第二十九話 守る為の戦い

デイランは麾下きかの歩兵部隊よりも先行して大地を駆けていた。

 

 リュルブレからの使者からの抗戦の報せを受け、すぐに決断した。

 騎馬隊三百だけが兵力である。


 やがて地響きと、人の喊声かんせいが聞こえた。


「弓を用意せよっ!」

 デイランは叫んだ。


 丘を駆け上がる。


 瞬間、眼下に平原を埋め尽くすような人の波を臨んだ。


「突撃!」


 デイランを先頭に、騎馬の一団が丘を駆け下りる。

 敵がかなり味方に食い込み、今にも飲み込もうとしていた。


 馬上より矢を射りながら、敵歩兵の無防備な側面に突っ込んだ。


 崩れた敵兵を乗り越え、敵兵を切り裂く。


 側面からの攻撃など全く予期していなかった敵の歩兵たちは呆気なく崩れた。


 側面から内部まで食い込み、駆け回る。


 デイラン麾下の一糸乱れぬ騎馬の動きに、敵歩兵たちは翻弄され、瞬く間に散らばっていく。

 そのまま駆け、飛び出した。


 敵騎兵が絡みつき、動きを制限しようとしてくる。


 真っ白な甲冑に、紅い星。

 星騎士団だ。


 いつか、この軍に捕らえられ、デイランはサン・シグレイヤスに連行され、危うく火あぶりにされそうになった。


 ここで、その雪辱を果たす。


 ぶつかってきた騎士の剣を払いのけ、脇腹に蹴りを食らわせ、馬より突き落とした。


 隊伍たいごを崩した隙を逃さず、隊列を蹂躙じゅうりんし、そのままの勢いを借りて再び歩兵の中に突っ込んだ。


 敵は乱入してきたデイランたちの勢いに完全に飲まれ、抗する術もなかった。

 その隙を見逃さず、味方歩兵が徐々に押し戻してくる。


 数百の騎馬隊に隊列を崩され、敵歩兵たちは押しまくられた。


 デイランたち騎馬隊が縦横無尽に動き回ることで、実数以上の効果を上げているのだ。


「デイラン!」


 紅髪を靡かせた男を先頭に、騎馬の一団が駆けてくる。


「エリキュス、無事か!」


「見ての通り。

……今からリュルブレを助ける。

あいつが今、敵の本体を引き受けてくれているんだっ!」


 デイランはうなずき、エリキュスと並んだまま駆けた。


                  ※※※※※


(何て、敵の力だ)

 リュルブレは満身創痍まんしんそういだった。


 敵の圧力はますます強くなっていた。


 一体どれだけの敵中を突破し、歩兵と連携し、敵の前線に食い込んだか分からない。


 突撃し、食い止めるたびに味方を失った。


 それでも敵の数の多さに、徐々に疲弊ひへいしていく。


 すでに矢は尽き、誰もが決死の思いだ。

 こちらが引けば、後方で奮戦しているエリキュスたちは背後をかれ、潰走かいそうする。


 敵がどれだけ多くとも、食い止めるのだ。


ひるむな!

生き残る為にはここで踏みとどまるんだ!

味方の救援は絶対に来るっ!

ここを乗り越えれば、敵は袋のねずみだ!」


 嘘はついていない。

 しかし援軍がいつ来るのか。

 それまでに自分たちは踏みとどまれるのか。


 それはギリギリのところだ。


「いくぞっ!」

 リュルブレは先頭を切り、駆ける。

 乗り手も限界なら、馬もまた限界だ。


 それでも正面の敵に向かうのだ。


(種族は関係無い。これは居場所を守る為の戦いだ!)


 リュルブレは返り血を浴びながら、剣をさやより払った。


 歩兵を騎兵にさらさず、いかに歩兵同士の戦いにもちこむか。

 それが勝負だ。


 歩兵の援護の為に、駆け回る。

 リュルブレ率いる騎馬隊は一丸となって、ばらけない。

 それがこの騎馬隊の強みだ。


 しかしこちらに向かってきた騎馬隊に、何かがぶつかった。


(何だ!?)


 途端、それまでリュルブレたちを飲み込もうとしていた敵軍が崩れるのをはっきりと目にした。


(騎馬隊!? どこの……?

リュルブレ……違う!)


 リュルブレの優れた洞察力は、こちらに猛進してくる敵騎馬隊の側面を貫くように突撃した騎馬隊の先頭に、デイランがいるのをはっきりと捉えた。


                    ※※※※※


 ザルックの頭には敵の位置関係がはっきりと入っている。


 コンラッドたちの軍から離脱し、味方歩兵と合流した後、敵の背後を狙うために大きく迂回うかいした。


 その為に必要以上に時を要してしまった。


 敵の哨戒しょうかいに補足されないように、丘と丘の間を縫うように進んでいたのだ。


 歩兵部隊の数は三千である。


 各街の民兵たちを集めた数である。

 全て最初からデイランの描いた絵図通りに進んでいた。


 ザルックたちははっきりと、敵の本陣を見据える。

 こちらに気づかず、無防備に背中をさらしている格好だ。


 いや、目の前のリュルブレ、エリキュスたちの対応に迫られ、別働隊の存在など頭にもないのだろう。


 ザルックは馬から下り、歩兵の一人となって身を低くしながら、草むらに身を横たえ、出来る限り近づいた。

 かつてはただの木樵きこりで、ヴェッキヨと戦う時には武器をもったただの平民だった。

 それが今や、いっぱしの軍人で、人を率いる立場になっている。


 デイランとの出会いが全てを変えた。


 この地を守る。そのために血を流す。


 金なんかの為よりもずっと大切なものを守るのだ。


(よし……)

 ザルックは副官に合図を出す。


 副官が角笛を吹き鳴らした。


「いくぞおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 ザルックは飛び出すと同時に、雄叫びをあげた。


 ザルックに率いられた歩兵部隊が一気に姿を現し、背後から教団の本陣を襲撃した――。

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