第七話 アディロスたちの決意

アディロスたちが集落へ戻ると、すぐに山奥へ逃がしていた村人たちをすぐに呼び集めた。

 座の中心にいるのはダントン、アディロス。

 たき火を囲いながら、人間族が突きつけてきた条件をみんなに披露ひろうする。


 ある者が聞く。

「戦って勝てるのか?」


 ダントンははっきりと告げる。

「粘ることは出来る。だが、それだけだ」


 意見は分かれた。

 戦う者、戦いを避ける者。

 前者は男が、後者は女性が多い。


 さらに村人たちが口を開く。

「――アディロスはどうして黙っているんだ?」

「そうよ。アディロスの意見を聞きたいわ」

「アディロスはもちろん、戦うだろうっ」


 声が上がっても、アディロスは目を伏せてじっとしている。


 ダントンが、アディロスに促す。

「みなが意見を聞きたがっている。

黙ってないで、なんとか言ったらどうだ?」


 ようやく顔を上げたアディロスは静かに口を開く。

「戦っても殺されるだけだと思う」


 その言葉に、戦を、と言っていた一部のエルフとドワーフが信じられないものでも見るような目つきになる。


 中には、

「アディロスは、人間の捕虜になった! そのせいでおびえきっているのだっ!」

と声を上げたが、それはすかさず、ダントンの、

「小僧、黙れっ! お前ならば味方を逃がすために敵将に向かっていける勇気があるのかっ!?」

 という一喝いっかつで黙らされた。


 ダントンは冷静に、アディロスに呼びかける。

「それが、お前さんの意見なのじゃな」


「だが無条件に人間の下に行く訳じゃない。この地は何が何でも死守する。

もし、それが叶わなければ戦う。

この地を失い、人間族の土地へ無理矢理につれていかれれば、どのみち我々の無事が補償されるかは分からない。

そしてその条件が呑まれなければ、我々は戦う」


 意見が出なくなるまで話し合い、それで散会となった。


 ダントンはアディロスの家へ向かった。

 二人きりで話したいと思ったのだ。


 アディロスは矢の手入れに余念がない。

 それはいつも通りとも言えるし、万が一の戦に備えてにも思える。


「酒は?」


「いらない」


「そうか」

 ダントンは干し肉をさかなに一人、酒を飲む。


「うちは居酒屋じゃないぞ」


 アディロスが言うと、ダントンは蓄えたヒゲを揺らして笑う。

「分かっておる。

ただお前さんと話したいと思ってのう。

一体どういう風の吹き回しだ?

お前さん、あんなにわしに噛みついていたのに」


 アディロスは何でも無いと言う。

「あれは私個人の意見。

それと村人の為を思う意見は違う。それだけ」


「いつまでも子どもと思っていたが、しっかり成長をしているようだな」


「ジジイがそばにいるせいで、分別くさくなりすぎたんじゃない?」


「分別臭いやつが、年長者に噛みつくのか?」


 アディロスはにやりと微笑むと、矢を置いて、

「やっぱ酒もらうよ」

 と飲み始めた。


「で、帝国に仕えるということも飲み込んだのか?」


「それも条件の一つだからな。

でもしつこいようだけど、この土地が私たちのものにならなければ受け容れない」


「人間のために戦うことにもなるかもしれん」


「それはあいつらから見たら、だろう?

私はいつだって仲間エルフとドワーフの為に戦ってる」


「そうじゃのう。儂も、老骨にムチをうつかあ」


「そうだ。ジジイはその為にいるんだ」


 ダントンは大笑いした。


                  ※※※※※


 村人たちの意見がまとまるのに、五日が経った。


 ダントンは「待たせすぎて気が変わらないと良いが……」と不安そうだったが、

アディロスは「そうしたら戦うだけだ」と言った。


 そして村人たちの意見が、アディロスに賛同するということでまとまった。


 それでもやはり、完全に納得していない者もいなくなった訳ではない。

 帝国軍の本陣へ向かう前に、アディロスは村人全員を集めて言う。


「村の意見に賛同できなかった者も多いだろう。

だが、どうか今の気持ちをこらえて従ってもらいたい。

これがきっと村の、いや、みんなの為になると私は信じている」


 反発する声はなかった。


 それでもやはり腹に一物ある者はいなくならないだろう。


 アディロスとダントン、護衛のエルフとドワーフが数騎、帝国軍の陣営にいた。

 幕舎の数は多い。

 それだけでちょっとした集落のように思える。

 そこからは、昼時ということもあって炊煙すいえんが上がっている。


 アディロスたちはすぐにシメオンの元へ案内された。

 そこでアディロスは、条件を申し出た。


 シメオンの背後にいる中年を過ぎた男の表情が露骨に曇る。


 しかしシメオンは泰然自若たいぜんじじゃくとして、うっすらと笑みさえ浮かべている。

 さぞ、後ろの二人からしたら面倒な主人だろう。


 シメオンはうなずいた。

「分かった」


「本当に出来るのか?

お前みたいな若造が?」


「こんなウソをついてどうなるんだ?

言い方は悪いけれど、今の私たちならいつでも君たちを皆殺しにすることができる。

こんなウソをつくこと自体、何の意味も無いんだから。

ただし、その条件を満たす前に、二人には私の家臣になってもらいたい」


 アディロスはすぐにうなずく。

「分かった。

ただし、ここを離れるのなら、ダントンは残して欲しい。

いきなり年長者がいなくなると、村が混乱してしまう。

人間に攻撃を加えるバカも出てくるかもしれない」


「分かった。ではアディロス。私達は軍を引く。

共に来てくれ」


「決まりだ」

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