lesson.17 ただいま
「ここは……?」
「おお泉野、気がついたか」
シズネ先生もいるし病院だろうことはすぐ分かったけど、なんでここにいるんだろう
「神ファイブの施設からの帰り道、泉野は喀血してそのまま気絶したんだよ。んで、姫野里学園の近くにある大学病院にアタシのコネの力で入れてもらってんの。退院は明後日な」
「そうだったんですか……御迷惑おかけしました」
「いいってことよ。ああそうだ、親御さんは明日来るらしい。だから今日はアタシをママって呼んでいいんだぞ?」
「結構です」
「アハハ、真顔で言うなよ!……ほら、りんご剥けたから食いな」
無駄にうさぎさんだし。美味しいし。一週間みっちり会話してたこともあって話す内容も見当たらず、りんごを食べる音と時々先生の椅子が軋む音がするだけのまったりした時間に突然ドアがノックされた。お母さんは明日って言ってたし誰だろ
「失礼します。玲奈は?」
「今起きてりんご食ってるとこだよ。入っておいで」
「セイラ!?皆も!」
まさかの6ix waterが病院で集結。話したいことは沢山あるしちょうどいいっちゃちょうどいいけど!
「元気そうでなにより。……ところで先生」
あ、怒ってる時のセイラだこれ
「玲奈に……あたしの大切な幼馴染に何があったんですか」
「……ある意味タイミング良いな」
そう呟いてシズネ先生は語り始める
――――
アタシはそもそも神ファイブのコーチやってんだけどさ、泉野が来ること自体想定外だったんだよ。でも体力の上限がどんどん良い状態になってるし大丈夫だと判断した。実際、泉野はボンちゃんの力を借りながらだが全部しっかりこなせたしな
でもそれは、アタシの勘違いだった
ざっくり言うと人間ってさ、体力面で100%は出せないような作りになってんだよ。全力出しても常に20%はセーブしてるって訳。限界を超える、火事場の馬鹿力ってのはそのリミットが外れることを言うんだ。あとになって身体の節々が痛むのは脳内麻薬ドバドバだったのが一気に無くなるからだな。滝本なら一度くらい経験したことはあるんじゃないか?
……お察しの通りさ。泉野はこの一週間ずっとその状態だったんだ。特に昨日の神ファイブのミニライブ。あんだけ大勢の観客の前でパフォーマンスして、しかも神ファイブと一緒にやったんだ。本来なら緊張でぶっ倒れてもおかしくない。それでもコイツは楽しかったと言ったんだ。脳内麻薬の一種で多幸感を得られるエンドルフィンが出てる証拠だな
緊張する場面――つまり神ファイブの施設から解放され持病とさっき言ったやつが同時に泉野を襲ったんだ。その結果、喀血して気を失った
はっきり言って医療ミスだ。成長が止まない泉野の実力と本来の体力、リミッターの位置を見誤った
――――
「明日、親御さんに同じ話をして……展開次第では泉野の主治医を降りるかもしれない。本当に済まなかった」
「……ごめんで済んだら何とやら、ですよ。それに私、シズネ先生のこと信用しきってるんです。たった一度こんな事が起きたくらいでそれが揺らぐことはありません」
「玲奈先輩の言う通りっス。それに先生、自分が看るって決めた患者は最後まで看るんじゃなかったっスか?」
「……おばさん方が何を先生に言ってもあたし達が説得します」
「ボクからもお願いします。何があっても玲奈の主治医でいて下さい」
「微力ながら私も」
「説得します!」
「……ありがとう、よろしく頼むよ」
無意識のうちに無理してたのが祟って今があるから、本当は半分私の自業自得なんだけどね
院長に挨拶があるからとシズネ先生は退席。一週間ぶりに6ix waterだけの時間だ
「玲奈、本当にお疲れ様……おかえり」
「ホントは部室で言いたかったんだけどね。ただいま」
皆のホッとした表情に私も胸を撫で下ろす。神ファイブと過ごす時間は刺激的で楽しかったけど、私はやっぱり6ix waterの皆と過ごす時間が一番大好き。本人達の目の前では恥ずかしくて言えないけどね
「ところで玲奈、色々聞きたいけどそういうのは部室でやるとして、一つだけいいかな?」
「一つだけですよ?」
「ステージが楽しかったとの事だが、それは本当かい?」
「はい。もんのすごく楽しかったですよ」
「一週間で凄い成長をしたのね」
「いや……シズネ先生の話から察するに、そこまでではないんじゃないかな」
「そうだよ。そもそも私、いつ死んでもおかしくないんだから」
「そんな寂しいこと……言わないでください」
「あ!ご、ごめんねなほちゃん」
「で、じゃあ何で楽しめたンスか?」
「んー、そうだなー……」
こういう時の喩えって何が相応しいんだろう
「例えば美玖ちゃん、野球の試合をイメージしてみて」
「うぃっス」
「9回裏3点ビハインドのツーアウト満塁。そんな時現れたのがピンチヒッター滝本美玖!」
「なんスかその状況」
「もし美玖ちゃんがそうなったら、どう思う?」
「めっちゃ唆るっスね。これまでにないピンチ、でも同時にチャンスでもあるんスから」
「それなんだよ!私が楽しめたのはそういうことなの!」
「なるほど……ってあ、これ部活になっちゃうッスかね」
「え?ダメなの?」
「実はね、玲奈が退院してきちんと部室に顔を出せるまで活動休止を命じられたの」
な、なんで!?
