第10話

 従えた豹の背の毛を、透き通るしなやかな指で優しくさすりながら、桃迦は愚かな人間の演目を愉しむ……。


 少女の佇まいに内在する狂気と色香……。


 幼げな表情と狡猾な瞳……。


 甘美と狂気の匂い……道徳と不道徳。相反する要素が、万華鏡の様に形を、煌めきを、魂を変化させ、桃迦たらしめている……。




「だいたい、結婚なんてまだしたくなかったのよ。それが、デキちゃったから仕方なく一緒になって……アンタも心を入れ替えて真面目に働くと思ってたのに……はぁ、こんな事ならあいつらを堕ろして結婚なんかするんじゃなかったわ!」


「何だとぉ、この人でなしがあっ!」


 女の頬を男は張った……。


「この偽善者っ!……アンタだってあいつらに無関心だったじゃない……面倒な事は全部こっちに押しつけて……ふざけるんじゃないわよっ!」


「何だとっ!」


「何よっ!」


 大人にあるまじき小競り合いが演じられる……。




「穢らわしい……」



 汚い言葉の塊を、桃迦は体内から吐き出す……。


「どうしようもない人間の、救いようのない末路ね……全く愉しいわ。さぁ、もっと狂い、踊り、堕ち、全てを晒して私を愉しませなさい……」


 恍惚な桃迦が……煽る……。


「テメェ、この生意気なガキがぁっ!」


 男の怒りが桃迦に向かう……。


 その瞬間、空気の膜が鋭く斬り裂かれた……。


「うぎやゃゃゃぁっ!」


 桃迦を襲おうとした男に、豹の前足の鋭利な爪が反応し、男を薙ぎ払う……。


 のたうちながら絶叫で激痛を誤魔化し、斬り落とされた右手首を愛おしそうに胸元に引き寄せ、男は必死で女の元へ戻る……。




「桃迦……こいつら喰っていいか……」


「やめておきなさい……こんな下らない人間を喰っても虚しく、汚れるだけよ……」


 動じず、美しく風景でも眺めているかの様に、麗しく桃迦は言い、諭した……。




「うぐぅぅぅ……痛え、痛えよぅ……」


 低く、怨み声を鳴らす男の白い上着は血に染まり、寒さか、痛さをこらえているのか、体を小刻みに震わす……。


「ふふっ、さすがの斬り口ね……そこの男……切断面が綺麗だから適切な処置を施せば、手首がつくかもしれないわよ……」


 優しく「蔑み」豹の毛並を遊ぶ桃迦……。


「ひぃぃぃっ……」


 ジーンズのポケットからスマートフォンをまさぐり、慣れない左手で処置の仕方を検索する男……その表情はまさに必死……。


「女……まだ夫婦でしょ……手伝ってあげなさい」


「あ、ああああぁぁぁ……」


 思考が停止した女は、ただ声を漏らし悲惨な光景に脱力したのか、絶望なる液体が下半身から滲み出ている事にも「女」として気づいてもいない……。


「ちっ……」


「まるで興が冷める……」


 桃迦は吐き捨てた……。

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