第四話 森の住人

 デイランたちは商人と共にロザバン居留地へ進んでいく。

 そこは鬱蒼うっそうとした森に包まれた場所だ。


 容易に迷えてしまいそうな曲がりくねった細い道を、案内する商人は馴れた足取りでスイスイと進んでいく。


 デイランたちは馬から下り、馬のくつわを取って歩いていた。

 坂道も多く、馬に乗ったままでは動きにくいと判断してのことだった。


 マックスはうーんと伸びをする。

「綺麗で静かな場所ね。草原も良いけど、森も良いわね。癒される……。

森林浴したいーって感じ!」


 デイランは周囲の気配を探る。

 時折、鳥の泣き声が聞こえる以外は静かなものだ。

「まだかかるのか?」


 商人は歩きながら、「もうすぐですよ」と言う。


 アウルが「ぜぇぜぇ」と息を荒げて、汗をぬぐう。

「早く休めてぇよ。全く。こんな森なんざ、さっさと抜け出してぇ」


「ちょっとアウル。あんたはもっと自然を楽しむ心がないわけ?」


「俺は酒場で酒を飲んで、ベッドで寝る生活が最高なんだよ。

緑くせぇのなんざ――」


 と、その時、ガサガサッと頭上で木々が騒がしく揺れる。

 

 それと同時に、肌のひつくような殺気を覚えた。


 デイランは叫ぶ。

「武器を捨てるっ! だから攻撃するなっ!」


 デイランは腰に下げていた剣を、アウルは鉄棒を落とした。


 デイランたちは無防備になり、両手を挙げる。


 すると木々より軽装の人間たちが下りてくる。


 デイランたちとは五メートルほどの距離を取っている。


 人間たちは目元や、顔に色とりどりのフェイスペイントをほどこし、くの字に湾曲した短剣を腰に帯びる。

 そしてデイランたちに向けて矢を構えていた。

 男女の集団は特徴的に尖った耳をしている。

 エルフだ。


 商人の男はかすかに声を震えさせながら言う。

「みんな、落ち着いてくれ。俺だ。ジョンスンだ。ホラ。商人のっ。

実はこちらの方々が……」


 リーダーと思しき、赤い布を頭に巻いたエルフが殺気をみなぎらせた鋭い眼光でチラッと、商人を見る。

「交易はしていな」


「国王からの手紙を持参している。お前たちの族長に会わせてくれ」


 と、その時、背後で声がした。


「ねえ、この女! エルフじゃない?」


 髪を後ろ出に縛った女エルフが、マックスに気づいて言う。


 リーダーが目を細める。

「エルフ? いや、混ぜ物か」


 マックスは気に入らなさそうにぞんざいに反論する。

「混ぜ物じゃないわ。ハーフよ。見て分からないの?」


 リーダーエルフは、アウルをも見る。

「それに、そっちはハーフのドワーフか?

おい、ジョンスン。お前、いつから見世物興行に切り替えたんだ?

この神聖な土地に下手物を踏み込ませるなんて……」


「どうしても案内してくれないんだな」


 デイランはマックスと、アウルに素早く目配せをする。


「そうだっ!」


 リーダーエルフが矢を素早く引き絞った。


 デイランは商人の男を脇へ突き飛ばすや、足の甲を剣のガード部分に引っかけ、蹴り上げて手に掴み、鞘を払う。


 ほぼ同時に矢が放たれる。


 剣で矢をはね除け、土を蹴り、リーダー格の男めがけ跳躍し、剣を振るう。

 リーダーエルフはそれを胸先三寸でかわした。

 だが、その着地地点を呼んでいたデイランは、鞘を投げ、リーダーエルフの脇腹を強かに打つ。


 リーダーエルフが「ぐっ……」とうめいて、体勢を崩した。


 同時にマックスとアウルも動く。


 マックスは思いっきり横へ跳躍しつつ、腰に止めていた短剣を女エルフへ投擲する。


 アウルは鉄棒を超人的な膂力と素早さで持つと、「うぉぉぉぉぉぉぉ!」と獣顔負けの雄叫びと共に、振り回す。

 森など関係無い。鉄棒は幹を容赦なく抉り、それによって木が何本か倒れる。

 その大混乱ぶりに他のエルフ立ちの連携は途切れる。


 マックスは猫のような俊敏さで、女エルフの背後に回るや、その喉元に短剣を突きつける。

「動かないで! 余計なことをしたら、この女の喉笛をっ切るわよ!?」


 デイランとアウルはマックスの脇を固める。

「そういう訳だ。これでもまだ荒事が好みなら受けて立つが、こっちもどうしてもあんたらの族長と会わなきゃならない用がある。

何が何でも連れて言ってもらう。ここにいるエルフどもをズタズタに引き裂いてもだ」


 女エルフは震える声で言う。

「リュルブレ……私のことは――」


 リーダーエルフ――リュルブレは鋭い声を上げる。

「黙れっ。

分かった……。連れて行く。だから」


 マックスは首を横に振る。

「駄目よ。ちゃんとあわすまで。良い?

私たちを罠にめようという素振りを少しでも見せてみなさい。

あんたの恋人が、とんでもないことになるわよ。

いくら数百歳も生きるエルフだからって喉を切られてまでも生きてはいけないでしょう?」


 アウルが表情を少し曇らせる。

「……とんでもねえ悪人だな」


 マックスは鼻で笑う。

「ここで死にたいんだったら正々堂々と戦えば?

でも忘れない事よ。ここは連中の領域よ」


 リュルブレたちは「ついて来い」と顎をしゃくる。

 何人かのエルフが何かを言うが、「黙れ」とでも言いたげに振り払う。


 この場で商人と別れ、デイランたちはエルフたちへとついていく。


 女エルフはうなる。

「人間は最悪だ。私達に災厄しかもたらさない……!

