遠い日の記憶

Lia

Prolog

小さな女の子は少年の後ろを笑いながら楽しそうに走って追いかけている。なぜか、少年の姿は靄がかかっていて、はっきりと見ることができない。

「──お兄様〜!お待ちになってくださいっ!!」

 小さな女の子の前を少し背の高い少年が楽しそうに走っている。和やかな雰囲気に包まれた二人。笑い声が庭に響き渡る。どうしてなのか、少年の名前は聞こえるはずなのに聞き取れない。

「リサ様、そんなに走ってはいけませんよ?転んだら私がお母様に怒られてしまいますから」

 リサと呼ばれた女の子は、少し顔を曇らせ心配そうな悲しげな顔を少年に向けた。

「──お兄様。なぜそのようなことを…またお母様に何かされたのですか」

 少年は柔らかい笑顔で小さな女の子にこう言った。

「あらら…私の心配などされなくて大丈夫ですよ。ほら、見ての通り元気ですし」

 そう言ってくるりとその場で優雅に回っている少年の体には、痛々しい傷跡が見える。そして、一呼吸してから少年は女の子を見つめて言った。

「はぁ、リサ。リサ様の笑顔が私は一番好きです。ですから笑顔になってくださいリサ」

「──お兄様がそうおっしゃるなら…」

 リサが笑顔になりかけた時、庭中に怒声響き渡った。

「──!!あれほどリサを庭へ出すなと言ったでしょう!!」

 和やかな雰囲気が一変にして氷河に変わる。リサは心配そうな顔を少年に向けた。

「私は大丈夫ですよ。莉沙様は先にお部屋へ戻っていてくださいね。すぐ戻ってきますから。元気でいてくださいね?」

「──お兄様、すぐ戻ってきてください。そうでないと私…」

 リサの頬に一筋の涙が流れた。その涙を手でふき取る少年。

「すぐ戻ってきますから…」

 少年はリサに紙切れのようなものを握らせると、急いで母の元へ向かった。


 一変にして映像が変わり、泣きじゃくる小さな女の子が映る。その視線の先には、大きな男の人に引きずられて連れてかれる先ほどの少年の姿があった。

「──お兄様ぁぁぁあ!!そんなぁ…!!お兄様と離れたくなんかありませんわっ!私もついて参ります…!」

小さな女の子は少年の元へ走ったが使用人達に取り押さえられてしまった。

「リサ、私は貴女と一緒にいられて最高に幸せでした」

 その言葉は弱々しく屋敷に響いた。

少年の頬にはすーっと一筋の涙が流れ、屋敷の床にあたって弾け飛んだ。


水面に波紋が広がるように映像が揺れる。

その少年は誰だったのだろうか。

最近、毎日この夢を見る。

だが、毎回少年がよく見えず、名前のところは雑音が混ざるのだ。


そして、いつも少年の最後のセリフで映像がぼやけだすのだ。もしかしたら何かを暗示しているのかもしれない。この夢に出てくる小さな女の子の名前が私と同じなので、ただ自分と重ね合わせてしまっただけだろう。それで親近感がわいてしまっているのだ──そう思うことにした。

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