第八話 王家の兄弟

 執務室にいたロミオは、マリオットの報告を聞き、眼をみはる。


「千年協約違反で捕まった?」


 マリオットも顔をしかめたまま、うなずく。

「左様に御座います、陛下。

先程、教団より使者が参りまして、その旨を伝えて参りました。

近々、裁判にかけられるようです」


「何故……」


「分かりません」


「今は無事なのか」


「詳しいことは何も。使者はただ一方的にその事実を伝えるのみで……」


「すぐサン・シグレイヤスに向かうっ」


「陛下直々にでございますか!?」


「当たり前だ。

デイラン殿をどうして放っておけるのか」


「であれば、使者をおつかわしになられればよろしいのでは……」


「駄目だ。

デイラン殿は我が、アリエミール王家の傭兵だ。

彼を放っておくことは出来ないっ!」


「……分かりました。ではただちに準備を致します」


「頼むぞ」


 ロミオは部屋を出て、一人で王宮の中に設けられた庭に行く。


 そこには薔薇園がある。

 みずみずしい緑に、紅やピンク色の肉厚な花が咲き誇る。

 様々な品種の薔薇が植えられており、一年中なにがしかの種類を観賞することが出来た。


 その薔薇園の中心に大理石で作られた東屋あずまやがある。


 庭の出入り口で警備にあたっていた近衛兵たちが背筋を伸ばし、ロミオに敬礼をする。

 ロミオは彼らに目礼をし、踏み出した。


 ロミオは薔薇のかぐわしい香りを愉しみながら、東屋へと足を向ける。

 そこには何人かの人間がいる。

 ロミオに気づいた人々が、そっと席を外す。


 彼らの主人は気づかず勉強に励んでいる。

 天気が良いからここを選んだのだろう。

 それを少し遠目に見る。


 ロミオが十歳の折、母を亡くし、その三年後、父を亡くした。

 正室は昔に亡くなり、空位だった。

 父王は病弱な人で最早子作りを出来ぬ身体と知っており、進められる縁談を全て断った。

 だからこうしてロミオは王位に就いている。


 デイランたち“虹の翼”を雇い上げたことに関するロミオへの批判は大きい。

 貴族ばかりではなく、軍部においても。


 そもそもデイランたちは王国軍を餌に使ったのではないか。

 王国軍が破られるのを黙ってみていたではないか。

 あんな連中を王家が直接雇うなどありえない。品性を疑われる。


 しかしロミオはそれらを全て黙殺した。

 必要なのは、ロミオの為に成果を上げてくれる信用のおける人間だ。

 デイランは結果を出してくれた。

 出してくれねば、王国はもはや立ちゆかなかったろう。

 今こうして庭先に出て薔薇の美しさを見ることができるのも、全てはデイランたちのお陰なのだ。


(その恩義に報う責務が私にはある)

 そしてそれは、王である自分にしか出来ぬことだ。


 と、東屋で勉強に励んでいた少年――ロミオの弟、クロヴィスが顔を上げた。


「兄上!」

 まるで飼い主の存在に気づいた犬のように、クロヴィスははしゃぐ。


 ロミオはゆったりとした足取りで近づいていった。


 腹違いの弟である。今は十二歳。

 母は違えど、顔かたちはよく似ている。

 ロミオは自分よりもずっと豊かな表情を持っている弟が好きだ。


 ロミオは東屋にある椅子に座ると、覗き込んだ。

「詩の勉強か。どうだ。詩は」


「凄く面白いです」


 ロミオは微笑む。

「誰にも告げ口はしない。

正直、どうだ?」


 クロヴィスは上目遣いをして、恐る恐るという風に言う。

「……好き、じゃないです。

というか、嫌いです」


「どこがだ?」


「何を言っているのか分かりません。

もっとはっきり言えば良いのに……と思ってしまいます」


「何でもかんでもはっきり言ったら詩ではななくなってしまう」


「それは分かっていますが……。

私は、馬に乗る方が好きです。

馬に乗っていると、とても、気持ち良くって。自分まで風になったような気になります」


「風、か……」


「私は詩の勉強よりも、剣術をもっと頑張って、兄上のお役に立ちたいのです!

兄上は王様で、私は近衛兵の隊長をしますっ!

