第二十四話 弓の本領

 先行する騎馬隊を追うように、コンラッド率いる神星王国軍は丘を昇る。


 そして眼下に、広大な防御陣地を見る。

 その陣地に一万に及ばんばかりの軍勢がひしめいている。


 コンラッドは馬上で息をのんだ。

 それでも自軍が圧倒的であることは確かだ。


 しかし。


(引きずり出された)


 そういう悔しさはある。

 敵はここで決戦を目論んでいたのだろう。


 だが、連中は自分たちがあくまで先遣部隊であることを忘れているのではないか。

 防御陣地でコンラッドたちを釘付くぎづけに出来たとしても、本隊は順調にサロロンへ向かっている。


 これほどの人数をここに集めることは、サロロンがいかに無防備であるかを物語ってあまりある。


 ハイメが並んでくる。

「連中はかなり追い詰められているのですよ。

みずからの領土でこんなところに引きこもっているなんて。

まあ長引かせることはありません。

一気に勝負を決します」


 ハイメは暗に、コンラッドが、慎重過ぎて時を逸したのだと言いたいのだろう。


「……ああ」


「コンラッド様」


 目を向ける。

 ザルックだった。不安そうな顔でコンラッドを見ている。


「心配はいらないとは思うが、お前はできるかぎり離れていろ」


「わ、分かりました」


 コンラッドは目を眼下の陣地に向ける。

 前衛が丘を駆け下り始めていた。


 丘の斜面を人波が怒濤どとうのごとく陣地へ迫る。


 と、陣地の方に動きがあった。

 何か黒いものが陣地の頭上辺りに出現した。


(あれは、鳥……?

いや……違う……)

 目をらす。


 突然、晴れやかな青空に出現した黒々としたものがゆっくりとした動きで、神星王国軍の兵士たちに向かってくる。


 それは徐々に高度を下げ、やがて兵達の頭上に落下する。


 瞬間。

 兵たちが将棋倒しに崩れた。

 いや、潰れたと言った方が良いだろうか。


 それまで威勢良く欠けていた歩兵も、側面を防御していた騎兵も、関係無い。


 前衛が大きく崩れたことで、後衛にも混乱は及ぶ。


「あれはなんだ……!」

 コンラッドは叫んでいた。


 部隊は仲間を踏み越え、なおも陣地へ近づこうとする。

 だがまたもや、黒々としたものが頭上に現れ、そして兵達の頭上へ落ちる。


 再び、兵士が潰れた。

 間一髪逃れた兵士たちは飛び散るように、陣形を崩した。


「な、何だ、これは!

どうなっている!?」


 敵陣地に肉迫することもできず、兵士が潰される様子に、ハイメは声を荒げた。

 こんなに感情を剥き出しにする姿は初めて見た。


「おい、ハイメ。兵を下がらせべきだ」


「いえ……いえっ!

