第二十五話 静かに追い詰める

マンフレート・ド・ダンジューを総大将とする、神星王国軍の本隊は、サロロンの街の五十キロまで迫っていた。


 五万の大軍は街の外に野営し、マンフレートを初めとする将軍たちは街中に部屋を提供された。


 戦場とは思えぬ、まるで物見遊山ものみゆさんを思わせるのんびりとした行軍だ。

 いや、実際、マンフレートに取ってみれば、これはただの外出とそれほど変わらない。

 

 異端者など恐るるに足りぬ存在。


 マンフレートは部屋で、食事をとっていた。

 酒を飲み、肉を咀嚼そしゃくする。


 騎士団だからこそ、こうして大手を振ってこんなことが出来る。

 と言っても、教団幹部の僧侶たちはサン・シグレイヤスの室内で堂々と酒を飲み、肉を食らってはいるのだが。


 扉が叩かれた。

 従者が扉を開けると、副官のフィリッポス・ド・サンフェノが入って来た。


 マンフレートは従者を下がらせ、二人きりになる。


 フィリッポスは椅子に座る。

 マンフレートが酒瓶を傾けたが、マンフレートは首を横に振った。


「先程、早馬が報せて参りました。

ハイメたちが敵軍とぶつかったとのことです」


「数は?」


「一万前後かと」


 マンフレートは鼻で笑った。

「一瞬で片がつく」


「左様でございます」


「兵糧は?」


おこたりありません。

街の者たちが従順でございますから」


「結構」

 マンフレートは相好そうごうゆるめる。


 マンフレートは今回の出征しゅっせいにあたり、現地調達の方針をとっていた。

 異端者を討伐するだけではない、ファインツの民心を教団になびかせ、協力させることで、マンフレートの株は上がる。


 そしてマンフレートがこれほどに行軍をゆっくりにしているのは、街の有力者たちと関係を築く為である。

 彼らをひれ伏させ、関係を密にすることで、きたる枢機卿すうききょう選挙において必要な金銭を得るのだ。


 今の教団は、枢機卿首座すうききょうしゅざ、ビネーロ・ド・トルスカニャが全てを取り仕切っていると言っても過言ではない。

 マンフレートは、ビネーロ独走態勢に一穴いっけつを空けたかった。


 その為には金が要る。

 教団有力者たちに回す金が。


 マンフレートの企みは成功し、抵抗らしい抵抗など一切無く、ここまで来られた。


 あまりにも人々が従順すぎることを、コンラッドはいぶかしんでいるようだったが、教団からすれば当然である。

 異端者と教団――教団に、アルスの遣いである星騎士団に協力して当然なのだ。


 それがまだまだ世俗の人間には理解しがたいのだ。


「将軍のご威光に、民はひれ伏しております」

 フィリッポスがほくそえんだ。


 この男には、次の騎士団団長の座を約束している。

 身をにして働く、良い飼い犬だ。


「次の補給が届くまで数日かかると思われますが、いかがなさいますか?」


「急ぐ旅ではあるまい。

民との交流もまた、我らにとっては大切なことであろう。

そのうち、ハイメたちも敵を掃討そうとうする。

そのあとからでも遅くはないだろう。

どのみち、我々の勝利は揺るぎないのだからな」


「まさしく」


 マンフレートたちは笑みを交わした。


                ※※※※※


 少し雲が出て、月を隠す。


 ファインツ州の街道を兵の一団が進んでいた。

 松明たいまつをかかげた一団である。

 装備は軽装なせいか、金属の擦れる音はささやか。


「ったく。何で俺たちがこんなこと……」


「おい、ぼやくなよ」


「……良い子ぶりやがって。

今頃、将軍たちは豪勢なメシを食ってるんだぜ?

はあぁ」


 兵達の目的は兵糧の輸送である。

 と言っても大したことはしない。


 すでに先触れは出していている。

 兵たちはその兵糧を回収し、本隊まで届ければ良い。


 ぼやき続けてはいるが、兵達にも特典がある。

 一兵卒だろうが星騎士団は、信仰を持つ者たちにとっては絶対に近い存在である。


 街の有力者たちがひれ伏し、料理を振る舞ってくれたり、銀を献上してくれることがあった。

 それが兵糧調達部隊の特典で、これを目当てに進んでその役目を務めようとする者も多いくらいだ。


 そして街道が二股に分かれた場所までたどりつく。

 温かな季節が続き、成長した草の生い茂った平野があるばかりで、民家はどこにもない。


 唯一騎馬にまたがる、調達部隊の隊長が声を出す。

「ここか」


「はい、ここに街の者が兵糧を運んでくると」


「けしからん連中だな。

我らを待たせるとは……」


 次の瞬間、ヒュッと小さな風切り音が響く。

 隊長が何かにはじき飛ばされるかのように仰け反り、馬から落ちた。


「隊長!?」

 兵士たちは駆け寄るや、ぎょっとした。

 白目を剥いた隊長の首には矢が突き刺さっていたのだ。


 松明の炎が右へ左へ前へ後ろへと激しく揺れ、闇に緋色ひいろの残像を描く。


「矢だ!」

「ば、蛮族共がいるぞっ!?」


 だが、兵達が平静を取り戻す間もなく、喊声かんせいが響く。


 闇が盛り上がり、人の形を成した――隠れていた兵士が現れた様を、教団の兵士たちはそう錯覚してしまう。


 敵兵は四方から迫ってきた。


 矢が飛びい、何十人という兵士たちを射倒し、雄叫びと共に敵兵が突っ込んでくる。


 勝負はあっという間についた。

 教団の兵士たちは剣を抜く暇すら満足与えられなかった。


 兵士たちは街道を塞ぐように倒れた兵士たちを眺め、生きている者がいないかを調べる。

 兵士たちのリーダーは、ザルックのいた街の顔役だった。

 むろん、顔役と同時に、兵士でもある。


 新たな国を作りつつあるファインツをはじめとした西部四州は、民が同時に兵士なのだ。


 騎士が、傭兵が戦う。

 その概念が頭にしかなかった彼らは気づけなかった――いや、気づくはずもなかったのだ。


 敵は領内深くに入り込んでいる。

 いくら十万近い大軍といえどえれば、瓦解がかいする――。

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