lesson.15 花咲このは

「昨日のテレビ見ました?」

「見たけどさ、相好を崩しすぎッスよ。なほも、先輩方も」

「ふふ、そういう美玖も人の事言えないわよ?」

「テレビを通じ、あたしたちの宣伝をする作戦、ね」

「大成功だ。ボクらへの一言も含めて――さて、そろそろ語りあおうじゃないか。アイドル界の生きる伝説、天才にして天災。我々の最終目標。花咲このは、永遠の神ファイブセンターについて」

「花咲このは、21歳。私のお姉ちゃんと共にデビューし、当初から才能を発揮していたわ」

「そもそもアイドルにおける才能とはつまり、歌が上手でダンスにキレがあり、ついでに可愛い。男性アイドルならその代わりにカッコイイ、って感じスね。あとはそこにトークスキルなどが必要っスけど、性格に由来するモン以外は本人の頑張り次第でどうとでもなる気がするっス」

「天は二物を与えずと言うけれど、アイドルは三物以上のものを自身の力で手に入れようとする。中にはそれらが備わってる人がいる。それがこのはさんよ」

「オールラウンダーとはつまり器用貧乏。でもこのはさんにそれは感じられません……弱点というか、ウィークポイントはあるのでしょうか?」

「FC会長兼6ix waterメンバーのボクは、ファンの立場とアイドルとしての立場、どちらの観点からも彼女を見ていることになるが――そうだな、敢えて言うなら少し天然なところかな。まぁそれすら強みに変換してしまうけど」

「チートじゃないっスか。文字通り向かうところ敵なしっスね」

「そこで終わってたらただのファンと一緒よ。6ix waterならではの勝ち筋を見出みいだしましょう」


「そのためには、やはり玲奈が──あたし達には必要だ」


────────


「このはさん、今大丈夫ですか?」

「玲奈ちゃん?うん、いいよ。どうしたの?」

今日は音楽番組の収録のため、神ファイブの施設からちょっと離れたところにあるテレビ局にいるよ。体験の一環として、今日は付き人みたいなことをしている

「このはさんから見て、STAR☆BLUEらしさって何ですか?」

「もしかして、昨日の明日香ちゃんの?」

「……はい」

6ix waterとSTAR☆BLUEでは、知名度もそうだけど何もかも雲泥の差だ。それでも私とこのはさんではセンターを務める重圧に大差はないはず。だから思い切って聞いてみた

「んー、考えたことない!」

「ええっ!?」

「だって特にウチは"グループ"より"個"に重きを置いてるからね」

そりゃまあそうなんだけども


「私は歌が好き。踊ることが好き。それさえ出来るなら、最悪日雇い労働者でも構わないの」

「そう考えてたら、赤石あかいし菊乃きくのさんが誘ってきた」

凛さんをスカウトした黒潮サクラさんと同期のアイドルが、このはさんをスカウトしたのは有名な話だ

「うん。歌って踊れて、しかも仕事になるよって。でも、私がしたかった『ソレ』とはかけ離れてて、ルールで雁字搦めになってて退屈だった」

このはさんが入った頃は、STAR☆BLUEが軌道に乗り始めた頃だ。だからこそ礼儀やルールを重んじる風習があったのだろう。それに嫌気が差した彼女は自分らしさを前面に押し出し、認められた。それが叶ってしまうほどの実力があるってことだね

「花咲さーん!そろそろ本番でーす」

「はーい!……さっきの質問の代わりに『STAR☆BLUEをどう思ってるか』教えてあげるね」


驚愕。すれ違いざまに投げかけられたモノに、その言葉しか出なかった

心臓を握られたような錯覚に陥った。跳ね上がる心拍数、吹き出す冷や汗、「嘘だ」と必死に言い聞かせようとする脳内。激しい運動なんてしてないのに、過呼吸になってしまう


「都合のいい踏み台」だなんて、聞きたくもなかった


落ち着いたのはこのはさんがスタジオ入りして深呼吸をした、そのタイミングだった

「……加古川さん、ここのモニターで見てたら駄目ですか?」

「駄目だ」

「ッ!」

悔しかった。必死で努力して手に入れた神ファイブの称号を得た彼女達を都合のいい踏み台としか思っていないこのはさん、それを甘受している加古川プロデューサーに反論できない自分自身が

神ファイブでもなければSTAR☆BLUEでもない部外者の私が悔しがったところで仕方ない。そう言われている気がした。施設に帰ろう

そんな私の様子を見て、プロデューサーさんは小さくため息をついた

「今日のお前の仕事は何だ?花咲の付き人だろう。……万が一に備えもっと近くで見るべきなんじゃないのか」

「それって──」

「付いて来い。トップアイドルの仕事を見せてやる」



「それではお聞きください、BURN-AGEで『スターライト★ストレイト』です。どうぞ」

C-2 studioと書かれた扉の中ではさっき言った音楽番組の収録がされていて、今はちょうどバイト先の先輩、焼津くんが所属するBURN-AGEの歌唱ステージが始まるところだった。男性ならではの力強いステップから繰り出されるダンス、自分の声を完璧に理解しているような歌声。かっこいい

