第十一話 “少年王”の覚悟~ナフォールからの手紙

 ロミオは執務室で、先程届けられた手紙をはやる気持ちを抑えながら開封した。


“親愛なる雇い主殿へ

このように誰かに手紙を出すことなど初めてなので、無礼があってもひとまず目をつむってくれ。

こちらはどうにかこうにかやっている。しかし正直大変なことばかりだ。


畑を耕し、家を建て、家畜かちくを育てて、森をひらく……。

自分たちの居場所を一から作るという夢の途方もなさを、日々実感している。


マックスはかなり口うるさく、金に細かい。昔はそうじゃなかった気もするが、まあ、厳しい分、任せられる。

アウルの方は畑を耕やしたり、岩を除いたりする重労働で遺憾なく力を発揮してくれ、次

々と土地を掘り返している。

そうそう、この間は家の建設予定まで掘り返し、マックスの奴に蹴られていた。


大変なことは数え上げればキリがないが、仲間たちと共にあれば出来ると信じている。


用があればいつでも使者を立ててくれ。いつでも駆けつけよう。

王国が倒れたんじゃ、俺たちの居場所も奪われるからな。


ではまた何かあれば文を出す


手紙と一緒に持たせたものは、俺たちの成果の一端だ。

まあ少しでも俺たちの近況が伝われば、と思う。


ロミオの忠実なる傭兵団 虹の翼 隊長 デイランより”


 右筆の描く文字になれきったロミオからすれば、それは正直、つたないものだ。

 しかし書き手の表情――まるで目の前にデイランが本当にいるかのように、胸が温かくなってくる。


「ふふっ」

 ロミオは笑ってしまう。


 見守っていたマリオットが「へ、陛下?」と言う。

 

 ロミオは手紙を渡す。

「読んでみよ」


「はあ……」

 一読するなり、マリオットは眉をひそめた。

「陛下に対して何と言う文面を。

陛下への手紙であることを全く考慮していないではありませんかっ!」


「良いではないか。

まるで友人への手紙だ」


「陛下は友人ではございませぬ!

雇い主ですぞっ! 全く……」


「マリオット。そう目くじらを立てなくても良いだろう。

デイランたちは我が国の恩人だぞ」


「……ですが」


「さて……。

これは何だろう。

手紙には、成果の一端――と書かれていたけれど……」


 手紙と一緒に小さな皮袋が一つ届いていた。


「お待ち下さい。まず私めが検分を……」


 マリオットが掴もうとしたが、ロミオは奪われてなるまいとひったくった。


「陛下っ」


「駄目だ。

これは私に届いたものだぞ。私が開けなければ礼儀に反する」


「……しかし陛下への届け物は私があらためることに」


「どうでも良いものは、だ。

これは……特別なんだ」


 ロミオは皮袋の口を縛っていた紐を緩め、そして広げた掌の上でそっと皮袋を傾けた。

 こぼれたのは土。そして紙片だった。


 マリオットは目を瞠る。

「土……?

あいつらめ! 陛下をからかったのかっ!」


「まあ待て」

 ロミオは紙片をつまみ上げた。何かが書かれている。


 紙片にはこう、書かれていた。

“初めて耕した畑の土”。


 ロミオは口元を緩め、土の香りを嗅いだ。

 豊かな大地のにおいがした。


「……これは素晴らしいものだ」


「ただの土ではございませんか」


「いいや、それは違う。

これは、国だ」


「は? 国……?」


 ロミオはうなずく。

「そう。全ての国は一つの畑から生まれる。

畑を耕す農民がいて、作物を買おうという商人がいる。彼らを守る兵士が必要になり、それをまとめる騎士がいる。その騎士が忠誠を尽くす国が、主君がある……。

この中のどれが欠けても国は国たりえない。

私はそう思う」


「……陛下。一つ申し上げてもよろしいでしょうか」


「ん、何だ?」


「彼らをすみやかに王都へと呼び戻すべきです」


「何故だ?」


「……帝国方に就くかもしれません。彼らは有能で優秀……。

だからこそお手元に」


「あははっ!」


 マリオットの心配を、ロミオは笑い飛ばした。


「へ、陛下?」


 ロミオの常ならぬ反応に、マリオットはぎょっとした。


「何を言っているんだ、マリオット」


「ですが……」


「信じられないか?」


 マリオットは何とも言えない微妙な顔をした。

「……信じられないというほどではございません。

ただ、常に不安はつきまといます。

忠誠心を売るなど聞いたことがございませんし……。

心は神ならぬ我々には見ることもできません」


「確かに。

だが、デイランたちはよくやってくれた。

ロザバンに関しては正直、私も自分で命じておきながら横暴と思ったよ……。

だが、彼らは成し遂げてくれた。

もし仮に、彼らが我々を裏切ったとしても、報酬分の仕事は十分にやった――そうは思わないか?」


「……まあ、確かに」


「それに、彼らが予私を裏切るとは思えないのだ。

根拠はないけれど、そう思う。

だからお前も、デイランたちを信頼して欲しい。

私が信頼している、だから信頼するという形で今は良いから」


「陛下が彼らをそこまで信頼されているのであれば、何も言いますまい」


「……彼らは己の命を賭して、仕事を果たしてくれた。

私も、いつまでも足踏みはしてはいられない」


 ロミオはこれまで念入りに書き上げた法令の書類を取り上げた。

 これを今度、開かれる、星室議会にてお披露目をする手はずになっている。


 マリオットは微笑む。

「多くの者を敵に回しますな」


 ロミオはうなずく。

 温和な表情だったが、その瞳にある光は強い。

「しかしやらなければならない。

この国をもう一度、蘇らせるためにも……」

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