「つい二時間ほど前のことなんだが、こんな事があったのさ」
――――――――
「飾り付け、こっちは出来たッスよ。そっち手伝うっスか?」
「こっちも終わったわ。大丈夫よ、ありがとう」
「お菓子も用意出来ました〜。玲奈先輩、甘いもの大好きですからね」
「くく、こうして見るとまるで誕生会のようだね」
「今日は6月12日か……ちょうど一週間後に誕生日だし、あながち間違ってない」
こんな感じでボクらは玲奈のお帰りなさいの会を催す準備をしていたんだ。すると明日葉先生が神妙な面持ちで部室へとやって来た
「皆、落ち着いて聞いて欲しい。泉野が喀血して気を失ったそうだ」
その一言を聞いて場は凍りついた。一番取り乱したのはやはりセイラだった。彼女の尊厳の為にも何を言ったかは伏せておくよ。ただ、「玲奈は無事なのか」と矢継ぎ早に異口同音で言い詰められた明日葉先生には少し同情するしかない
だからその次の明日葉先生の発言に誰も否定できなかった
「泉野が無理をするきっかけを作ったのは他でもないドル研だ。そもそもタニンノソラニとのライブ対決がなければこんな事態にはならなかった筈だろ?」
「それは……そうですが……」
「とにかく、泉野が退院して不知火先生の見立てで復帰できるまでの間、基本的に活動を休止とする。僕も泉野を止められなかった責任を取らなきゃいけない」
生徒を守れなかった悔しさが滲んでいたからボクらも閉口するしかなかった。とりあえず見舞いに行ってこのことを話すようにと賜ったのさ
────
「……キミからこの一週間のことを聞くのは部活動にあたる行為だ。しっかり話し合うのは玲奈が退院して、シズネ先生にお墨付きをもらってからだよ」
「分かりました。じゃあせめて、なほちゃんに宿題を出してもいいですか?」
「わ、私ですか?」
「うん。セイラ、私のカバンに入ってるピンクのクリアファイル出して」
「えっと……これかな?」
セイラからそれを受け取って、そのままなほちゃんに渡す
「この一週間で隙間時間に頑張って書いた新曲の歌詞だよ。全部で7曲分。この意味がわかる?」
1日1曲を目標に書いてたんだよね。たまに2曲書いた日もあったけど
「2曲目と全員のソロ曲、ですね」
「……本当に無茶するわね」
「期日は決めないけど、目安は私が復帰するまで。これなら部活動には該当しないっしょ」
沙織先輩に向かってサムズアップ。言わばこれは自主練だ
「……まったく、そういう悪知恵はどこで仕入れるのかしら」
「どっかの生徒会長やってるボクっ子じゃないスかね」
「ハハハこやつめ」
沙織先輩にヘッドロック掛けられる美玖ちゃん、その様子にオロオロするなほちゃん、苦笑するセイラ、呆れた様子の涙先輩。見慣れた日常がここにあって安心する
「……玲奈?泣いてるのか?」
「なんだろ……嬉しい、が近いのかな」
「嬉しい?」
「ずっと1人で頑張ってきて、それが急になくなってちょっと不安だったんだ。でも皆のやり取りを見て改めて思ったの。『やっとただいまって言えるんだ』って」
「玲奈先輩……」
「ごめんね!湿っぽくするつもりはなかったんだけど」
空気が重い。何か言わないと
「あ、そうだ!皆知ってる?凛さんって実は──」
「もういい!もういいんだよ、玲奈」
セイラに抱きしめられる。さっきまで考えてたことが全部吹き飛んだ
「……私達だけでできることって限られてたから、玲奈先輩の帰りを待つしかなかったんです」
「え?」
「まさかこんなになるまで頑張ってるとは夢にも思わなかったスよ」
不意に抱きしめられる力が強くなるのを感じた
「玲奈、改めてお疲れ様。今は……せめて今だけでもしっかり休んで。それで退院してまた元気な姿をあたし達に見せて」
「セイラ……」
「おかえりなさい、玲奈」
「ただいま……みんな、ただいま!!」
多分、私も自分が気付かないうちに精神面でかなり無理をしていたんだと思う。セイラの「おかえりなさい」で私の中の何かが弾け、セイラの制服のブレザーに気の毒なくらい涙と鼻水の跡が付いちゃうくらい子供みたいに泣きじゃくった
「うん、もう大丈夫。えへへ」
さすが病院、ナースコール押したらボンちゃん持って駆けつけてくれたぜ
「じゃあボクらは帰るよ。また明日、君のお母様を説得しに来る」
「ありがとうございます。また明日」
皆が退席して小さくため息をついた
「明日、か」
お母さんと会うの、いつ以来だろう。説得に応じない不安より、会うことそのものの不安の方が大きいや
「それにしても……広いな」
シズネ先生のコネの力なのか、やたら広い個室での入院。それが故にちょっと寂しい
特に娯楽も持ってきてないし今日1日安静にしておかなきゃいけない私はSTAR☆BLUEのスマホゲームをして時間を潰すしかなかった
どうか、早くこの寂しさが終わりますように
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます