lesson.16 泉野玲奈
「野球部の助っ人行ってて遅くなったっス、すんません」
「いいよ、ボクも生徒会の仕事で遅れたし」
「さて今日は……玲奈先輩について、ですね」
「泉野玲奈、高校二年生。あたしの幼馴染だ」
「肺炎系の病気を患っていて、五年生存率は三割程度……それでも前向きに生きようとしているわ」
「バイトやドル研での活動、つまり6ix waterとしてアイドル活動……全部あたしが進言した。思い返せば、玲奈の原点はあたしなんだ」
「そうだったんですね」
「……アイドル、泉野玲奈の話をしよう。正直アイドルとしては涙に劣る。ではなぜ我々のセンターを務めあげるのか、考えたことはあるかい?」
「なんスかいきなり」
「ボクが思うにそれは決断力と行動力、鋭い洞察力が優れているのさ。あと超絶ポジティブ」
「それには同感です。タニンノソラニの件もありますから」
「サラッと私の株無理やり上げないでくれないかしら」
「はは、たまにはね。さてそろそろ神ファイブのミニライブが始まる頃だ」
「ボクの権限で今日はここで見ようか──ってこれは!?」
『玲奈(先輩)!?』
────────
──数時間前
「このはが風邪!?大丈夫なんですか!?」
神ファイブのミニライブ当日の早朝、加古川プロデューサーとシズネ先生からその事実が告げられた
「ああ、さっき出張診察したんだが、明日には元気いっぱい泉野の見送りを出来そうだよ」
「Hmm……でも困ったわ、よりによって私達神ファイブlimitationのライブにcenterがいないなんて……」
不定期で行われる神ファイブのミニライブは文字通り出演者は神ファイブのみ。五人のソロ曲と五人揃ってのユニット曲、合計六曲だけだ。そんな中突然発売される前売りチケットはそれでも毎回売り切れになる
センターが抜けるということは、このはさんがいないということは、それだけで多大な損失だ。何より前売りチケットを買ってくれたお客さんに申し訳が立たない
「……それだけなら人気六位の
「まだ何か?」
「今日な、六位以下は六位以下でイベントに出演すんねん」
「本当に八方塞がりね……」
私の役割は完全に裏方。昨日やった事……タオルや水を渡したりするのを神ファイブ全員にやる予定だった。でも──
「あの、私じゃダメですか?」
『え?』
六人の視線が自然と私に向かう
「ソロ曲は6ix waterの歌を私一人で歌えば何とかなりますし、『キミと太陽』は振り付けも歌も完コピしてます。このはさんのパートも覚えてますよ」
「涙が毎日聞いてる『6ix treasure』よね。オフボーカルの音源はあるの?」
「この前衣装と一緒に紙袋に入ってました」
「用意周到ね、貴女のチームメイトは」
「だから、私を使ってください」
「駄目だ。今日は最悪中止にする」
加古川プロデューサーの一声に場が凍り付く。冷静に考えたらそりゃそうだ。部外者の、しかもチーム内でトップですらない私が神ファイブと混ざってライブなんて虫がよすぎる
どれだけ取り繕っても、今の私には並ぶことすら許されないのか
「……お言葉ですがプロデューサー」
そんな中、意外にも明日香さんが意見を言い出す
「徹夜組の皆さんのことを考えれば中止にするのは良い判断とは思えません。損失の方が大きいと思います。それにこのはの体調不良の件、ホームページに掲載するだけでファンの皆さんが納得するとでも?」
「それは……」
「それにそもそも玲奈ちゃんの今回の目的は『神ファイブの体験』です。ライブに出演するのも体験の一環と言えるのではないでしょうか?」
「私は、泉野玲奈の実力を信じます」
プロデューサーへの怒気と、私への優しさが籠った声。不思議な安心感がある
「……反対する者は?」
「ウチもれなちんやったら大丈夫や思うで〜」
「Me too!万が一でも私たちがしっかりfollowすればNo problemよ!」
「玲奈ちゃんはよく頑張って私たちに着いてきました。それだけで充分評価するに値します」
「……わかった。泉野、頼んだぞ」
「はい!」
「泉野さん、改めて説明しますね。まずこちらで待機をお願いします」
「はい」
「正面からスポットライトが当たるので、一呼吸置いてから挨拶して下さい」
「了解です」
テレビで見ていた憧れのステージ。私は今そこに立っている。朝からそのことで緊張して、リハーサルで動きの連携の確認をしたとき、ちょっと酸欠になったのはここだけのヒミツだよ
そして、オープニングのBGMが始まる
『ワアアアアアアアアアアアア!!』
タニンノソラニとのライブ対決とは比べ物にならないくらいの声援に体が固まる。でも、ここから数分は私の時間なんだ、楽しまなきゃ
私は──神ファイブの当て馬なんかじゃない