そうして二人で帝国を倒すのですっ!」


 顔かたちは似ていても、趣味趣向はだいぶ違う。

 ロミオは詩や観劇が好きだが、

 クロヴィスは身体を動かすのが好きだ。


 剣術も馬術も素質があると言っていた。

 家庭教師の言うことだからどこまで本当かは分からないけれど、それぞれが別の部分を補える存在だというのはとても良いと思っている。


 ロミオは自分でも、父の気質を受け継いだと思っている。

 父も文学を愛する人だった。


 一方、クロヴィスの気質は恐らく祖父だろうと思う。


 父から幼い頃聞かされたことがあった。


 祖父の、アドルフ三世は勇猛な人であった。

 毎日遠乗りにでかけ、武具の収集に当たった。

 しかしそれは結局、国の為に発揮されることはなかった。


 すでに星室議会が発足しており、王は玉座にあるだけの象徴的存在だったからだ。

 クロヴィスの成長はロミオの楽しみの一つだ。

 弟が大きくなった時には、その才能を発揮できる国であればと思う。


 ただ、時々この愛くるしい弟は突拍子もないことをすることがあった。

 馬を驚かせて暴れさせたり、同い年くらいの侍女と制服を交換して城内をうろついて驚かせてみたり、軍の腕の立つ騎士に突然斬りかかってみたり

(もちろん訓練用の模擬剣だが、打ち所が悪ければ骨がおれる)。

 それは治さなければいけないと思う。

 だが、愛しい弟にはついついロミオも甘くなってしまって、更生には到っていないのだけれど。


「クロヴィス。

少し遠出をしてくる」


「どちらへ?」


 最初は誤魔化そうと思ったが、クロヴィスももう十二歳だ。

 彼も王族としての自覚を持たせる必要がある。

 もし自分に何かがあれば、次の王国を支えるのは弟の役目になる。


「一度、会った、デイラン殿という人を覚えてるか?」


「はい。とても綺麗な眼をしている方ですね」


「そうだ。あれは、やるべきことをしっかりと知っている人の眼だ」


「マックス殿とアウル殿も……同じように澄んだ眼差しをされておいででした」


「お前、あのとき緊張していたんじゃないのか?

そんなことを覚えているのか?」


「はい。あの方々を見た時、驚いたんです。

あのように瞳の澄んだ方は、王宮にはほとんどおりませんから……」


「そうか」

 クロヴィスの眼を見る限り、嘘をついてはいないようだ。


「その方がどうされたのですか?」


「今、訳あって捕らえられている」


「え!?」


「先の戦いで勝てたのはデイラン殿がいればこそ、だ。

我が王家にとってデイラン殿の力は絶対に必要なものなのだ。

彼を失うわけにはいかない。

それは分かるか?」


「はい」


「その方を助けに行く」


「私も参ります!

王家に必要であれば、私にとっても大切なお方っ!

そのような方が困っているのであれば……」


「いや。

それは駄目だ」


「どうしてですか!」


「どうしてもだ。

私一人で大丈夫。お前はここにいるんだ。

そうして勉強をして、私の補佐を出来るよう頑張ってもらいたい」


「ですが……」


「クロヴィス」


 クロヴィスは目を伏せた。

「……分かりました」


「よし」

 ロミオはクロヴィスの髪をくしゃっと撫でた。

 クロヴィスは嬉しそうにはにかんだ。


「兄上。絶対にあの方を連れ戻して下さいねっ」


「お前も、しっかり勉強に励めよ」


「はいっ!」


 その時、「陛下!」と嗄れ声が聞こえた。

 振り返ると、宮宰きゅうさいのルードヴィッヒがいた。


「陛下! マリオット殿から聞きましたが……」


「うむ。少し留守にする。すまないな」


「……お心は固い、ようですな」


「そうだ。

デイランは国家の恩人だ。それをつまらぬことで失う訳にはいかない」


 ルードヴィッヒは声をひそめた。

「つまらぬと……。

千年協約違反ですぞ」


「民間での違反をこれまで見て見ぬ振りをしてきた教団だぞ。

それにあれは国家が結んだもので、民が結んだものではない」


「陛下……。と、ともかく、護衛をおつけいたします」


「……分かった」


「くれぐれも、教団と事を荒立てぬように……。

何かと面倒でございます」


「分かっている。

クロヴィスのこと、頼んだぞ」


「はっ」


 深々と頭を下げるルードヴィッヒに送られ、ロミオは歩き出した。

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