第三話 星騎士団 来(きた)る

 デイランが仲間たちと共に、畑作りに励んでいると、

「隊長!」

 と声がかかった。


 デイランが顔を上げる。

 駆けつけてきたのは、山の上の監視塔(という名のあばら屋)で周囲に目を光らせている監視役の男――スローンだ。

 スローンは人間とエルフとのハーフだ。

 彼はデイランが知る中で最も目が良く、数百メートル先の小動物の動きさえ逃さない。

 気が小さいところはあるが、まめまめしいところがあるので監視役にぴったりだと思ったのだ。


「どうしたっ!」


 いつにない男の様子に、周りで作業をしていた仲間たちも顔を上げた。


「クリム様が……」


 その名前に、緊張していた身体から力が抜ける。

「クリムか。

役目は果たしたことは上出来だが、見慣れた人間ならいちいち報告は……」


「違うんです!

クリム様と一緒にいる奴らが、何か変な連中で……」


「変?」


 スローンは自分の感じている違和感をうまく伝えられないことに焦れたように、

「と、とにかく来て下さい!」

 と、デイランの手を引いた。


「分かった分かった。

――おい、みんなは作業を続けてくれっ」


 そう言い置いて、スローンと共に山の頂きまで向かう。

 それだけでもかなりの重労働である。

 今回は急かされてるから尚更だ。


 頂きに到着すると、他に監視塔にいる者たちが隊長デイランの登場に居住まいを正した。


 スローンは指をさす。

「あれです!」


「どれだ?」


「ほら、あの杉林の……」


「ああ、確かに何かが見えるな」


「クリム様です。

それから、その後ろにいる白い甲冑に身を包んだ兵士達が……。

正確な数は分かりませんが、数百人はいるかと」


「確かか」


「はい」


 デイランは監視塔の他にいる人間に声をかける。


「すぐにアウルに伝令だ。

戦闘準備をして、森に潜んで合図を待て」


「はっ!」


 すぐに伝令役が山を下りていく。


 デイランは視線をスローンに戻す。


「他に特徴はあるか」


「白地の旗に、赤い星の紋章が描かれていますっ」


 それを聞いてもう一人の男がぽつりと呟く。

「……星騎士団だ」


「星騎士団? 何だそれは」


「アルス神星教団の常備軍です。

俺たちみたいなハーフや、街に潜んでいるエルフやドワーフを摘発するところを見たことがあります。残忍な奴らですっ。

俺も危うく捕まるところで……」

 そう語った男は顔を青ざめさせた。


「スローン、よくやった。引き続き監視を。

他にも何か見つけたら教えてくれ」


「分かりました!」


 デイランは山裾やますそまで下りていくと、作業をしている全員に対して速やかに山へ逃れるよう指示を出した。

 そして傭兵団の男たちは速やかに武具を取り、馬を引けと矢継ぎ早に命じた。


 女たちが子どもの手をとり、山を上がっていく。


 しばらく待っていると、クリムが単騎で姿を見せた。

 彼は馬から下りると、デイランの元に近づいてくる。

 その表情は浮かない。


「デイラン殿」


「星騎士団を連れて何をしにきたんだ?」


 クリムははっとした表情をした。

「何故それを……?」


「それよりもそういう連中を連れて、何の用だ?」


 クリムは目を伏せた。

「デイラン殿、許し下さい……。

彼らはどうやらあなたに用があるようなのです」


「俺に? 何の用だ」


「……それは」

 クリムは言い淀む。


「どうしたんだ。はっきり言ってくれ」


「……あなたが、エルフやドワーフたちと関わっている疑惑があり、

それが千年協約に違反しているのだと」


「他の住民もか?」


「いえ、デイラン殿だけということで……」


 と、その時、甲冑と鎖帷子くさりかたびらの擦れ合う音や馬のいななきが近づいて来た。


 クリムは頭を下げて、その場に控えた。


 スローンの言った通り、白い甲冑、さらには馬まで白に統一された一団が姿を現した。

 歩兵が主だが、騎兵も百以上はいそうだ。


 白い甲冑に赤い星の紋章をつけた甲冑に身を包んだ、兵士たちの先頭にいる騎馬兵が声を出す。

「――貴様が、デイランか」

 甲冑の奥にある眼差しは、全く温度を感じさせぬ冷ややかだ。


 デイランは騎馬兵を仰ぐ。

「随分と上からものを言うんだな。馬から下りたらどうだ」


「デイラン。

貴様には蛮族共と交わったという千年協約違反の疑いがある。

速やかに我らと共に出頭せよ」


 デイランは一笑に付した。

「それは誰の命令だ?」


「神聖なる教皇猊下げいかの御下命であらせられる」


「ここにわざわざ来たくらいだ。

俺のことはある程度は知っているんだろう?」


「傭兵風情が口が過ぎるぞ。我らは教皇猊下きょうこうげいかの先駆けぞっ!」


「悪いな。俺の主人はロミオただ一人。

王からの勅命であれば従う。それはあるのか」


「世俗の統治者など知ったことではない」


 デイランは肩をすくめた。

「なら、従えないな」


「いいや、従ってもらう」

 騎士たちは剣を抜き、歩兵もならって槍を掲げる。


「お前ら、神星教団の所属なんだってな。

良いのか。そんな物騒な真似をして。

殺生は戒律に反するじゃないのか?」


「我々は世界の隅々まで教皇猊下の御言葉を届ける為に存在する。

逆らう者がすべて異端として処理する義務が課せられている。

それにお前を殺しはしない。

が、抗うのであれば腕の一本くらいはアルスに捧げよ!」


「そりゃ、都合の良い騎士団だな。

……だが、断る!」

 デイランは腕を持ち上げた。

 同時に、山の方から狼煙のろしが上がった。


 そして地響きがあたりにこだます。

 星騎士たちがざわめく。


「な、何だ!

