第二十二話 遭遇戦

 コンラッドたち、三万の軍が長蛇ちょうだの陣で北へ延びる街道を進んで行く。

 半日ほど進んだところで動きがあった。


 前戦の兵士は見た。

 目の前に迫り上がる丘の頂きから、馬にのった人間の影が湧いて出るように現れるのを。


 伝令が駆け、コンラッドに報告する。


 コンラッドはただちに指示を飛ばす。

「歩兵は方円の陣形。

第二陣第三陣は前衛の左右について横陣の隊形。

敵を受け止めろ!」


「はっ!」


 軍全体に速やかに指令が伝わっていく。


 陣形が動くことで、コンラッドにも丘の様子が見えてきた。


 丘の斜面を駆け下りる騎馬軍の姿が見えた。

 かかげた旗でロミオの軍であることが分かる。


 騎馬隊は、大軍におくすることなく突撃してくる。


 コンラッドの軍も呼応するように動く。

 土煙が巻き上げられる。


 コンラッドの軍の騎馬隊が、敵騎馬隊の進行をさえぎるる。

 敵の騎馬隊の数は千あるかないか。

 そしてこちらの騎馬隊は五千だ。


 しかし遮ろうとした騎馬隊の前衛が見事に崩れるのが分かった。


(弓かっ!)

 そんな戦法をとるのは、ロミオの軍だけだ。


 そのまま怯んだところで騎馬隊を突っ切ろうとするが、さすがに兵力差がありすぎて、完全に突っ切ることが出来ないようだ。


 騎馬隊が敵を包み込もうとするが、その包囲をぎりぎりのところで飛び出す。


 敵騎馬隊は大きくを描くような軌道きどうで、歩兵部隊の右翼側面に突っ込もうとしてくるが、騎馬隊によってそれもさまたげられた。


 騎馬隊の機動力はあるが、それをこちらの部隊に封じられてかせられない。


 ハイメがくつわを並べてきた。

「たったあれだけで我々に向かってくるとは、死ぬ気でしょうか」


「何かを狙っているのは間違いない」


 何度目かのぶつかり合いになり、騎馬隊はこちらに背を向けて逃げ出した。


「崩れた!」

 ハイメが思わずと言ったように声を上げた。


「待て! 深追いするなっ!」

 コンラッドは伝令に命じる。


 すぐに味方の騎馬隊は動きを止めた。


 敵の騎馬隊は丘の向こうに消えていく。


 ハイメが疑わしそうにコンラッドを見る。

「あれが誘い、だと?」


「かもしれん」


 騎馬隊を集めた上で、コンラッドたちの軍は周囲に警戒しながら丘を登った。

 しかし眼下には何もなかった。

 すでに敵騎馬隊の姿はどこにもない。


「何もないではありませんか。

追撃していれば、敵の騎馬部隊を殲滅せんめつできた」


 それは本陣にやってきた傭兵隊長たちも同じ意見だった。


「用心に越したことはない。

一つ間違えれば、敵の罠の中に進んで飛び込むようなことになりかねない。

ハイメ。

お前だって兵を損じることは望まないだろう」


「無論です」

“それでもあなたの判断が正しかったとは思えません”――言外げんがいにそう言いたそうなのは分かった。


 さらに行軍を続けた。

 しばらくすると、再びあの騎馬隊が攻撃をしかけてきた。


 しかしどれもコンラッドの軍の脅威ではない。


 そして連中は深追いを避けるように、撤退していく。


 その攻撃があまりにも不自然に思えてならない。

 あの軍からはまったく闘気というものを感じられないのだ。

 出現はこちらの意表をつくのに、いざ立ち合って見るとあまりにも呆気あっけなく、動きに無駄が多いように見えた。


 軍を壊滅しよう、打ち倒そう――覇気と言っても良いものがない。


 そして敵の攻撃を退けるたびに、軍の中に楽観的な空気が芽生えていくことへの危機感を覚えていた。


 コンラッド麾下の王国軍や星騎士団では、表面に見えるほどではない。

 傭兵が顕著だった。


 夜。

 街道脇で野営をする。

 篝火かがりびで昼間のように明るくなる。


 本陣で、コンラッドは将校たちを集めた。

「敵の動きはあまりに不可解だ。

連中は何かをたくらんでいる」


 傭兵隊長たちは口々に言う。

「企んでるって、あんた、そればっかりじゃねえか」

「そうさ。あんたに従ってきたが、なーんもありっこねえ」

「それどころか、追いかけりゃ騎馬隊を全滅させられた機会を何度ふいにした?」

「あんた、臆病すぎるぜ?」


「王国が雇い主だ。文句は言わせん」


 傭兵隊長たちは肩をすくめた。

 やってられないという不満が、顔にありありと出ている。


 ハイメが言う。

「ともかく、間もなく敵が大々的な工事を行っていたという報告のある地点です。

ダンジュー卿より、敵の掃討を急げと命じられております」


 本体は南部の街に駐屯ちゅうとんしている。


「敵が待ち受けている場所に自ら飛び込むのか」


「こちらは三万。敵が無理矢理、頭数を合わせようとしても、烏合の衆です」


「その軍に、俺は負けた」


「あれは敵の術中にはまったからです。

敵に押しまくられた訳ではありません」


「今回のことも、敵は何かを考えている。

無策のまま向かってくるような相手ではないっ」


 しかしハイメは首を横に振った。

「ともかく。敵がどんな策をろうそうとも、我らにはアルスの加護があります。

正義は我々にある。

これまであらゆる街が我々にこうべをたれた。

ここで敵の部隊を殲滅せんめつできれば、サロロン陥落はよりたやすくなるはずです」


 信仰で戦いに勝てるのかっ。

 喉元まで声が出かかったが、コンラッドに拒否権は無い。


 それに、これ以上、自重じちょうを主張すれば、軍の士気が落ちかねない。


 従うしかなかった。


                          ※※※※※


 翌日。

 コンラッドの軍は丘陵地帯を進む。

 部隊全体の空気は緩みきっている。


 勝ち続けている。

 それが最大の要因だ。


 そしてそこに再び騎馬隊が突撃を敢行してきた。

 無論、こちらの敵ではない。

 

 再び敵部隊が引いていく。

 つけいる隙の無い見事な撤退だ。


 味方騎馬隊が駈ける。

 それでもコンラッドは追撃させぬよう命令していたのだが。


 軍はとまらず、追撃を行い、丘を駆け上がっていく。


 コンラッドは目をみはった。

「何をやっているんだ、あいつらはっ!」


 ハイメは冷静に応じる。

「私が命じたのですよ。

あなたの命令に従う必要はない、と」


「何を――」


「勝手なことを、という言葉はやめていただきたい。

敵を過小評価するのは危険です。

しかし、過大評価もまたしかり。

あなたには少し休んで頂きます。

敵の討滅は私に任せて頂きたい」

 ハイメは言った。


 許可をもらおうという態度ではない。

 一方的な宣言だ。


 追撃した騎馬部隊が丘の向こうに消えていった。


 コンラッドは拳を固く握りしめた。

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