第六話 異民族との和議

シメオンの策が成った。


 シメオンたちの別働隊は、エルフ、ドワーフたちが本隊にかかりっきりになっている間隙かんげきい、彼らの背後を抑えた。

 そのままではさらに山奥へ逃げられると思い、森を焼いた。

 彼らは自然と共に生きてきた民だ。

 人間族にそんなことをされて黙って見ていることなど出来ないと踏んだのだ。


 そして連中が、おとりの本陣を襲っているのを見計らい、レカペイス率いる二千の軍が、彼らを包囲したのだ。

 運良く、エルフを一人捕らえることが出来、それがきっかけとなって、両軍の戦いは収束した。


                     ※※※※※


 シメオンと、エルフ・ドワーフの代表が向かい会うことになる。


 シメオンは、エルフの代表者である女エルフを見る。

 まさか捕らえた女エルフがリーダーだとは思いも寄らなかった。


(運が良いのか、悪いのか)


 これがきっかけとなって、こじれなければ良いけれど。


 シメオンの背後には、レカペイスとゲルツェンが控えている。


 お互いの兵は、幕舎の周囲に離れて構えている。


「お嬢さん。お怪我は?」


「……ふん」

 女エルフはそっぽを向く。


 その子どもっぽい仕草に、思わずこの場にはそぐわない微笑ましさを覚えてしまう。


 ドワーフの代表者が口を開く。

「話し合いというのは?」


 シメオンが言う。

「その前に、自己紹介をしましょう。

名前はお互いに呼び合えた方が良いと思いますが?」


 シメオンの飄々ひょうひょうとした態度に、エルフとドワーフはやや困惑した。


「私はシメオンと申します。

ここにいるのは、私の部下の、こっちの、ぶすっとした老人がゲルツェン。

そしてあなたと戦った騎士は、レカペイス」


 しばらくためらっていたものの、ドワーフが言う。

「私はダントンと申す」


 しかし女エルフは、「人間になんざ、誰が名乗るか」と反抗的だ。


(まあ、当然か)


 ダントンが言う。

「こっちはアディロス」


「おい、ジジイ! 勝手に言うっ!」


 ダントンはアディロスを無視して言う。

「では話しを聞きましょう」


「おい、こんな奴らに丁寧に言う必要ないだろっ」


「だまっとれ。

だいたい、お前さんがバカみたいに一騎打ちしなければ、話し合いなどせずに済んだわっ」


 ダントンに一喝いっかつされ、アディロスは子どもっぽくいじけて目を伏せた。


「話は至極、簡単なのです。

あなた方には、この地を離れていただきたい」


 女エルフがテーブルを叩き、威嚇いかくする。

「そんなこと、出来る訳ないだろっ!

ふざけたことを抜かしてんじゃねえぞっ!」


 ゲルツェンとレカペイスは身構えるが、シメオンがやめさせる。


 アディロスを、ダントンが抑える。

「やめいっ!

このままでは我々には勝ち目はない。

今の状況では、どうしようもないのだ。お前も分かるだろう」


「我々も多くの犠牲を払ってしまった……。

あなた方もこれ以上、抵抗しても、仲間をただ失うだけ。

この地を血に染めるのは、お互いに本意ではないでしょう?」


「何を気取った言い方しやがって!

お前らは森を燃やした! そんな連中の言うことを聞けっていうのかっ!?」


「それは申し訳ないことをした。

だが、あなた方を引っ張りだす為にはあれだけのことをしなければならなかったのですよ。

それに、斬り倒した木材を燃やしただけで、森そのものに火を放った訳ではありません。

そうであったら、今頃、カチオンの森は消し炭になっていました。

それに、我々にはあなた方を背後から襲って皆殺しにすることも出来たのですよ」


 ダントンは言う。

「それで、我々はどこに行けと言うのですか」


「おい、ダントン!」


「お前は黙れ」


「……っ」


「もし、あなた方が了承してくだされば、私はあなた方を召し抱えたいと思います」


 ゲルツェンとレカペイス二人がはっと息をのむ気配が伝わる。

 シメオンは女エルフとドワーフを眺め続ける。


 二人もまた、驚きと困惑の入り交じった表情をした。


ダントンが言う。

「何故我々にそこまで……。

シメオン殿。あなたは我々を蛮族とみ嫌っているのではないか?」


「私は別にあなた方に対して特別な思いをもってはいません。

いや、友好的になりたいとは思っては射ますけれど。

それに、勇敢さは素晴らしいと思っている。

我が軍に多大な損害を与えた。

私はあなた方を尊敬しているんです。

それに、殺しあいはもう良いでしょう。

我々は多くの血を流し合った。そろそろ和解をしても良い頃合いだ」


 ダントンは悩ましげな表情をし、腕を組んだ。

「和解をすれば、我々はどうなる?」


「私の領土に移っていただきます。

少なくともこことよりはマシな暮らしが出来るでしょう」


「そんなことを勝手に決められるのか?

随分、若いようだが」


「私は皇帝陛下よりそれだけの権限を与えられております。

全員そろって、私の領地へ。

えさせたりはいたしません」


 ダントンはそれでも疑わしそうだった。

「もし、条件を呑めば、命を奪わぬという証拠をもらい受けたい」


「良いでしょう」

 シメオンはそう言うだろうと事前に用意しておいた書状に、自分の名前を記して渡した。


「この場で決めろとは言いません。回答が出るまで待ちましょう。

こちらも傷病者の手当もありますからね」


 会談はそうして終わり、エルフやドワーフたちは去って行った。


 ゲルツェンが顔をしかめた。

「あのようなことを勝手になさるとは……」


「だが、権限を与えられていることは本当だ」


 ゲルツェンは理解出来ないと言わんばかりの顔になる。


 シメオンはレカペイスを見る。

 彼は何の表情も見せない。


「お前からは何かあるか?」


「いえ」


「つまらない奴だな」


「呆れるのは今に始まったことではございませんので」


 シメオンは笑い、命じた。

「無礼な友だな。

まあ、ともかく怪我を負った兵たちの手当を急がせよう」


 二人はすぐに行動に移っていった。


                   ※※※※※


 会談を終えたアディロスとダントンが仲間たちとカチオンの森の集落へ戻る途上。


 アディロスは悪態をつく。

「ダントン。

お前なんで勝手に話を進めるんだよ。

相手は人間なんだぞ……」


「お前さんが無茶をして捕まらなければ良かっただけの話だ」


「私は行けって言ったんだ」


「そんなこと、出来る訳がなかろう」


 アディロスは叱られた子どものように、いじけた顔をする。

「……で、どうするんだよ」


「とにかく、みんなと話し合わなければならん。

話し合いが不調に終われば、戦いになる」


「戦えば良い」


「この地を失い、さらに山奥に行けば大人は耐えられるが、子どもは難しいだろう。

食糧を蓄えていると言っても、戦いが長引けば、どれほど持ちこたえられるかもわからん」


「人間のしもべになるよりもマシだろう」


「とにかく、これは全員で話し合わなければならないことじゃ」


 ダントンは溜息を漏らしながらも、それ以上は何も言わなかった。

 二人はそれからは黙々と集落へ向かった。

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