第四話 奇襲

 翌日。

 あらためてシメオン臨席の下、軍議が開かれた。


 昨日、シメオンたちが席を外してから話し合いは開かれたようだが、やはり数に任せて強行するしかないという結論だった。


 全ての登山口から一斉に軍を進める――というものだ。

 無論、抵抗は大きいだろうが、一万の兵を動員すれば、全滅ということはないだろう。

 大きな犠牲を払い、カチオンの森を突く。


 しかしこの作戦だと兵の分散はともかく、指揮官の分散が痛い。

 緊急的な自体に即応できる将官がここにどれだけいるのかと言えば、難しい話だ。

 

 シメオンはその意見を聞いた上で、昨日、レカペイスが提案してくれた策を話す。


 聞き終わったゲルツェンと、基地司令官は顔を見合わせ、レカペイスを見る。

 レカペイスはシメオンの後ろで、直立不動だ。


 シメオンは二人の顔を見る。

「どうかな。

今回の作戦でのある程度の犠牲は目をつむらねばならない。

追求するべきは突破率だ」


 ゲルツェンが言う。

「殿下も……参陣なさるのですね」


「無論だよ。

将兵たちにのみ、無理を強いるのは私の本意ではない。

足手まといにならぬよう頑張ろう」


 ゲルツェンは、シメオンの意固地さを知っている。


 司令官がおどおどする。

「よ、よろしいのですか。

もし……」


 シメオンは司令官に言う。

「安心してくれ。

どのみち、今回の作戦をしくじれば、ここにいる者たちは全員、今の地位を追われる。

ならば、やるしかあるまい?」


 基地司令官は狼狽ろうばいする。

「殿下には恐れ多くも、わたくしの職に思いを致して頂くことはまことに

光栄の至りではありますが……」


 今の地位を追われる。

 それは、無論、皇太子であるシメオンも含まれていると、考えていた。


 反論の声はない。

 作戦会議は終わった。


                     ※※※※※


 斥候せっこうからの情報を続々入った。


 山裾やますその基地が慌ただしくなって数日後、ついに帝国軍がむかってきた。

 驚くべきはその数だ。

 五千以上の大軍がまるで蟻の行列のように一本の登山口に殺到し、昇り始めたと言うのだ。


 その数のあまりの多さに、さすがにエルフやドワーフたちの間に動揺が走る。


 アディロスはそれを一喝する。

「怖れるんじゃない!

相手はたかが数のみを頼みにしただけの軍だ。

私たちは高地に立ち、有利なのよっ!

これまで通りやれば良い。

そうすれば、人間など恐るるにたりないわっ!」


 同意するようにダントンが声を上げる。

「そうだぞ! 皆の衆っ!

我々には、アディロスという勝利の女神がついておるっ!

これまで我々が人間族におくれを取ったことがあるか?」


 エルフやドワーフたちが自らを鼓舞こぶするかのように声を上げた。


「そうだっ! 人間なぞ怖れんっ!」

「何人だろうが、殺してやるっ!」

「我々には自然が味方についているっ!」


 兵士たちが雄叫びで地を揺るがした。


 アディロスが声を上げる。

「さあ、行くぞっ!」


 ウォォォォッ!

 兵士達が次々と動き出した。


 そしてアディロスたちは、どこまで延々と続いているであろう帝国兵の行列を見下ろす位置を取る。

 さすがにこれまで見たことのない数の長に息を飲んだ。

 この大軍を討つ為、斥候隊をもかき集め、戦力にしていた。


(そんなに死にたいなら、お望み通り、殺してやるっ)


 アディロスは手を挙げ、合図を出した。


 エルフたちが次々と矢を放つ。

 それまでゆるゆると山道を進んでいた軍のあちらこちらから、「敵襲っ! 敵襲っ!」と声が上がった。

 だがもうその時には雨霰あめあられと降る矢に部隊は混乱していた。

 多少の知恵はあるらしく、兵たちは盾を頭にかざし、密集隊形を作る。


「よーーーし! いくぞぉぉぉーいっ!」

 ダントンが叫ぶや、ドワーフたちは一斉に、自分の身のたけの何倍もあるような巨岩を次々と落としていく。

 密集陣形を作った兵士たちの頭上に巨大な岩石が次々とぶつかり、下敷きにしてしまう。


 辛うじて逃げられた兵士たちは、エルフたちの放つ弓に次々と射殺されていく。


 アディロスは岩肌を駆け、黒地に双頭のドラゴンの意匠いしょうの軍旗を見つけるや、唯一騎馬に跨がる男目がけ、ヤジリに幾つもの返しがついている矢を放つ。

 兜を貫き、騎馬兵の身体がぐらりと傾き、落馬した。


 アディロスは叫ぶ。

「敵将、討ちとったりーっ!」


 味方が歓呼かんこの声を上げる。


 だが、帝国軍も執拗だ。

 背中を見せれば、追い打ちをされるばかりと、足を止めない。


(さすがに多いっ)

 いくら有利とはいえ、敵の数も多い。

 岩石や矢が無限にある訳ではない。


 アディロスは、鎧の種類で敵が名のある者かどうかを判断し、的確に射殺した。

 将を守ろうと雑兵ぞうひょうたちが固まれば、それこそ岩石の餌食えじきである。


 それでもまだまだ将兵たちは歩みを止めない。


 アディロスはさすがに違和感を覚えた。

 これまでの軍は、将を討たれれば、たちまち潰走した。

 しかし眼下の帝国軍は将兵の命などかなぐり捨てて、前進をしている。


 アディロスは味方に合図を出す。

 五本ある登山道のそれぞれには罠を仕掛けてある。

 縄を断ち切り、堰き止めていた巨石が幾つも崖を転がり落ちていく。

 阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図。

 いくつもの人間を巻き添えにしていく。

 今のだけでも数百人の人間が死傷しただろう。


(引くか?)


 だが、兵たちは逃げ出さない。


 陣形は崩れ、組織的な行動は出来ないだろうが、それでも兵のほとんどは前を目指す。

 背中をみせる者もいるが、将校に斬り捨てられた。


 味方の方から「矢が尽きた!」「こっちもだっ!」と声が上がった。


 アディロスはダントンを見た。


「こっちも岩がない」


 今与えた損害でも、まだまだ帝国軍の数は膨大だ。

「引こう。森に戻り、さらにそこで待ち受ける」


 全員がうなずく。

 森を抜けられれば、さらに山の奥へ。


 集落は、カチオンだけではない。

 幾つも、この山奥に村はある。

 食糧も備蓄している。


 帝国軍は無限に広がる全ての山を制圧しない限り、アディロスたちを討てはしない。

 そしてそんなことは無理だ。


 退却の最中、斥候が戻ってくる。

「大変です!

森が燃えていますっ!」


「はあっ!?

確かなの!?」


「は、はい!」


 どう考えても、帝国軍はまだ森に到着するには時間がかかるはずだ。


(何が起きてるの!?)


 アディロスは急いだ。

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