第二十八話 将を射んとせば…

草原を埋め尽くすような大軍をリュルブレはじっと見つめた。

 防御陣地でかなりの数を叩いたつもりでいたが、こうして向かいあってみると、全く減っていないのではないかと思う。

 

 そしてその人波ひとなみが一気に動き出す。

 まだ距離はかなり離れているというのに地響きを感じると同時に、大地そのものが動いているかのような錯覚に陥った。


 リュルブレは部下の弓兵たちに声をかける。

「我々が敵を近づけさせぬ。

お前たちは陣地でしたのと同じように弓を射よ!

――放て!」


 弓が飛ぶ。

 敵の前衛が崩れる。

 それでも敵の動きは止まらない。


「いくぞっ!」

 リュルブレは歩兵と騎馬隊に号令をかけた。

 数にして二千である。


 リュルブレたち騎馬隊が前に躍り出ると、敵騎馬隊も駆けてくる。

 星騎士団や傭兵たちだ。


 雄叫びを上げながらぶつかる。


 リュルブレは味方に叫ぶ。

「一人、敵兵三人を殺すまで死ぬことを禁じる!」


「おお……っ!!」


 騎兵同士がぶつかる前に、騎射を見舞う。


 騎馬隊の先頭が崩れ、後衛が巻き込まれて、崩れる。

 そこに突撃を見舞い、さらに騎馬隊を壊乱させ、素早く離脱する。


 この程度で、敵騎馬隊を壊滅させられない。

 その足並みを乱すくらいが関の山だ。

 数百騎が追撃してくるが、逃げつつ身体をねじって弓を放ち、騎兵をたたき落とした。


 さらに、後方の味方の弓兵の放った矢が、敵部隊の頭上に落ちる。

 だが、全弓兵で放っている訳ではない現状、敵を引かせるまでにはいかない。

 敵兵は進撃の歩みを止めない。


「敵をぎ倒せ!

味方に近づけるなよっ!」


 味方歩兵が、敵歩兵とぶつかる。

 それを支援するために、リュルブレも合流し、敵部隊への突撃を行った。


                   ※※※※※


(しつこい奴らだっ)


 エリキュスは歯がみしながら、動きを封じてくる騎馬隊を相手に格闘していた。


 こうしている間に敵伏兵の本隊は、味方の弓兵に近づいている。

 手はず通り、味方歩兵が前に出る。

 それでも、騎兵なしにどこまで戦えるかは分からない。


 一刻も早く、この騎兵を振り切らなければならない。


 エリキュスの部隊と並走へいそうする騎馬隊がぶつかってくる。


 さっきの指揮官と思しき男だ。

 彼もまた、エリキュスが指揮官であると狙いをつけたようだ。


「はああああっ!」


 エリキュスは再び、敵将と剣を打ち合う。

 一合、二合、三合――。

 馬の扱いも剣技も見事だった。


 それでもこんなところで足踏みをしている訳などできない。


 互いに離れ、再び駆けた。


 剣を交わすたび、火花が散った。


 麾下きかの部隊は、敵騎兵と互角以上の戦いを見せている。

 敵の部隊は乱れ始めている。


 部隊を動かしたいが、執拗しつような敵将の動きに自由が得られない。

 こうしている間にも、奇襲部隊の本隊が味方に食い込んでいるのだ。


「――お前達は、他の騎馬兵を相手にしろ。

あの男は私が食い止めるっ!」


 再び敵騎馬隊とぶつかる。


 ぶつかった瞬間、後に続いていた騎馬隊が離れる。

 エリキュスは単騎で突出する形になった。


 そのまま敵将に率いられた敵騎馬隊がエリキュスを包み込もうとするが、そこに、味方の騎馬隊が割り込んだ。

 馬の操縦術はこちらが長けている。


 敵将もエリキュスの狙いに気づいたのか、乱戦状態の場に飛び込もうとしたが、エリキュスがそうはさせじと、食い下がった。


「決着を付けよう!」

 エリキュスが叫べば、


「……それはこちらの言葉だ、異端者!」

 敵将が目をギラつかせた。


 やはり何度やっても実力は伯仲はくちゅう――いや、エリキュスが半歩ほど押されている。


 しかし部下同士は違う。


 こちらの兵が、敵兵を次々と馬から落としている。

 陣形は乱れ、ばらけている。


 エリキュス距離を取った瞬間、馬首を返した。


「逃げるのか!」

 敵将が声を上げた。


 エリキュスは無視して、騎馬隊と共にその場をあとにした。


 敵将は追撃しようとするが、味方騎馬隊が乱れに乱れ、周囲には数十の騎兵しか集められていなかった。


 味方歩兵部隊は包囲されつつあった。

 歩兵部隊にはエリキュスの部下をあてていたが、それでも数の優位は覆せない。

 

 歩兵は分断されつつあった。


(くそ、間に合わないか!)


 刹那せつな

 砂塵が敵の歩兵めがけ、側面からぶつかったのだ。


(何だ!?)

 敵陣が見るからに揺れるのが遠目からでもはっきりと分かった。


 それまでかさにかかって攻めていた敵歩兵の陣形が崩れていく。


 まさに蜂の一刺し。

 横合いをえぐられ、歩兵部隊は後退した。


 エリキュスは砂塵を蹴立てて進む騎馬隊を前に、頬を緩める。


「デイラン!」


 誰が指揮しているのか分かっていないのに、エリキュスはそう叫んでいた。

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