第九話 星都

 マックスたちはフード付きの長衣姿で門をくぐる。

 潜入するためにわざわざ別の街で、巡礼者用の衣装をあがなったのだ。

 そのお陰で、予想外の歓待を受けた。

 誰もがマックスたちを巡礼者と考えて、宿の世話や食事などを都合してくれた。

 マックスは巡礼者で、リュルブレはその護衛という立ち回りをした。


 フードを目深にかぶっていても、巡礼者であれば怪しまれることもほとんどない。

 好都合だった。

 お陰で思った以上に路銀が浮いた。


 マックスは予想外のことに驚くと同時に、これから自分たちが相手にしようという教団という存在に覚悟を決めなければと、改めて決意を固めた。


 教団の星都・サン・シグレイヤスには石を投げれば巡礼者か宿屋にぶつかるというほどに、二つが見渡す限り存在している。

 街には、近くを流れる河から引き込んだ人工的な泉がいくつか設けられていた。

 白く輝く街を維持する為にも、清潔な水は必須らしい。


 マックスは大きく設備も整っている宿の一室を借りた。

 旅の道中、リュルブレは「同じ部屋は……」と紳士的に辞退を告げたが、「今はそんな場合じゃないの。あなたの正体がばれたらややこしいことになる。それとも、あんたは寝込みを襲うの?」とマックスが詰め寄ると、それ以上の説得を諦めたらしく、渋々、了承してくれた。


 という訳で、ここでも一部屋である。

 料金の割に部屋は狭いが、ベッドは清潔だ。


 到着したのは昼頃、それから夕方まで情報収集に当たった。


 目抜き通りを言った先の、星殿せいでんを見た。

 その神殿の前には、オイディプス広場という守護聖人の名前を冠した広場があった。

 神殿に入るには門と柵とを越えなければならない。

 その柵は頂点部分がヤジリになっており、絶えず警備の兵士が行き来しており、警備も厳重のようだ。


 夜でも篝火かがりびいて、警戒に当たっているとは、星殿のそばにいる地元住民が教えてくれた。

 マックスたちを田舎から来た巡礼者であると思った住人はペラペラと喋ってくれた。

 罪人は星殿内にある地下牢におり、処刑は広場で行われるという。

 

 罪人を裁く為の法廷が存在し、そこには巡礼者でも見学に行くことが出来るということだ。

 罪人の下らない言い訳を聞くのは面白いぞ、やら、刑の執行の時には美しい甲冑をまとった兵士によって行われ、それはまるでアルスの遣いが天上より下りてきたかのように神々しい光景なのだと妙に誇らしげに語るのが印象的だった。


 部屋に戻ったマックスたちは集めた情報を検討していた。


「デイランもきっと法廷に引き出されるでしょうね」


「ならば裁判を受ければ、無罪になる可能性もあるな」


「それはあり得ないでしょうね」


「なぜ分かる」


「考えてもみなさいよ。

大陸中知らない人間はいないという巨大教団が、捕まえて牢屋に放りこんでいるのよ?

今さら無罪でしたなんて言えば、権威に傷がつくじゃない。

それにあの頭のイカれたオヤジの得意げな顔を見た?

無罪にでもしたら、ああいう連中が死刑にしろと暴れ出すに決まっているじゃない」


 リュルブレはウンザりした顔をする。

「人間はやはり野蛮だな」


「否定はしない」


「なら、侵入して奪還するしかないか」


「それは危なすぎるわ。警備の情報もないんだもの。

場所を特定する方法もない。無闇やたらに歩き回るのは得策じゃないわ」


「なら、どうするんだ」


「……どうしようかしらね」


「おいおい」


「それは考えるわ」


「……そうか。考えるのはお前に任せる」

 リュルブレは荷物から、弓を引き出し、点検を始める。


「ねえ。それ……」


「何だ? ああ、弓のことか?」


「あなたたちエルフやドワーフってゆみを使うわよね。

それってそんなに強いの?」


「これは我々の伝統的な武器だ。獲物を狩れる。

かつて人間族相手にも我々の先祖はこれで戦った」


 確かに、ナフォールに到着したばかりの時、ドワーフの一団に襲撃され、弓を射かけられた。

 デイランとアウルがいてくれたから助かったが、高所より降り注ぐ雨のような攻撃はかなり強力だ。

 しかし人間族は弓を蛮族の武器と見なしている。

 傭兵部隊で使えば、戦力になるかもしれない。


 と、そこまで考えて、マックスは、しっかりしなさいと自分に言い聞かせる。


(デイランを救い出せなきゃ何の意味もない。

今はそのことに集中するのよ)