約束のスポットライトが私を照らす。思ったより眩しいな
「初めまして、6ix waterの泉野玲奈です!」
観客の反応はぶっちゃけ最悪。いると思った人がいないんだ、当然か。マイクを持つ右手が震える。緊張で声が思うように出ない。それでも伝えなきゃ私が来た意味が無い
「このはさんは、風邪をひいてお休みです。なので私がその代わりに来ました。務まるかどうか正直わかりません。でも、精一杯頑張るので応援よろしくお願いします!!」
『頑張れー!』
『玲奈ちゃーん!』
「それでは聞いてください、『6ix treasure』!」
本当のことを言うと、このはさんのソロ曲をカラオケ感覚で歌いたかった。6ix treasureを歌う時はいつも緊張する時だ。1人で歌うのがちょっと怖い
でも今日、その緊張を楽しんでる自分がいる
『自分が一番楽しむことや』
『客席の皆のボルテージを最高潮に引き上げてくれる』
『いつになるかは分からないけれど――絶対、楽しめるようになるわ』
『だからこそ忘れないで。貴女の喜怒哀楽が、6ix waterそのものである、と』
そうか、これがステージを楽しむということなんだ!
私がちょっとでも楽しいと思えたなら、それが皆に伝播する。そうすればステージがひとつになってもっと楽しくなる。いい事づくめじゃん!
6ix waterの皆、神ファイブの皆さん、このはさん、加古川プロデューサー!私今楽しんでるよ!
「僕の心を君に届けたい♪」
今度こそ、漸く本当に届けたい心を見せられた気がする
最後の決めポーズをビシッと決めると場内は大きな拍手に包まれた
「ありがとうございました!」
最高の気持ちで舞台から捌けると、神ファイブの皆さんが待ち構えていた
「お疲れ様。ウチらのソロが終わったら『キミと太陽』もあるからここで休んどき」
「ありがとうございます」
パイプ椅子に腰を掛けてボンちゃんで酸素を吸引する
「アカン、なんかウチ緊張してきたわ」
「……あんな凄いステージ見せられたら私達も本気を出すしかないわね」
「Off course!神ファイブの実力、魅せてやろうじゃない。ね、明日香?」
「そうね……だからこそ楽しみましょう。玲奈ちゃんがそうしたように、それ以上に」
『STAR☆BLUE 神ファイブ!READY☆GO!!』
酸素吸入が落ち着いた頃、一人の女性が歩み寄ってきた
「さて玲奈ちゃん、メイク直しの時間よ」
本番直前にメイクは自分でしたけど、さすがに崩れてるね。自分で直すとかえって変になりそうだし任せようかな。ってかこの人なんか見覚えがあるような……
「あ!昨日テレビ局でメイクしてくれた人!」
「大当たり!
「泉野玲奈です、よろしくお願いします。昨日はお世話になりました」
「いいってことよ。さて、始めましょうか。目閉じて」
「はい」
彌生さんの歌をBGMにメイク直しは進んでいく。目を閉じてるから技術を盗めないのがちょっと悔しい
「よし、これでオッケー。鏡を見てごらん」
「……わぁ」
自分でやったより可愛い。しかもこのあと控えてる『キミと太陽』の世界観に邪魔をしない感じもする。これがメイクアップアーティストのプロの仕事なんだね
そして明日香さんのソロ曲が終わり残すはいよいよ『キミと太陽』だけ。明日香さんのメイクは崩れてなかったから汗だけ拭いて私達も壇上へ行き、このはさんのポジションに着く
イントロ前のポーズを取り一呼吸。この歌の主人公は『キミ』の彼女さん。太陽のような眩しい笑顔が特徴の『キミ』と楽しく夏を過ごしたいって歌。このはさんのパートは主人公はそんな彼氏を羨むような一面がある
でもだからといって、それに引っ張られすぎると私――泉野玲奈が歌ってる意味が無い。それにどの道このはさんと比べられちゃうのだから、私らしく表現しよう
あ、もちろん曲のイメージが崩れないように最低限は
ぶっちゃけ私の個性についてはまだ答えは出ていない。でも、自分なりにステージの楽しみ方はさっき見つけた。だからそれを見せつける。そうすればきっと神ファイブの皆さんに溶け込める、そう思っただけなの
今までで一番丁寧に踊る。多少ぎこちないかもだけど、それこそ今までで一番楽しんでる
観客のコールが、私たちの歌声が、鮮やかにライトアップされた会場を大きく揺らす。この場に寂しそうな顔をする人なんて一人もいない
私や神ファイブの皆さんの笑顔が、観客の笑顔を呼ぶ。語彙力が足りなくてうまく言えないのが悔しいけど、嬉しさと楽しさでおかしくなっちゃいそう
明日香さんと背中合わせになってフィニッシュ。夏うたってこともあって激しいダンスで私だけじゃなくて皆が肩で息をしてる
『ありがとうございました!』
彌生さんに支えてもらいながらボンちゃんで酸素吸入。あれ、まだステージ暗転しないの?