「せっかくの機会だ。よく観察して学ぶといい……なぜ花咲がトップアイドル中のトップアイドル足り得るかをな」

「はい」

観察とは、注意深く物事を見聞きすることだと出発前に沙織先輩が教えてくれたっけ

BURN-AGEについては先述した通り。では次にこのはさんだ

パッと見では私と何ら変わらない観察の仕方だ。男女の差はあれどアイドルはアイドルだから学ぶことも多いからだろう。でも、『観察する人を観察する』ことで気がついたことがある


――6人の内、同時に3人を観察している


センターを務める菊川きくかわれんさん、焼津くん、そして万年バックダンサー状態の引佐いなさ将也まさやさん。それぞれの立場を観ることでダンスや立ち回り、カメラの意識などを研究している、と思う。何より恐ろしいのは、いつワイプで映されても大丈夫なように笑顔を絶やさず手拍子を打ちながら観察していることだ。悟られないように、勘繰られないように、慎重に

「凄い」

率直な感想が、思わず出てしまう。テレビの収録中ってことを思い出し、手で口を覆うけれど誰も気付いてなかったみたい。ギリギリセーフだ

『ありがとうございました!!』

「BURN-AGEの皆さんありがとうございました。ニュースとコマーシャルを挟んで次はSTAR☆BLUEの永遠のセンター!花咲このはさんのステージです!」


加古川さんの指示でタオルとミネラルウォーターを持ってこのはさんの元へ。メイクさんがお直しをしている間に汗ふきと水分補給の手伝いだ

「ありがとー。ふふ、ちょっと疲れちゃった」

まぁあれだけ高度な観察してたら多少はね

「花咲、泉野、少しいいか」

「なぁに?」

「このあとすぐの花咲のステージだが、局のご好意でお前ら二人で『てのひらアンサンブル』をやることになった。泉野、歌えるか?」

「ダンスも完コピしてますけど……そんなことやって大丈夫なんですか!?」

「てのひらアンサンブル」は、このはさんと明日香さんのデュエット曲。お互いそれぞれインタビューで大切な曲だと言っている。それを、私がこのはさんと?

「じゃあ決まりだな。服はそのままでいいから」

服そのままって、この間のセイラに貰った服だよ!?

「メイクさん、泉野にメイクお願いします」

「はいよっ!」

「でも時間──」

「お姉さんに任せなさいっ!」


「お待たせしました、花咲このはさんのステージですが、少し予定を変更してお届け致します」

「現在、STAR☆BLUEへの体験入籍で頑張っている、6ix waterの泉野玲奈さんとのコラボレーション!」

間に合っちゃったよ、嘘でしょ?これもプロの技術なの?

「それでは歌ってもらいましょう。花咲このはvs.泉野玲奈で『てのひらアンサンブル』です。どうぞ!」

前奏が流れる。この歌についてざっくり解説すると、好きな男の子の好みのタイプが分からない女の子が、いろんなアプローチの仕方で近付こうとするって歌。私が歌う明日香さんのパートはあれこれやるより寄り添って寄り添ってって感じ。だからちょっと大人っぽく歌うほうがいいのかな?


それより音程を落とさないことが一番大事だ。二人にとって大切なこの歌を穢すわけにはいかない。あ、でも私が歌うことで既にファンには穢されたと思われてるかもしれないのか。でもそれを気にしてる余裕はあんまりない。歌詞や音程、振り付けを間違えないようにするので精一杯だ。だから『今の私』じゃなくて『曲の中の私』に表現を任せることにした

自分の実力でそこもカバーすべきなんだろうけど、私にはまだ無理だから。お願い、力を貸して

あと、歌ってて気付いたことは、オリジナルより少しキーが高い私の声にこのはさんが合わせに来てくれているということ。即興で完璧に。本当に高い壁だと再認識せざるを得ない


歌い終わり次のアーティストに。緊張の糸が切れたのか、それとも本当に限界だったのか意識を失いかけ、倒れてしまった

「玲奈ちゃん!」

「大丈夫です、ちょっと…いやかなり疲れましたけど」

正直な話、死を覚悟した

「ほら、ボンちゃん。肩で息してるよ?」

「あ、アリガト、ゴザマス」

昔から大好きな人に抱き抱えられ、つい片言になっちゃった。結局その後、局の医務室で化粧落としついでに休憩させてもらった。私のことなどなかったかのように涼しい顔で収録に臨む彼女に少し嫉妬しつつ万全を期すために先に施設へ戻った

……戻ったら戻ったで、あの番組も生放送だったみたいで神ファイブの面々や6ix waterの皆から質問攻めに遭うんだけど、それはまた別の話


──体験入籍でひとつ変わったことがある。それはね、実力はまだまだ足りないけど、明日のレッスンが楽しみで仕方ないってこと


さぁ、明日のために今日は早く寝よう。おやすみなさい!

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