 と、リュルブレがぽつりと呟く。

「騒がしいな」


「そう?」


「ああ。外だ」


「エルフって耳まで良いのね。

うちのエルフのハーフの子は眼がとてつもなく良いのよね」


「お前は?」


「私は駄目。どっちも人間の方を引いたみたい」


「だな。悪だくみが得意そうだしな」


 マックスはじとっとした眼差しを、リュルブレに向けた。

「あんたの一言多いのはドワーフっぽいわね」


「俺はエルフだ。ドワーフの血は引いてない」


「あらそう?

でもその一言多いのは、誰かさんを思い出すわね。

……すねをけってやるたくなる」


 リュルブレは苦笑する。

「狂暴な女だ」


 マックスは窓を開けて、身を乗り出してみる。

 目抜き通りの方で人が沿道に並んでいる。

 この宿屋は、大通りから一本、道を入った所にあるのだ。


「……お偉いさんみたいね」


「そんなことより、デイランのことだ」


「そうね」

 マックスは窓を閉め、考えをまとめる作業に戻った。


                      ※※※※※


 ロミオは、星殿内の王族用にあてられる部屋に入ると、一息つく。

 街に入ってから沿道で、王を関係する人々の為にパレードをしていたのだ。

 そんなことをしている場合ではないと思いながらも、国民の期待に応えるのも王としての務めではある。


 教団の行事には伝統的にアリエミール王の出席が慣例となっている為、王族用の部屋が作られているのだ。

 ロミオも何度か足を運んだことはある。

 家具や装飾などにぜいをこらし、本当にここは宮廷の中なのかと思うこともある。

 これが今の教団の力でもあるのだ。


 急いでやってきたつもりだったが、予想よりも時間が経ってしまった。

 ロミオは荷物は最小限で良いと言ったが、それでも幾つもの衣装や小物をおさめた長持ちやひつを持っていかなければと、そのせいで時間がかかった。

 それがなければ二日くらいは早く到着出来たかもしれない。


 さらに到着してからは教団幹部の挨拶を受けた。

 今夜は教皇と晩餐ばんさんともにすることになっている。


「失礼します」


 扉の向こうから声がした。


「マリオットか。入れ。

どうだった?」


 入室してきたマリオットは小さく首を横に振った。

 彼は、デイランと会いたいという、ロミオの意思を教団幹部に伝えていたのだ。


「何故だっ! 私はアリエミール王だぞっ!?」

 権力を笠に着ることは最も侮蔑ぶべつする行為だが、今回ばかりは、それを振りかざしても何でも会うつもりだった。


「ここは聖界であると。俗世の王の言葉といえども、聞き入れられないと。

全く取り付く島もございませんでした……」


 ロミオは我慢できずに吐き捨てる。

「何とおごった、僧侶どもだっ!」

 しかしここまで坊主たちをおごらせてしまったのは、王の弱さなのだ。


「裁判はまだ行われていないのだな」


「二日後のようです」


「そうか」

 ここに来たのは、証言台に立つためだ。

 デイランは無実。

 それを言うため、そして無実の工作をする為だ。


「……生臭なまぐさ共に金をまけ。

何が何でも無実になるよう手を回せ」


 マリオットは声をひそめる。

「陛下。冷静に。

お言葉にはお気をつけ下さい。

どこで誰が聞いているかも分かりません」


「……分かっている。

それに、私は冷静だ」

 嘘だ。

 イライラしている。

 それはこの状況ではなく、自分自身にだ。

 大切な仲間を守れない己自身に。


 デイランは必ず救い出さなければならないのだ。

 国のために。

 ロミオ自身のためにも。

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