デイラン! 貴様、何をしたっ!」


「サンフェノきょう! あれをっ!」


 騎士団たちが見た先にあるのは、騎馬の一団だ。

 土煙を巻き上げる。

 その戦闘を行くのはアウルだ。


 サンフェノ卿と呼ばれた男は叫ぶ。

「戦闘準備!」


 その瞬間、デイランはきびすを返してかけ出す。

「追えっ!」

 という声が背中に浴びせかけられた。


 しかし追撃の手は、アウルたちによって阻まれる。

 五十騎余りのアウルたちの騎兵だが、精鋭集団、それも一度、帝国軍との実戦を経験している軍団の圧力は大きい。

「態勢を立て直せ!」

 怒号がつんざき、星騎士団はアウルたちと干戈かんかを交える。


 デイランは用意されていた馬にまたがり、その指揮下に集まった仲間たち、総勢五十騎の部下たちに号令をかける。

「突撃!」


「おおーっ!!」


 デイランを先頭に一丸となった騎馬隊が、星騎士団とぶつかる。

 星騎士団は歩兵が中心だ。

 彼らは槍を扱く。

 デイランはその槍を弾き、兵に反撃する。


 血しぶきが上がり、土埃が濛々もうもうと上がった。

 返り血に顔を汚す、デイランはたけり、猛然と馬を操る。


 聖騎士はさすがにデイランを強敵とみたのか遠巻きにする。


「敵は小勢だ! 包囲して押し潰せ!」

 サンフェノが叫ぶ。


 デイランたちは敵の懐深くまで潜る格好になっていた。


 敵騎兵が大きく左右に伸び、デイランたちを抱き込みにかかる。


 しかしすかさずアウルが得意の鉄棒を振るい、左翼の先鋒をたたきつぶす。

 左翼が千々を乱したように崩れた。

 それでも尚、右翼は包囲の輪を縮めようとする。


 デイラン指揮下の騎馬帯は一つの塊となって右翼を食い破る。


 デイランたちは無事に抜け出したが、数旗の騎馬兵が残されたままだ。

 どうやら負傷者がおり、それを助ける為に残ったらしいとすぐに分かった。


 デイランは指揮する騎馬隊に、速やかにアウルと合流するように命じるや、

単騎で右翼に巻かれようとしている取り残された仲間達の元へ突撃した。


「うおぉぉぉぉぉ………っっっっっ!!」


 雄叫びを上げ、デイランは剣を振るう。

 その鬼気迫る突撃に敵兵たちはわっと左右に分かれた。


「隊長っ!」


 取り残された騎馬兵たちは泣き顔を見せる。


「俺が通ってきた道を通って、仲間たちと合流しろ!」

 デイランが突撃してきた場所は兵の層が薄い。


「隊長は!?」


「ここで食い止めるッ! 早くいけェッ!」


 部下達は「ハッ!」と声を上げ、馬を走らせた。


 デイランに迫る敵の圧力が強くなる。

 血に濡れた剣の切れ味が目に見えて悪くなっていた。


 それでもデイランのわざのキレは鈍らない。


 そこに一騎の騎馬兵が向かってくる。

 振り上げられる剣を、咄嗟とっさに、受け止めた。


 が、デイランを阻む騎士が

 剣を交えた瞬間、相手の力量が分かる。

 かなりの腕前の持ち主だ。


 兜に覆われてどんな容姿をしているかは分からない。

 しかし目のみが見える。緑色い瞳だ。

 そして鎧からは、燃えるように紅い長髪が見て取れた。


(女?)


