第86話
「という具合だりおん……なにか感想はあるか」
「いや、感想ってステッキさん、この映像は何処から手に入れたの……」
「ふふっ、私にも色々とツテがあるのだ」
「だからって、スマホの動画レベルで済ませばいいのに、わざわざブルーレイに4K画質でダビングしてドルビーアトモス仕様って、ご丁寧にも程があるよ……わたしのアンプ、アトモスに対応してないし……」
アリスとの出逢いに、心救われたその日の夜、面白いものがあるとステッキさんに薦められ、オーディオシステムを起動させて観た代物は、自らの処遇を巡って繰り広げられた「小芝居」に興じる大人達の姿だった。
「場の空気を再現する為に高画質、高音質に拘った……この会議自体、普通の人々は観る事も、知る事も許されないのだ……」
得意げに「背筋」を伸ばし言うステッキさん。
「はぁ、なんか無駄な電力を消費した様な……」
悶々と言い、オーディオシステムの電源を落とすと、りおんはバルコニーに通じる窓を開けた。
部屋の外に出たりおんの頬に、高層階特有の冷たく勢いのある風が「刺さる」。
手摺に頬杖をつき、りおんは青白く輝く満月にぽつりと呟く。
「今日も誰かが、戦っているのかな……」
「私の知る限り、ダークエネルギーの接近は確認されていないぞ」
ステッキさんが「黄昏る」りおんの背後で淡々と言う。
「こういう時は、そうだな……って、さりげなく曖昧な台詞で纏めてよ……」
「すまんな、不器用なもので……」
「にしても、月って綺麗で神秘的で、怖いよね……わかっている様でなんにもわかっていない。こんな近くにいるのに、果てしなく遠い存在にも思える、不思議な星……」
「そうだな……」
「ふふっ、ここでその台詞なんだ」
満月を映すりおんの瞳が、笑う。
その時、机の上で充電中だったスマホが、ヴィーラヴの新曲「好きなんかじゃない……愛してる」のメロディーを奏でる。
「アリスからメールだっ……!」
部屋に戻り、スマホを取ったりおんは、マットレスに寝転びながらメールの内容を確認する。
画面には、ヴィーラヴメンバーとマネージャーとおぼしき綺麗な女性が笑顔で映り、真ん中のアリスは「あの」スィーツを手に微笑み、りおんを「罠」にかける。
「今度、遊びに来てね……」
完璧なアリスの文面。
返信に興じるりおん……。
頬を刺していた風が、レース、ドレープカーテンを揺らす。
りおんの様子に安堵したステッキさんは、バルコニーで宙に浮き、りおんに代わって妖しく輝き、佇む満月を「意味深」にしばらく眺めた……。
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