私たちの居場所を奪っても尚、飽き足らず、まだ私たちを苦しめる……ぐうっ!」


「大袈裟な声を出さないで。ちょっと腕のねじりをきつくしただけでしょう。

……言っておくけど、私たちがあんたたちから居場所を奪った訳じゃない。

それに、私達は話し合おうとしたのよ。それを打ち切って攻撃をしかけてきたのは、あんたらじゃない」


 女エルフは口をつぐんで答えない。


 マックスは呆れたように肩をすくめる。

「あら、だんまり? 良いけどね」


 アウルは「こぇー……」とぽつりと呟いた。


                       ※※※※※


 しばらく進むと洞窟が見えてくる。

 リュルブレたちは真っ直ぐ洞窟へと入っていく。


 マックスが怪訝けげんな顔になる。

「……あれは罠かしら?」


「さすがに違うだろう」


 マックスは拘束している女エルフに聞く。

「ねえ、どうなのっ」


「……フンッ」


「クソ生意気な女ねっ。

あんたみたいなクソ性格悪い女、人間に腐るほどいるわよ」


 アウルが腹を抱えて笑う。

「マジか。それ、自分のことだろ――んぐう!?」

 マックスに臑を強かに蹴られ、アウルは潰れたカエルのような声を上げた。


 ……女エルフの言う通り、洞窟は長くは続かなかった。

 光が見え、そうして抜けた先は街一つ分は勇に入りそうな広々とした空間になっていた。

 元々はここも洞窟の一部だったのだろうが、十メートル以上はあるだろう天井部分が崩落して、空が見えて、日射しが降り注いでいた。

 それによって植物などが生い茂り、陰鬱な洞窟内を緑豊かな場所に変えていた。

 さらにいくつかの民家があり、そこではエルフたちが何人もいた。


 彼らはリュルブレに気づくと笑顔で走り寄ってきたが、すぐ後にデイランたちにも気づき、はっとした表情になる。


 エルフたちがジロジロと睨むように見てくる。


 アウルが、ばつの悪そうな顔をした。

「……まるで俺たち、悪人じゃねえか。

襲ってきたのはお前らの仲間が先だっっつーのっ!」


「まあそんなこと言っても無理でしょうね。

人質をとっちゃってるわけだしね……」


 デイランたちが向かったのは一際大きな屋敷の前だ。

 その屋敷から出てきた女エルフが、リュルブレと話す。女エルフはデイランたちに気づくと、急いで屋敷へ戻っていく。

 しばらくして再び女エルフが戻り、リュルブレに話す。


「――族長がお会いになる。タヅネを離せ」


 デイランはマックスを見るが、彼女は「駄目よ。族長の目の前で解放するわ」と言う。

 リュルブレは苦々しい顔をしたが、「良いだろう……」と屋敷へと、デイランたちを招き入れる。


 そうして行き着いたのは、大広間だった。


 デイランはマックスに告げる。

「もう良いだろう。族長の屋敷で騒動を起こすことはないだろう」


 マックスはようやく、タヅネを離す。

 タヅネは憎々しげな表情で、リュルブレの元へ向かう。

 

 待っていると、鎧に身を固め、腰に剣を携えた女エルフに先導されて、一人の少女が姿を見せた。


 腰まで届くほどの艶めく淡い水色の髪に、尖った耳、丸みを帯びた瞳をもった少女だった。少し大きめのローブのせいか、裾を引きずっている。

 外見年齢とは裏腹に、落ち着いた印象がある。

 見た目は幼い少女のようだが、実の所は数百歳なのか。


 リュルブレとタヅネは深々と頭を垂らしている。


 少女が、デイランたちに目を向ける。


「お前たちか。我が民に対して無礼を働いたのは」


 少女は外見の愛らしさに似ず、老成したような話し方をする。


「俺はデイラン。王国より密命を帯びて来た」


「……わらわは、アミール・ルイージェ・ギョーム・サーフォーク。

サーフォークの族長である。

王国からの? 千年協約に反することを堂々とするのかえ?」


「だから、密命なんだ」


 リュルブレが反応する。

「おい、人間。アミール様にその口の利き方はなんだっ」


「良い。リュルブレ。

持って回ったような言い方で、無礼なことを話されるのは尚更に腹が立つ。

このような言い方の方がよっぽど良い」


 リュルブレは「はっ……」と引き下がる。


 アミールはデイランに先を促す。

「それで?」


「ここに国王からの親書がある。これを呼んでもらいたい」


「開けて見せよ」


「分かった」


 デイランは王家の紋章の旗で包んだ親書を見せる。

 包んでいた旗を外し、手紙の封印を破り、手紙を取り出す。

 アミールは傍らの女エルフに命じ、親書を自分の元に取ってこさせる。

 そうして親書がアミールの手に渡った。

 

 アミールは手紙に目を落とす。

 しばらく沈黙が下りる――と、アミールが顔を上げた。


「うむ、なるほどのう……」


 リュルブレがアミールに目を向ける。

「アミール様、手紙には何と」


「帝国の影響を排除する為に協力を申し出ておる。

その為に、そちらの者たちをお使い下さいませ、とな」


 マックスが呆れたように呟く。

「なにそれ。あのガキ、どこまで腹黒いわけ?」


「お主らはこの内容を知っておったのかえ?」


「いいや、今聞いて初耳だった」


 アミールはクックと微笑んだ。

「お前らの主人は、お前らを散々こき使う気でいるようぢゃぞ?」


「まあそれだけの報酬は貰うからな。

で、その答えは?」


「断るっ!

お主らを頼ったところで、帝国が王国に変わるだけのこと……。

この地は我らの地。妾たちの問題は妾たちだけで解決する。

そんなに協力して欲しいのなら、領土を妾たちに返してから言うのぢゃな」


「なら、帝国にこのまま事実上、占領されても構わないと言うことか?」


「人間共の力は借りぬと言っておる」


「だが今ロザバンで猛威を振るっているムズファス族の背後には帝国がいる。

急激な伸びは異常だ。そうだろう?」


 その時、部屋にエルフが駆け込んできた。

「申し上げます!

ムズファス族の使者が参っておりますっ!」


 アミールは片眉を持ち上げた。

「ムズファス? ……分かったのぢゃ」


 エルフが頭を下げ、部屋を出て行く。


 アミールはデイランたちを見る。

「さあ、話はしまいぢゃ。

人間どもと手をたずさえる気などないっ!」


 アミールの眼差しも、言葉にも決意がみなぎり、それを翻意するだけの言葉を、デイランは持ち合わせてはいなかった。

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