第9話

 サンプル動画2番


 残虐少女……凛寧りんね 桃迦ももか……。


 緩やかな風が吹く……。


 膝まで達するプラチナ色の少女の髪が、月明かりで妖しく煌めき、そよぐ……。


 少女の傍らに白い豹がつき従い、対峙する人間を野生の眼が威嚇する……。




「何で、何でだよっ……大金つぎ込んで改造した車と娘達まで取り上げるなんてよ……話が違うじゃねぇかっ!」


 男は地面にひざまずき、目の前に置かれた小ぶりなジュラルミンケースを複雑な表情で睨み、恨めしく言った……。


 ケースは既に開けられ、紙幣の束が整然と佇む。


「いいじゃんアンタ……さっさと受け取って借金返してやり直そう……」


 女はジュラルミンケースを手繰り寄せながら、男の顔を覗き込み言う……。


「何言ってんだっ……お前も見たろっ……黒い霧が車を覆い、中で寝ていた娘達もろとも消し去ったんだぞ!」


「わかってるけど、もうどうしようもないよ……それよりさ、早く……」


 急かす様に女は言い、愛おしくケースの蓋を閉じた。




 封がついた新札で二千万円……その「代償」に、男のフルエアロ仕様のミニヴァンと、本来このふたりが最も大切にしなければならない双子の娘が「生贄」として闇の世界に捧げられた……。


「そうかお前、娘達が消えてせいせいしてんだろっ!」


「何言ってるの!アンタこそせいせいしてんじゃないの?……善人ぶってさ……あのふたりより、車の方が大事なんでしょっ!……まったく、どれくらいのムダ金使って借金増やしてんのよ!」


 いい大人の「子供じみた」やりとりを桃迦は蔑み、口元を緩める……。


「お前こそ、家事や子育てもまともにできないくせに……ストレス解消とか言って、パチンコやスロットにのめり込んで余計な借金つくりやがって!」


「アンタに言われたくないわ……車本体以上にカネかけて下品になって……近所でバカ車って言われてるの知ってる?……はぁ、もうあんな車に乗らなくていいかと思うとほっとするわ!」


「何だとテメェ、この野郎!」


 男は女の胸ぐら掴み、脅し、絶叫した……。


「ほら始まった……都合が悪くなると脅して凄んで、そして暴力で屈服させようとする……」


「うるせぇ……昼間っから酒あおってるお前に言われたくないね。あいつらに折檻してる事を、オレが知らないとでも思ってたのかよ……」


「ふんっ、定職に就けないアンタが偉そうに……この間のバイトだって、年下にコキ使われるのが気に入らないからって初日で辞めてくるし……その腹いせでまた下らない車のパーツ買って借金増やしてバカみたい……もういい加減、その性格直して真面目に働いてよっ……」


「だったらテメェも酒やパチスロばっかやってねぇで、パートでも何でも働きに出ろやっ!」


 大切な存在達を忘れ、ふたりのぐうにもつかないやりとりが続く……。




「観なさい……あれが遠い昔、互いに愛を誓い、甘くとろける未来を想像し、ふたりの命を授かり、幸福を紡ごうとして呆気なく失敗し、道を踏み外した愚かな人間の末路よ……」

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