第一章 不思議な出会い

「──!──てください!」

 誰かが私を呼んでいる。

私はまだあの夢の続きを見なければいけないのに。

「お嬢様!起きてください!」

 渦を巻くようにぐるぐると夢の世界に入りたいという意思とは反対に現実世界に引き戻されつつあった。なぜか今日だけは続きを見なければいけない気がしたのだ。

「ん〜。……エナ、もうちょっと寝かせてくれる?」

 駄目元でエナに頼み込む。エナは使用人の中の私専属のお付きのメイドだ。

「だめですよーう。今日は大事な日なんですから。隣の国のシエラ王子様の即位式があるんですよ!お嬢様はその儀式で大事な役割があるんです。シエラ王子様に祝福の花束を送る役割があるんですよ」


確かそのような説明が一昨日にあったような気がする。シエラ王子には一度もあったことがないのになんで即位式に招待されたのかしら。

「あと少しだけ、少しだけ寝かせてくれる?」

「駄目ですってば。お嬢様のお母様に怒られてしまいますよ、私が。……お嬢様ぁぁ」

 エナは半泣きになりながらリサに起き上がるように言う。掛け布団を顔の半分まであげていたリサだったが、エナを不憫に思い夢の続きを見ることは諦めて布団を勢いよく蹴っ飛ばしたかと思うと起き上がった。



 エナがこのマーニヴェルソ家のメイドになったのはリサが五歳の時だった。

「リサ、今日は貴女に専属のメイドをつけたいと思うの。どうかしら?」

リサがお母上に呼ばれて部屋に入ると、嬉しいお知らせがあった。

「お母様、専属のメイドをつけてくださるのですか?」

「そうだ。お前もそろそろほしいと思っていた頃だろう」

母のソフィルに変わって父のルーファントが答える。

「エナ、入りなさい」

その言葉でリサと同い年くらいの小さい女の子が扉を静かに開けて入ってきた。

「マーニヴェルソ公爵様……只今参りました」

エナは小さいのにしっかりとした挨拶ができる子だった。

「この娘がリサだ」

ルーファントは自分の娘をエナに紹介した。

「リサお嬢様、エナと申します。これからよろしくお願い致します」

深々とお辞儀をしたエナにリサは好印象を持ったようだ。

「よろしくね、エナ」

これが二人の出会いだった。


「ふぁぁ〜、眠いわぁ」

布団を蹴っ飛ばした勢いであくびをする。

「リサお嬢様。痛いですよ」

あくびの時に伸びた腕がエナの顔面にあたってしまったようだ。顔を押さえて縮こまる。

「失礼したわ、エナ」

「う、うぅ……」

青ざめた顔を向けながら、はっと何かを思いついたように手のひらと拳を合わせた。

「今日シエラ様の即位式に出席しますの。これで許してはくださらない?」

「本当ですか!?」

ガバッと立ち上がるエナ。パァっと顔が明るく輝いている。

「本当よ」

時計をちらりと見たエナは小さな悲鳴をあげた。

「ひっ」

「どうしたの?」

エナにピンク色のドレスを着せてもらっていたリサは小首を傾げながら問うた。

「あと少しで出発のお時間ですよ、お嬢様」

「大変だわ。エナ、いきましょう」

そう言って部屋を飛び出したのだ。


ダッタタッダッタッ……。

二人の足音が正面入り口に響き渡る。

「はぁ……はぁ……」

リサは普段からあまり走らないので、息切れをしていた。ソフィルとルーファントはもう馬車に乗り込んでいた。リサもドレスの裾を掴み運転手の手を取り乗り込む。

「公爵様、遅れてしまい申し訳ございませんでした」

エナは公爵に地面に足がつくすれすれに顔を下げた。

「気にするな、まだ間に合う。顔を上げなさい」

「はい……」

「早く乗り込みなさい」

「はい」

深々とお辞儀をして、エナは後ろの使用人用の馬車の方へと走る。エナが乗り込んだところで馬車は走りだした。

「シエラ様は隣国の王女様と結婚するらしいわね」

「即位式を終えて、王座が安泰になった頃にだろう?」

「そういう話を小耳に挟みましたわ」

「確か、この国のしきたりだと反対ではなかったか?」

「そうよ」

両親が話す会話をぼんやり聞きながらリサは考えていた。そういえばこの国のしきたりは結婚してから即位して王座につくはずなのだ。お相手の王女様は他の国だからしきたりが違うのだろうか。ずっと前に読んだ歴史書にはこの地帯一体をエンペルといい、その中に属している国々のしきたりは同じだったはずだ。


馬車は列をなして、一刻一刻経つにつれて即位式の会場へと近づいていった。


 どれほど時間が経っただろうか。馬車は即位式の会場まで来ると音を立てて止まった。その建物はとても綺麗な作りになっていて誰もが賞賛の声を上げるほどだった。

「リサはエナと即位式が始まるまでの間この屋敷の敷地内にいてね。始まるのは1時よ。その1時間前にはミミルを二人のところへ迎えにいかせるわ」

 ミミルはマーニヴェルソ家の使用人の一人だ。

「ソフィルと受付でサインしてくるからそれまで待ってるんだぞ」

そう言うと二人は受付会場へ向かった。

「リサお嬢様。来年もこのお屋敷に来たいですね」

 エナはうっとりと屋敷から見える風景に見入っていた。

「そうね。来年はエナにも綺麗な衣装を着せてあげるわね」

「はいっっ!」

 とても嬉しそうにエナはジャンプを繰り返している。


 ダダダダダダダッ。ダダダッ。


 どこからともなく足音が段々と近づき、目の前の通路を二人の金髪の少年が勢い良く走って通りすぎて行った。二人をおいかけるように風が吹いていく。そののどかな風は春の訪れを知らせるかのようだった。

「全く……危ないですね、お嬢様大丈夫ですか?」

「ええ」

 エナは目を細め口を尖らせながら少年らの後ろ姿を見て言った。リサはあっけにとられているようだった。我にかえり、いいことを思いついたとばかりにニコッと笑いながら言った。

「おいかけてみましょう!」

「え、あの、お嬢様ぁあああ!」

ドレスの裾を持ち上げながらリサはまだかすかに見える、遠くの少年たちに向かって走り出した。薄桃色の髪をした少女の少し後ろを茶髪の少女は慌ただしくおいかける。その姿は日差しに照らされて、キラキラと光り輝いて見えた。

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遠い日の記憶 Lia @lia_3311

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