第十二話 帝国の蠢動

 帝都ジリフ・ノヴァ。その王宮、カレオ宮。

 王宮は元より、街全体が白く染まる。


 空は鉛色の雲がたれこめ、雪がしんしんと降っていた。


 北方世界において雪はほとんど一年中、降ると言って過言ではない。

 一応、北方世界においても四季は存在する。

 だが、春、夏、秋の時期をまとめても、全体の一割弱程度というだけだ。


 玉座の間では、頬杖をついた皇帝、コルドス・ド・ヴァルドノヴァが家臣たちの侃々諤々かんかんがくがくの議論に耳を傾けていた。


 王国の逆襲と言うべきか、その動きが帝国の進撃を緩めていた。

 先のラヴロン平原の敗戦。

 そして今度のロザバン居留地の件だ。

 ただ、ロザバンに関してはどこまで王国が介入しているのかは分からない。

 しかし帝国軍のロザバン突入を阻んだのが、王国であることは確実だった。


 コルドスの信頼する将軍、文官たちの意見は様々だ。

 再び軍を動かすべき、と言う意見。

 謀略をもって王国を内部より崩壊させる意見。


 将軍だから遠征に賛成という訳ではない。

 文官だから謀略に賛成という訳ではない。


 だが、誰もが抱いている不安は共通していた。


 急速に拡大したヴァルドノヴァ帝国――そのアキレスけん

 外様たちの動向である。

 彼らは機を見るに敏である。

 これまで従ってきたのは帝国が王国を圧倒していたからである。

 もし、それが逆転、もしくは帝国の勢いに翳りがあると判断すれば、彼らは反乱を企てるだろう。

 事実、小規模であるそのような動きはあり、それを潰していた。

 政変とも言えぬような動きだが、この時点でそれなのだ。


 コルドスとしても軍を起こすことを考えた、その矢先にこの大雪である。

 諸侯の負担は計り知れない。

 そして建国以来、度重なる遠征のしわ寄せが今になって出てきており、諸侯は領地経営をと望んでいる。


 無論、中原ちゅうげんに近い旧王国領は豊かではあるが、とても遠征軍の腹を満たすまでにはいかない。


(さて……。どうするべきか)


「――陛下、よろしいでしょうか」


 その声に、コルドスは目を開けた。

 一歩前に踏み出したのは外交官のオーランド・グルワースだ。


 彼の存在に、他の将軍や文官たちが非難の声をあげる。

「オーランド、引っ込め!」

「貴様、どのような顔で陛下の御前に来られた!」

「お前の無策でどれほどの資金を失ったことかっ!」


 それをオーランドは笑顔でたしなめる。

「まあまあ、皆様方、それほどまで怒らないで頂きたい。

確かにこのたびの

陛下、是非」


 尚も罵声は続く。

 コルドは手をかざしてそれを鎮めさせる。


「陛下、ありがとうございます」


 オーランドはうやうやしく頭を下げた。


 オーランドは元々、王国のろくんでいた小貴族だった。

 しかしコルドスが兵を挙げ、その勢いが怒濤どとうのごとくであることを知るや、その麾下きかに馳せ参じたのである。

 彼はそのよく回る弁舌で、次々と王国貴族たちを口説き落とし、時に頑なな領主を排除していった。

 優秀な外交官であることは間違いない。

 それは裏を返せば決して心は許せないし、隙を見せられない相手ということと同義だ。

 

 コルドスはオーランドを腹心とは思っておらず、ただの使い捨ての道具だと判断していた。


 オーランドは言う。

「陛下。この雪こそ帝国の力を蓄える時……。

では王国のことはどうするか。

私が掴んだ情報でありますが、昨今、“少年王”ロミオがかなり発言権を強めているということでございます。

長らく彼の国の王権は非常に弱いものでした。

どのような手を使ったかは分かりませぬ。

しかし王の力が強くなって、喜ぶ家臣はおりませぬ。人間、上から押さえつけられるよりも伸び伸びした方がよろしいものですから」


 コルドスは失笑する。

「……それは儂への当てつけか?」


「申し訳御座いません。口が過ぎました。

どうか、ご容赦の程を」


 コルドスは続きを促す。

「主君と従者……。両者の間に走った亀裂。

これに力をかけてやれば、割れることは日を見るよりも明らかではないでしょうか?」


 他の者の非難はやまない。

「そんなことが出来るのか!」

「ペテン師がっ!」

「ロザバンの時にもその亀裂とやらを利用するとか言っていたなっ!」


 オーランドはコホンと空咳をし、弁明をする。

「ロザバンの際には、王国軍が横槍を入れてくることを全く考えておりませんでした……。

彼の国は生けるしかばね程度にしか考えておりませんでしたから。

あれは私の失策。汚点。落第点。

……素直に認めます。

しかし陛下、もう一度、我が具申ぐしんをどうか、お聞き届けいただきたく存じます」


 確かにオーランドの言うことにも一理ある。

 今は国力を養う時には絶好だ。

 そうかと言って、何もしない訳にもいかない。


(失敗しようとも、我が兵を損じることはない)


「良かろう。オーランド。お前に任そう」


 他の家臣たちが声をあげようとするのを制する。


「頼んだぞ」


「はいっ。お任せを!」

 オーランドは頭を下げ、胸を張って辞去していった。

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