第三十一話 撃破

エリキュスは挟み撃ちに遭っているとは思えないような、異変を感じ取っていた。


 敵軍の圧力は明らかに減っている。

 しかしそれはデイランたちの援軍が到来してきたから、とは思えなかった。


 数万の敵歩兵の間を、絶えず駆け回る。

 デイランたちと呼吸を合わせることで、突撃は冴えに冴えていた。


 敵の壁は容易に崩れる。

 敵騎馬隊が絡みつき、動きを制限してこようとするが、エリキュスたちの卓越たくえつした動きについてこられない。


 えとかわき――その二つが、敵をむしばんでいるのだ。


 エリキュスは声の限り叫ぶ。

「ここが勝負所だ!

苦しんでいるのは我々だけではないぞ!

敵は飢えと渇きに苦しんでいる!

押せ、押せぇぇぇぇっ!!」


「おおっ!」

 騎馬兵たちが声を重ねた。


 敵騎兵の追撃を振り切り、敵の歩兵集団のなかに飛び込む。

 そのまま反対側から飛び出し、また突撃する。


 その縦横無尽な、めまぐるしさ。

 敵騎兵には出来ない動きを駆使し、教団の兵士たちを圧倒する。


 教団の白地に赤い星を染め抜いた軍旗が大地に叩きつけられ、それを踏みつける。

 

 エリキュスも、かつてはあの旗を掲げて、進軍をしていた。


 それが今や、教団とこうも真正面からぶつかっているのだ。


 だが、エリキュスに悔いは無い。

 エリキュスの胸の内には、今やアルスよりも尊い、仲間を、国を想う心が宿っている。

 皮肉にもそれは教団の時にはなかったものだ。


 あの頃にはないものが、活力を与えてくれている。


 敵騎馬隊が正面より向かってくる。


 しかし勝負はあっけない。


 一撃。

 敵将はエリキュスの斬激を受け止めるが、威力を殺しきれず、そのまま仰け反り、馬から落ちた。


 敵将が落馬したことで、後方の騎馬隊は一気に乱れ、そこにくさびを打つかのように突撃を見舞う。

 次々と騎馬兵たちが大地に叩きつていく。


 しかしさすがに本陣へ近づくと、壁は厚い。

 

「進め! 進めぇっ!」

 叱咤しったしても、馬も明らかに限界に近づきつつあるのだ。


 敵騎馬隊が二部隊同時に迫り、挟み撃ちにしようと仕掛けてくる。


「散れ!」


 エリキュスは叫ぶ。

 包囲されまいと、騎兵の一人一人バラバラに飛び出す。

 包囲を逃れる術だが、各個撃破される危険性をはらんでいる。


 案の定、敵勢は各個撃破をしようと動く。


 だが、そこに鋭い一撃が刺さり、敵騎馬隊を瞬く間に蹴散らした。


「デイラン!」


「本陣にいけっ!」

 デイランは言うや、絡みつこうとしている敵騎馬隊めがけ突進をはかる。


 ばらばらになりながら、数拍の呼吸でエリキュスの元に麾下きかの騎馬隊が集まり始める。

 その迅速さは、過酷な訓練の賜物たまものだ。


「いくぞ、敵本陣をつくっ!」

 エリキュスを先頭に、本陣に乱入する。


 と、騎馬に守られた男と目が合う。

 星騎士だ。


(大将かっ!)


 エリキュスは迷わず、馬を駆けさせた。

 味方が他の護衛たちとぶつかり、エリキュスは敵将と一騎打ちを果たす。


「異端者めっ!」


 本陣の将というには、若い男だった。

 まだあどけなさがある。


 剣を抜き、猛然と向かってくる。


 エリキュスは叫ぶ。

「目を覚ませ!

狭い教団の世界に閉じこもるな!

世界は広いぞっ!」

 その言葉は自戒を含んでいた。


「黙れ!

悪魔の言葉に耳を貸さんっ!」

 敵将は激昂し、さらに刃先は読みやすくなった。


 剣激は鋭いが、脅威ではない。

 感情が刃にのっているために、太刀筋があまりにも見えすぎていた。


「ならば、ここで討たれ、アルスの御許へけぇっ!!」


 相手の剣を弾く。

 敵将は馬上で態勢を崩した。


 肉迫しようとした刹那。


 鋭い殺気を背後で感じ、もう一筋で敵将を討てるところまできたが、すぐに離脱する。


 一拍遅れて剣が閃く。

 間一髪のところでそれをかわす格好になった。


 騎兵と擦れ違う。

 それは、奇襲部隊を率いていた敵将だった。


 だが、彼は目と鼻の先にいるエリキュスを追わず、若い敵将を守るように構えた。


「引け!」

 エリキュスは叫ぶ。


 敵将を討てなかったのは無念だが、十分、本陣を乱した。

 これ以上の深追いは必要ない。


                   ※※※※※


 ハイメは叫ぶ。

「コンラッド殿! どうして邪魔を……っ!」


「分からないのか。

あれ以上、戦っていれば、首と胴体が離れていたぞっ!?」


 コンラッドからの強い反駁はんばくにハイメは息をのんだ。


 すでに周囲はコンラッド麾下の騎馬隊が集まっている。


「ハイメ、引くぞ」


「何故ですか! 我々の数的優位は……っ!」


「我々は挟撃されている。

そして傭兵共は逃げ出している。もはや、支えられない。

このままの状況で戦うよりも本隊と合流する。

それが正しい選択だ」


「一度、あなたの進言で引きました。

二度目など……騎士として……」


「ふざけたことを言うな!

お前は一軍の将なんだぞっ!

お前の一言で何万という人間が動く。

お前は口を閉じていろ。お前の言葉が兵士たちを殺すっ!」


「…………っ」

 ハイメは目を伏せた。


「撤退するっ!」


 ハイメは周りを固めたコンラッドの側近たちに半ば無理矢理、連れ出された。


(決着はお預け、か)

 コンラッドもその後に続いて駆けた。


                   ※※※※※


 敵軍が崩れる。

 数万の兵は散り散りになる様は、大地が雪崩なだれを打っているかのようで、エリキュスはその様子を茫然ぼうぜんと眺める。


「追撃はするな!

兵をまとめろっ!」

 エリキュスは声を上げた。


「エリキュスっ!」


 振りかえると、ザルックが馬を寄せてきた。


「ザルック、来てくれたのか」


 ザルックは歩兵部隊を率いるとだけデイランからは聞いていた。


「お前たちが敵を受け止めてくれたからこそ、俺たちが背後を突けた。

――リュルブレは?」


「今、部隊の損害を確かめている。

あいつが敵本隊を一番、受け止めてくれたんだ」


「……そうか」


 そこにデイランが近づいて来た。

「二人とも、無事か」


 ザルックは力強くうなずいた。

「当たり前だろ!」


 エリキュスは髪をき上げる。

「ぎりぎりのところだが、どうにか踏ん張れた。

お前のお陰だ、デイラン」


「悪いが、まだ終わりじゃない。

ここで散らした敵は、本隊と合流するはずだ。

本隊を撃破しなければ、戦いは終わらない」


 エリキュスはザルックに聞く。

「敵の補給線は?」


「安心してくれ。切ってある。

だが、敵もいつまでもじっとはしていないだろう。

食糧を求めてそばの街に向かうはずだ。

……エリキュス。お前たちはしばし休んでくれ」

 デイランは言った。


「デイランは?」


「俺は、このまま歩兵部隊と合流し、本隊へ向かう」


「だが」


「お前たちの損害はひどいだろう。

部隊の再編などもやる必要がある。馬の補充もな。

……ここまで敵を食い止め続けてくれたんだ。

無理はするな。

合流するのはそれが済んでからでも遅くはない」


「分かった」


 デイランは号令をかけ、自分の部隊と共に駆けていった。

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