その必要はありません。

異端者に背を向けるなど……ともかく、軍を進めます。

何が何でも敵の陣地に食らいつくのです。

そうすれば、勝負はつきます」


 ハイメはコンラッドの制止をものともせず、さらなる進軍を命じた。

 ただ単純に突撃するだけではない。

 部隊の左右をそれぞれ大きく広げ、鶴翼の隊形で進軍だ。


 再び黒い塊が陣地から生まれ、兵士達に落ちる。

 しかし今度は大きく翼を広げたことで、前衛の一部が崩れるにとどまった。


 兵士たちはときの声を上げ、陣地にしがみつく。


「よし!」

 ハイメは前のめりで声を上げた。


 兵士たちが馬防柵を乗り越えようとしたその時、陣地の後方から何かが湧き、それが陣地の両脇からけてくる。


 騎馬隊だ。

 彼らは無防備な歩兵の背後から突っ込み、陣列を大きく乱した。

 騎馬隊がそれを妨げようとするが、すでに混戦状態にあり、手を出しあぐねている。


 き乱すだけ掻き乱し、騎馬隊は離れていく。

 無論、こちらの騎馬隊の追撃などものともしない。


「将軍!」

 兵士が駆け込んでくる。


「どうした」

 コンラッドは振り向く。


「これを!」

 兵士は手に矢を掴んでいた。


「これが無数に大地に突き刺さっておりました……。

倒れた兵士の多くがこれに貫かれて……」


 ハイメはますます顔を真っ赤にし、ひったくるように矢を掴んだ。

「蛮族どものけがらわしい武器が、我らの兵士を殺しているのかっ!?」


「とにかく、兵を一度下がらせる。

そうしなければただの的だっ」


「コンラッド殿。しつこいです。

兵達は陣地に組み付いています。このまま数で押せば、押し切れます」


「ハイメ!」

 コンラッドは声を上げたが、彼は全く聞く耳を持たなかった。


                ※※※※※


 数十人の兵たちが馬防柵にくみつき、空堀を越えて突き進んでくる。


 兵たちに動揺が走る。

 必死の形相の敵を前に、明後日の方向に弓を射るものまで出る。

 こんなところで無駄うちはさせられない。


 リュルブレは叫ぶ。

「落ち着け!

これまでの練習通りにしろ。

前衛の者は槍に持ちかえ、掘りに落ちたところで突け!」


 空堀をよじ登る兵たちに、槍を突き立てる。

 みるみる掘りが遺体で埋まる。


 前衛で踏みとどまり、さらにエリキュスたちの騎馬隊がその支援に出てくれる。

 敵歩兵たちは騎馬突撃に算を乱して逃げていく。


 敵騎馬隊も追撃しようとするが、弓騎兵の矢に勢いを殺される。


 そしてエリキュスたちが離脱するや、リュルブレの号令一下、矢を射る。

 馬防柵のせいで陣地の外周部分を巡ることしか出来ない敵騎馬兵は深追いを恐れて、離脱する。


 敵歩兵はそれでも続々と押し寄せるが、一斉射により陣形は乱れる。

 陣地にとびつけるものは数百人程度で、その時にはもう陣形らしい陣形などなく、槍の餌食になりにいくだけだった。


(人間族とはここまでに愚かしいのか)


 仲間のしかばねを踏み越え、ものともせず突っ込んでくる姿は鬼気迫るものがある。

 

しかし勝算などないのだ。

 突撃を繰り返し、矢を受けて倒れていく。

 少なくとも、エルフには真似が出来ない。


「気を抜くな。敵から目を離すなよ!」


 と、その時、角笛が音がこだました。

 自軍ではない。


(敵か?)


 すると、兵士たちは不意に背中を見せた。


「敵を生きて返すな!」

 リュルブレの号令一下、矢が発射される。


 さらにエリキュスの騎馬隊もこの機会を逃さないと、敵騎馬隊を追撃する。


 と、逃げる部隊と入れ替わるように騎馬の一軍が丘を駆け下ってくる。


 矢を射ろうとするが、その時にはすでにエリキュスの部隊とぶつかっていた。

 

 ぶつかる直前にエリキュスの部隊が騎射を、敵騎馬の前衛めがけ撃つ。


 崩れる前衛。

 後続はそれを読んでいたかのように綺麗に左右に分かれ、数千で数百のエリキュスたちを包囲しようとする。

 しかしエリキュスも経験をつんだ勇将だ。

 後退しつつ上半身をひねり、二矢を左右に分かれたそれぞれの先頭の騎兵にいかけた。


 そこまで予想していなかった敵騎兵の勢いはそこで止まった。

 しかし彼らにはそもそも深追いする気はなかった。


 速やかに撤退をする。


(見事な殿しんがりだな)

 リュルブレは、敵ながら感心してしまう。


 ただ戦場には鼻をつくような生々しい血のにおいが立ちこめていた。

 死屍累々ししるいるい


 ほとんどが敵兵だ。

 これだけ倒しても、まだまだ丘の上を覆う影は濃密だ。


 エリキュスたちが戻って来る。

 

「見事な射撃だったな」


「さすがに今のは肝が冷えた」

 エリキュスはうっすらと笑みを見せたが、目にはまだ先程の戦の炎がしっかりとともったままだった。


「敵は俺達の戦法を理解していた。

きっと、前に戦った相手がいるんだろう。

そいつは、かなり手強いぞ」


「さっきの撤退の見事さだ。分かっている。

とにかく、一度は分けた。相手が次に何をするか、だな」


「そうだな」

 うなずいたエリキュスは、真剣な眼差しで丘を振り返った。

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