第五話 血路を開け

 アディロスは驚愕きょうがくしていた。


(あれだけの大軍、おとりに使ったのか!?)


 そうとしか思えない動きだった。

 完全に虚を突かれた。


 斥候せっこうも動員してしまった為に、分からなかった。


 これほどの大動員をしてきたことなどない。

 そもそもアディロスたちの先祖がここに移り住んだのは要害の地である前に、人間など立ち寄らぬ過酷な世界だったからだ。


 無論、人間族は攻撃を仕掛けてきたが、要害に寄ったエルフやドワーフに攻めあぐね、結局、手を引いた。


 エルフやドワーフたちが積極的に山を下りれば、人間ももっと執拗しつようだったろうが、この地に寄った先祖たちは早々に人族を倒すということに固執こしつするのをやめた。

 そして種の存命を保った。


 人間族の欲望は果てしない。

 いずれ、自分たちがつけいる好機はきっと訪れる――それを信じたのだ。


 長らく自分たちが守護し続けてきた森から黒煙がたなびいていた。


 エルフやドワーフたちの視線が集まる。

 ダントンが聞く。

「村はあきらめて、引こうっ!」


「ダントン。みんなを頼む」


「アディロス、死ぬ気かっ」


「私たちの村に火をかけた。これは許せぬこと。

大将を討ちとるっ!」


「正気かっ!?」


「登山口を抜けてきたのは大軍だ。

奇襲部隊は少数だ。不意を突けば、大将を討てるっ!」


「ならば、わしも行くぞ」


「死ぬぞ、ジジイ」


「ふん、小僧めっ!」


 アディロスと、ダントンは笑いを交わした。


 すると、他のエルフやドワーフたちもついてくると言った。

 誰の目にも恐れはない。

 むしろ、アディロスやダントンを死なせてなるものかと双眸そうぼうに、闘志の炎を燃やしている。


「深追いはしない。

エルフ隊は強襲をし、すぐに引け。

殿しんがりは私も加わったドワーフ隊。

良いな」


「よかろうっ」


 ダントンはうなずき、他の仲間達もしっかりとうなずいた。


「かかるわよっ!」


 アディロスたちは意気揚々いきようようとむかった。


 黒煙のたちのぼる森のそばに、幕舎が張られ、軍旗がたなびいている。


 そこには百人前後の兵士の姿があった。


「みんなは、周りの兵を。私は大将首を狙うっ!」


 アディロス率いるエルフ軍は岩陰に隠していた馬にまたがり、敵本陣を奇襲した。


 兵たちはこちらが攻撃を仕掛けるよりも先に、蜘蛛くもの子を散らして森へと逃げていく。

 軍旗のはためいている幕舎は完全に放置である。


 部下が叫ぶ。

「おいかけますかっ!」


 アディロスは叫ぶ。

「かまうな!

幕舎を襲えっ!」


 丸腰の幕舎めがけ、馬を走らせながら矢を放つ。

 たちまち幕舎はズタズタに引き裂かれた――しかし。


(誰もいないっ!?)


 森の奥から喊声かんせいが響き渡った。


「何だ!」


 地響きと共に、兵士が殺到してきたのだ。


「逃げろっ!

後ろを振り返るなっ!」


 しかしすでに退路は断たれ、包囲されてしまう。


 ダントン率いるドワーフ隊がその剛力ごうりきで割って入るが、兵士たちの圧力は大きい。


 アディロスは弓を背に負い、馬のくらにかけてあった、くの字の刃を振りかざして兵達の中に突撃する。


 仲間に群がる兵士たちを次々と斬って捨てる。

 

 騎馬兵相手には馬の上に立ち上がり、その頭めがけ蹴りを食らわし、落とす。


 まるで曲芸でも演じるかのような巧みで、読めない動きに、敵兵たちはアディロスを遠巻きにした。


「そこの者っ!」


 見る。

 軽装をした騎馬兵が真っ直ぐ、向かってくる。

 栗色の髪に、顔立ちはあどけない。

 二十代くらいの新兵だ。


 馬はかなり良い。

 それだけで名のある者と分かった。


 アディロスは雄叫びを上げた。

「その首、もらうぞっ!

人間っ!」


 せ違おうとした瞬間、男は不意に手綱を放すや、もう一本の剣を抜く。


(二刀流!?)


 その時にはもう遅かった。

 剣先が馬の首筋めがけ突き立てられた。


 馬がいななき、崩れる。

 アディロスは馬から振り落とされたが、辛うじて受け身を取る。

 しかし瞬間、兵士たちが次々とアディロスにのっかり、取り押さえる。


 刹那、栗色の髪をもった男が叫んだ。

「――エルフやドワーフたち、聞けぇっ!

お前達の仲間、褐色かっしょくのエルフを捕らえたっ!

それ以上、戦いを続けるというのなら切り捨てるっ!」


 その声に、エルフやドワーフたちの間に明らかな動揺が走る。


 同時に、栗色の髪の男は兵に下がるよう命じた。


 人間族と、エルフ、ドワーフがにらみ合う。


「みんな、私には構わず逃げろっ!」

 アディロスは叫ぶが、その動きは見られない。


 ダントンンが前に出る。

「我らの同志を解放してもらいたいっ」


「おい、ジジイッ! さっさと逃げろっていうのがわかんないのかっ!?」


「黙れ、小娘! お前には言っとりゃあせんっ!!」


 そこに、森よりまた新たな一団が姿を見せた。

 二刀流の剣士と同じくらいの年齢の青年だ。

 蜂蜜色の癖毛に、やや垂れた翡翠ひすい色の双眸をもつ。


 二刀流の剣士が馬より下り、ひざまずく。


「エルフ、ドワーフの諸君。

私は君たちを殺す為に来たのではない。話し合いにきたのだっ!」


(は、話し合い?)


 突然現れた男のとんでもない発言に、アディロスはもちろん、ダントンや他のエルフ、ドワーフたちも茫然ぼうぜんとしてしまうのだった。

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