「――今日は本当にありがとうございました。このはが風邪をひくアクシデントもありましたが、ここにいる最高のアイドルの力添えもあり無事にライブを敢行することが出来ました」
「明日香……さん……?」
会場が大きな歓声と拍手で包まれる
「ご存知の方もいるかと思いますが、彼女は大病と戦いながらアイドル活動をしています。それこそ風邪なんかとは比べ物にならないでしょう」
ちらっと私の方を見て酸素吸入が終わったのを確認すると、右手を私に差し出した。その手を握って一歩前へ
「私達を助けてくれた6ix waterセンター、泉野玲奈に、今一度大きな拍手をお願いします!」
『ワアアアアアアアアアア!!』
会場に水色のスポットライトが走っていく。照らされる観客は皆が笑顔で拍手をしていた
「……玲奈ちゃん聞こえる?貴女を呼ぶ声が。ちゃんと見える?この拍手全部、貴女に向けられたものなのよ」
うん、聞こえてるよ、見えてるよ。全部。
「貴女はこれを受け取るにふさわしい活動をしたの。改めて玲奈ちゃん、本当にありがとう」
こちらこそありがとうだよ。こんな光景、初めて見たよ
それを実感として受け止められて漸く私は涙を流した。後で見たら恥ずかしいくらいに泣いちゃったけど、アイドル・泉野玲奈を初めて認めてもらったのがこんな大舞台だって事実が本当に嬉しかった
そんな私を抱きしめてくれる明日香さんの優しさにもう一度泣いちゃうんだけど、それはまた別の話
「本当に、お世話になりました」
翌日、このはさん達神ファイブの見送りの元、私は姫野里学園に戻る。この時間だと向こうにつくのは部活が始まる頃かな
「さよならだね……あのね玲奈ちゃん、収録とか抜きで、また遊びに来て欲しいな」
「はい。その時はまた連絡します」
加古川さんの車に荷物を詰め、ドアを開ける
「あ、玲奈ちゃん待って!……これ、受け取ってほしいの」
「これ……名刺ですよね?」
五人の名刺をまとめて渡される。これってつまり――
「スカウト、ですか?」
「うん。神ファイブみんなから、玲奈ちゃんをスカウトしたいの」
甘い蜜にも程がある
「でもやっぱりごめんなさい。私達6ix waterにはまだやることがたくさんあるんです。それに――」
「?」
「ここで首を縦に振っちゃったら、企画丸潰れじゃないですか」
「あは、それもそうだね」
「あーあ、私first scoutだったのになー」
「ええやん、万一こっち側来ちゃったら張り合いのうなるやん」
「そう言う彌生さんも渡してなかった?」
「凛もでしょ」
「あっすーもやな」
「えへへ。それじゃあみなさん、一週間ありがとうございました。さようなら」
車の中でこの一週間を振り返る。楽しかったこと、しんどかったこと、悔しかったこと……部活動としてのアイドル活動だけだったら絶対味わえない体験をしてきたんだね
「泉野、昨日は本当に助かった。改めてありがとう」
「いいんですよ。自分がすべきことをしようと思っただけなんですから」
「……そうか」
「素直じゃないねェ脱兎パイセン?」
「コーチ、その呼び方は辞めてくださいと何度言ったら分かるんですか」
そういえばシズネ先生がSTAR☆BLUEの、神ファイブのコーチングをするきっかけって何だったんだろう
「けほっけほっ」
「ん?泉野、大丈夫か?」
「はい、ちょっと咳き込んだだけです」
「そ、そうか。
「はい――ゴフッ!?」
え?
「……泉野?」
なんで?
「泉野!返事をしろ!してくれ!」
咳を塞いだだけなのに、私の手には――
「泉野玲奈!!」
どうして、血が付いてるの?
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