 相手は続けざまに剣を振り下ろしてくる。

 体格差は向こうのほうが若干小柄というだけなのに、加わる圧力は凄まじい。


 とにかくこのままこいつを相手にしていれば、包囲から抜け出せなくなる。


 その時、デイランの騎乗していた馬が目をひんむいて、叫んだ。

 瞬間、馬が横倒しに倒れる。

 目の前の騎士に注意が向かいすぎて、周囲の兵士が馬の身体に剣を突き立てるのを許してしまったのだ。


 デイランは下敷きになるよりも先に、馬から飛び降りていた。


 しかし大地を転がると同時に、何本もの腕が伸びて、デイランを地面に押しつける。

 動こうとするが、何人もの男たちの体重の前では無力だった。


 さっきまで戦っていた緑眼の騎士が叫ぶ。

「縄目を打て! 殺すなよっ!」


 その声からどうやら男らしい。


 肩が外れてしまいそうなほどグイグイと強い力で、後ろ出にされた手首を荒縄で縛められ、引き起こされた。

 藻掻こうとすれば、容赦ない拳を頬に受けた。

 唇が切れ、血が滲む。


 アウルが駆けてこようとする。

「デイラン!」


 兵士達はアウルたちの前に立ちはだかった。

 幾重もの構えを突破しようとすれば、かなり多くの犠牲を払うことになる。


 囚われのデイランに、兵士達がすごんだ。

「このクソガキが、いきがりやがって」

「アルスの御使みつかいである我々にこのような無礼を働き、無事で済むと思うなよ」


そんな兵士に一喝いっかつを与えたのは、先程、剣を交えた騎士だ。

「剣を持たぬ者に無礼をするな!

騎士道に反すれば、私が斬る!」

 

 歩兵たちは不満な表情をしたが、すごすごと引き下がっていった。


 騎士は言う。

「……我々の目的はお前だけだ。

仲間たちに抵抗をするなと伝えろ。

我々もこれ以上、無駄な犠牲を出すことを望まないし、それはお前たちもそうだろう。

――サンフェノ卿! それで構いませんよね」


「……目的は果たした」


「ありがとうございます。

……さあ」

 緑眼の騎士が促す。


「アウル! やめろっ! 兵を引けぇっ!」


 鉄棒を振り回し、何人もの兵士の頭を兜ごと叩き潰していたアウルは動きを止めた。


 星騎士団も引き下がり、距離を取った。


 デイランはさらに続けて叫ぶ。

「嫌疑が晴れれば解放されると、こいつらは言っている!

俺に罪はない!いずれ解放される!

だから山へ引き上げろっ! 無茶な真似はするなっ!」


「……っ」


「分かったら返事をしろっ!

どうなんだっ!」


「わ、分かったよ! 分かった……。

兵を退くっ!」


 デイランはほっと胸を撫で下ろした。

 ここでいたずらに傭兵団を潰さなくて良かった。

 デイランは青い目の騎士を見る。

「感謝する」


「……いや。

さあ、こっちへ。護送車まで案内しよう」


 見ると、兵士たちの一番後部に檻車かんしゃ――牢屋に車輪をつけたもの――があった。

 それを馬車のように二頭の馬で引くらしい。


 デイランは小さく溜息をつき、そちらの方へ歩き出した。

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