第三十話 獅子奮迅のザルック

激しい喊声かんせいが、ハイメの耳をつんざく。


「何だ。どうしたっ!?」


 部下が本陣に駆け込んでくる。

「敵襲ですっ!」


「どこからだっ!」


「背後からでございますっ!」


「何故気づかなかったっ!」


「申し訳ございません……っ」


「予備兵力を回せ。

――前の敵はどうしたっ! まだ潰せてないのか!?」


「敵の抵抗が思いのほか、頑強で……」


「早く潰せ!

アルスの使いである我々に負けは許されないっ!」


「はっ!」

 兵士は顔面蒼白のまま、本陣を飛び出していった。


                   ※※※※※


「倒せ!

連中を、この国から叩き出せっ!」


 ザルックは雄叫びを上げた。


 ザルック率いる歩兵部隊の到来に数拍遅れて、敵勢が向かってきた。

 しかしその圧力は小さい。


 それだけザルックたちが敵の不意を突けたということだ。


「はああああっ!」

 ザルックは剣を抜き、迫る星騎士相手に斬り倒した。


 ぬるい返り血が、顔に飛び散る。


 ザルックは自らすすんで、敵中に割って入る。

 教団兵が、ザルックを殺そうと槍をしごく。


 ザルックは槍を脇で挟み込み、を切り落とす。

 敵が体勢を崩したところを足蹴にした。


 敵は物々しい武装だが、数日の飲まず食わずに力はない。


 そして実戦に身を置く兵士とも思えぬほどに脆弱ぜいじゃくだ。


 数ヶ月前まで、ザルックたちは教団――ヴェッキヨにこうべを垂れるしか術を知らず、ただただ搾取されるばかりだった。


 それが今、こうして武器を手にもち、五分以上に戦えている。

 それは奇跡のように思えると同時に、これが自分たちの力なのだ。


 相手が神の使いであろうと、なかろうと、戦場では関係ない。


 あたりを見回せば、部下が敵兵の前で尻もちをついていた。

 敵歩兵が槍をかかげ、今にも殺そうとする。


 ザルックは敵兵めがけ駆けた。

「俺の部下に触れるなぁっ!」


 味方を追い詰めていた兵士めがけ体当たりを食らわせ、組み敷き、腰に帯びていた短剣で喉笛をかっきる。


 ザルックは部下を見る。

「大丈夫かっ!」


「は、はいっ!

ありがとうございます……」


「もっと周りを見ろ。

実戦だぞ!」


「すみません」


 そう、実戦だ。

 自分たちが進まなければ、敵の圧力を一身に受けている味方がそれだけ危険にさらされる。


 ザルックは周囲を見回す。


 乱戦状態にありながら、奇襲が功を奏してこちらが押しまくっている。


 ザルックは敵をまた一人、二人と斬り倒した。


 全身の神経をぎ澄ませれば、敵の動きが分かった。


 左目の光を失っていても、実戦を経験した肌身で分かる。


 兵士は武装しているだけの素人だ。

 実戦を知っているこちらとは比べものにならない。


 踏み込みも甘く、殺気も薄い。

 教団の兵士は自分より弱い者を狙い撃ちしてきた。


(それが間違いだと思い知らせてやる!)


                    ※※※※※


 糧食が絶えてから五日が経とうとしていた。


 街の人間を他の街へ向かわせても、むしろ門も開けぬという有様だった。


 人質を取り、失敗すれば、殺すと言わなければならないのではないか。

 そう傭兵隊長たちは主張した。


 マンフレートは、愚かな、とその提案とも呼べぬような暴論を一蹴した。

 そんなことをすればどうなる。


 この地域を制圧した後、教団への根強い反感が残るだけだ。


 この戦いで、マンフレートの力量が試されている。

 

 だが、糧道が絶え、水で糊口ここうをしのぐ日々だ。


 このままでは五万の兵は瓦解がかいしてしまう。


 飢えた兵が、街の人間といさかいを起こすことも、日に日に増えている。


(……仕方あるまい)


 マンフレートは全軍に命令を発した。

 近くにある街を落とし、食糧を奪う。

 相手がこちらにそむいている以上、連中も異端者だ。


 つまり、根絶やしにする根拠に出来る。


 血を流せば、傭兵どもの鬱屈した気持ちを発散させられる。


 マンフレートは速やかに命令を発した。


 駐屯していた街から十キロの道のり。

 昼間だというのに門を固く閉ざした街が見えてきた。


 すでにマンフレートたちの動きは知られていたようだ。

 それでも問題はない。


 こちらは五万の兵士がいる。

 そして兵士たちは飢えの為に、血気盛んだ。


 星騎士に逆らう者たちは全て、反逆者である。


 異端者相手には、皆殺しも許される。


「使者を送り、最後通牒さいごつうちょうを出せ。

門を開き、降伏すれば殺しはしないと」


 マンフレートが命じ、使者を送り出した。

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