第二十三話 弓兵

デイランは防御陣地から十キロ北においた野営地で情報を整理していた。


 星殿せいでんを焼いた。

 むろん、街の人間たちとは合意をした上で、だ。


 ファインツにおいて教団は絶対ではない。

 むしろ、アルスの遣いをかたりつづけたヴェッキヨを野放しにした教団への恨みは深い。

 だからこそ、新たな星殿の形を、人々は歓迎してくれた。


 お陰で、星殿を焼くということも出来た。

 これは教団が中心となっている神星王国の遠征軍を防御陣地へ向かわせる為だ。

 教団にとって星殿を焼く異端者を許す訳にはいかないだろう。


 また遠征軍の雰囲気もザルックを通して伝わってきている。


 王国騎士と星騎士との溝。

 越えられぬ価値観の違い。

 大軍ではあるが、一枚岩ではない。

 つけいる隙は無数にある。


 そして何度も騎馬隊をぶつけ、わざと敗退させた。

 これは相手の油断を誘う為である。


 敗北を経験している神星王国は慎重になり、こちらを軽んじる教団との間に食い違いが生じる。

 それはもうすぐ、止めどもないマグマの噴火という形で現れるはず――。


 早馬が駆けてきた。

「申し上げます!

敵が防御陣地の二十キロ手前まで迫ったとのことでございます」


「分かった。

――行くぞ! 出立だ!」

 デイランは麾下きかの三百騎に命じた。


                   ※※※※※


 エリキュス率いる騎馬隊は、傭兵部隊の騎馬隊にわれる格好で駆けていた。



 負けた格好だが、陣形に乱れはなく、騎兵は誰一人欠けていない。

 一体何度ぶつかったか。

 わざと負ける難しさに、エリキュスは作戦行動中ずっと胃が痛かった。


 最初に敵騎兵とぶつかる時には弓矢で勢いを殺し、歩兵に攻めかかる態勢を取る。

 すかさず騎馬隊が割り込んできたところで多少の押し合いをおこない、打ち負けたふりをして逃げる。


 その際、弓は出来る限りつかわない。

 つかったとしても、わざと外す。

 そうすることで、敵がこちらをあなどるよう仕向ける。


 デイランからの早馬で、敵は深追いをぎりぎりまで避けるだろうと言われていたが、それでも一歩間違えれば全滅だ。


 そして今、ようやく目的地に到着していた。

 丘を駆け上がる。

 眼下に見えたのは、アリエミール王家の旗をなびかせる、味方の防御陣地。


 地平を埋め尽くすような壮観さだ。

 ここで数万に及ぶ敵を迎え撃つ。


 負ければ、サロロンを落とされる。


(ここでどこまで相手に打撃を与えられるか、だな)

 エリキュスは吹き付ける風に目を細めた。


                   ※※※※※


 リュルブレは防御陣地の中で、味方騎馬隊によって敵軍が徐々に近づいていることを知らされた。

 リュルブレは部隊を見渡す。


 かつて戦った人間、ドワーフ、そしてエルフ。

 三つの種族が混ざり合い、一つの弓歩兵隊となっている。

 数は八千。

 全員が弓である。

 リュルブレが直接指揮するのは八千の内、一千ほど。

 残りは伝令を飛ばしたり、特別な指令がない限り将校たちが直接的に判断する。


 防御陣地には大人がすっぽりまる程度の空堀が巡らされ、掘りと掘りの間には馬防策が設けられている。

 それが大きく四つの防衛戦を築いていた。


 ドドドド……。

 地響きが聞こえた。


 兵たちがざわめく。

 焦り、恐怖、おびえ。

 声には様々な感情が混じっている。


 命ある者として当然もって当たり前のものだ。

 そこに種族の差はない。

 ほとんどが実戦を知らない者たちなのだ。


 いや、実戦を知るリュルブレも緊張は否めない。

 それでもやらねばならない。


 リュルブレは叫ぶ。

「騒ぐな!

陣形を乱すなっ!

安心しろ。

お前たちに剣を突きつける為に連中は幾つもの柵と掘とを越えなければならないのだ!」


 地響きが大きくなる。

 丘の頂きに姿を見せたのは、味方のエリキュスの率いる騎馬隊だ。

 大軍相手に兵を損じず、負けたふりをする。

 それが出来るだけで見事というしかない。


 やや遅れ、騎馬の一軍が駆けてくる。

 様々な旗がはためいていた。

 敵の傭兵たちだ。

 これまでは追撃をしてこなかったが、ついに辛抱できなくなったようだ。


 敵騎兵が迫る。


 リュルブレは叫ぶ。

「まだだ!

まだ矢はつがえるなっ!」


 味方騎馬隊が丘の斜面を駆け下る。

 味方と敵の騎馬隊がたてる土煙が風に流されていた。


「矢をつがえろ!

弓を引け!」


 兵が一斉に弓を引く、ギリギリという音が空気を震わせる。


「まだだ!

まだ、放つなっ!

十分、引き付けてからだ!」


 味方が丘を下りおえ、突然方向を変え、右に曲がった。


 それを後続の敵騎馬隊は追えない。


「放てぇっ!!」

 リュルブレが叫んだ。


 矢が一斉に放たれた。

 無数の矢がを描き、敵騎馬隊、おおよそ二千めがけ降り注ぐ。


 馬のいななく声があたりにこだました。


 崩れるや倒れる、という生半なまなかな言葉では足りない。

 潰れる、ひしゃげる――まさにそう言った感じだった。


 残った数十騎が後退と言うより、完全に算を乱して散っていく。

 馬が制御できないのが遠目に見ても分かる。

 ある者は振り落とされ、ある者は別の馬の足蹴あしげにされ、馬がぶつかりあうことまであった。


「わああああああ!!」

 味方の兵士たちが歓声を上げる。


 たった一波ひとなみ矢で、敵がほぼ全滅したのだ。


「騒ぐな!

敵の本隊はまだあるぞっ!」


 歓声はすぐに収まる。

 リュルブレの言葉ではない。


 丘の頂きの向こうから黒い塊が吹きだしたのだ。

 いや、よく見ればそれは無数の人の波――神星王国軍だ。


 まるで丘を丸呑みにしようとする巨大な怪物が姿を見せたかのように、みるみる丘は敵軍に浸食されていく。


「数が違ってもやることは変わらない!

矢をつがえ、構え!!」

 リュルブレは叫んだ。

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