千穐楽を迎えたの。で、喉に違和感があったから診てもらいに。ついでに父さんの見舞いも兼ねてるわ」

「そうだったんですね」

「ねぇ、貴女確か6ix waterの玲奈ちゃんよね?ちょっと見てほしいものがあるんだけど、いいかな?」

「はい」

 差し出されたタブレット端末に映し出されたのは、小夜さんの1人舞台の様子。必要最低限の照明しかない薄暗い舞台にパイプ椅子ひとつが置かれている。一体どんな演技が始まるのだろう

『おはよう、カオリ。怪我はもう大丈夫?……そうよね、昔から治癒能力は高かったわね。ほら、ご飯冷めちゃう前に食べなさい』

 一般家庭の主婦……だろうか。娘のカオリと旦那さん、カオリのお兄ちゃんのダイスケの四人家族。入れ代わり立ち代わり三人と会話する小夜さん。ひとつの椅子が食卓の椅子やテレビの前のソファに見える

 不思議なのは、何も音を立てていない筈なのに環境音が聞こえること。エアーでコーヒーを飲んで、ソーサーに戻す仕草があまりに自然で陶器が当たるカチャって音が聞こえてくる。もちろん幻聴なんだけどね

 三十分ほどの一人芝居の中に、その女性の一日を通して話す相手、内容によって心の機微が変化していく様子が繊細に描かれていた

 そして舞台の最後、小夜さんのセリフはこう締めくくられていた

『おやすみなさい、また明日』

 緞帳が降りて動画は終了した

「どうだった?」

「素敵な舞台でした。でも、なぜこれを?」

「ツバサと貴女は正反対で、貴女と私が似てるからよ」

 なんでそこでツバサさんが出てくるんだろう

「役作りというのは二種類あると考えているの。登場人物に対して『自分』をコーティングしていく方法と、登場人物を外郭と見なし、その内側に『自分』を捩じ込む方法」

「それが何か?」

「まだ分からない?アイドルは前者、女優は後者。玲奈ちゃんは後者、女優の役作りなのよ」

「あ」

 心当たりがないわけがなかった

「『自分』を見せるのか、『役』を見せるのか……アイドルにとって大切なのはどちらなのか。もう貴女は分かっているはずよ」

「──はい」

 私がアイドルをやる上で自信を持つのが苦手だった理由と、歌い踊っている時に感じていたやりにくさの正体が今になって分かった。そうだよ!緊張すら楽しめる私が、なんで楽曲の中の人物にビビってるんだ!もっと私らしさを表現していいんだよ!

 ……まぁ、ソロ曲の「私」は私自身なんだけど

「小夜さん、ありがとうございました」

「いいのよ……ああそうそう、ツバサから言伝を預かってるの」

「ツバサさんからですか?」

「あの子、貴女のファンなのよ。良かったらサイン貰えるかしら?」

「ぜ、ぜひ!」

 人生で二度目のサインはアイドルの大先輩。その事については、ちょっとくらい自惚れたっていいよね?

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