第五話 団結の兆し

 デイランたちは追い出されるように屋敷を出た。


 アウルは顔をしかめた。

「全く。随分と偉そうな小娘だったよなぁっ」


 マックスはデイランに告げる。

「……ロイジャだっけ? ドワーフの方に行ってみる?」


「そうだな……」


 ドワーフにも似たような反応をされる可能性は高いが、今は当たってみるしかない。


 と、デイランたちは村の出入り口の方にエルフたちが集まっているのに気づいた。

 彼らは洞窟を覗き込んで何やら話している。


「どうしたんだ?」


 デイランは尋ねるが、当たり前だがエルフたちは何も答えず、ただ遠巻きにされるばかりだ。

 それでも目には戸惑いと怯えとが色濃くにじんでいる。


 アウルがあごをしゃくる。

「デイラン。行こうぜっ」


「……そうだな」


 そうして歩き出そうとすると、「待ちなさい」と声がかかった。

 振り返ると、老いたエルフと目が合う。周囲にいるエルフたちは止めようとするが、老エルフは構わなかった。


「今、外は危険じゃ」


「危険?」


「武装したムズファス族が固めておる。

お前さん方が出て行けば、すぐに殺されてしまうぞ」


「おい、爺さん、なんで教えるんだよ!」

「相手は人間よ!? 私たちの敵よっ!?」

「あんな連中、死んだって構わないだろ!」


 周りのエルフたちが言うが、老人はなだめるように呟く。

「自分たちの溜飲を下げる為に人間を殺すというのなら、そいつはもうエルフではない。

見た目は同じでも、心は人間と同じじゃ……。

人間を憎めばこそ、利害にのみ固執する人間のようになるべきではない。

命はエルフだろうが、人だろうが、尊ぶべきなんじゃ」


 老エルフの言葉に、反発していた若いエルフたちは押し黙った。


 デイランは老エルフに近づく。


「……教えてくれて助かったよ。爺さん」


「お前さんがたの為にしたんじゃない。自分の為じゃよ」


「それでもだ。ありがとう。助かった」


 デイランが頭を下げる。

 アウルとマックスもそれにならう。

 エルフたちが驚いたようだった。


「――さっき族長の所にムズファスから使者が来たらしいが、出入り口を固めていることと何か関係があるのか?」


「ムズファスの族長、カルゴ・ススは、アミール様に懸想けそうしておる。

しかしこれまで何度も破談になっておる……。

力を持ったムズファスの力を背景に、アミール様との婚姻を迫るつもりなんじゃろう。

人間を大陸から追い出すために協力せよ、とな」


「連中の背後に帝国がいるのは?」


「知ってるとも。ぢゃが、王国を追い出すためだとカルゴは言っておる。

お前さん方は王国か?」


「そうだ」


 老エルフは目を伏せ、嘆息した。

「この期に及んでも尚、人間たちに左右されなければならぬとは……。

昔はエルフもドワーフも共に手を取り、協力し合ったというのに……」


 と、族長の屋敷の方が騒がしくなる。

 ドワーフが屋敷から出てきた。

 老エルフがデイランたちに仕草で隠れていろと指示する。


 デイランたちが物陰に隠れると同時に、「どけっ! どけえっ!」とドワーフのがなり声が響いた。


 しばらくして屋敷から出てきたのはリュルブレとタヅネ、そして女エルフに手を取られて進む、アミールだった。


 リュルブレが叫ぶ。

「みんな、集まってくれっ!」


 住民のエルフたちは屋敷へと駆けつける。

 デイランたちも少し遅れて、屋敷へ向かった。


 リュルブレは村人たちを見渡し、言う。

「みんなも状況は知っているだろう……。

今我が村はムズファス族に囲まれている。連中はこれまで幾つもの同族やエルフ族の集落を襲撃し、己の支配下においている。侵された村は族長の娘を人質として差し出している。

そして今、連中の望みは、アミール様だっ。

アミール様を、カルゴ・ススの妻として差し出せと言っている」


 聴衆は男女の別なく、「ふざけるなっ!」「屈するなっ!」「叩き出せ!」と声を上げる。


 リュルブレはそれをなだめる。

「我々はそれに対し、一日の猶予ゆうよを求め、応じられた……。

みんなと共に話し合わなければ結論がでないと判断してのことだ。

みんなには二つの道がある。

一つ、アミール様を差し出し、ムズファス族どもに引いてもらうか……」


 エルフたちは叫ぶ。

「あり得ない!」

「連中はケダモノだ!約束など守るはずがない!」

「アミール様を差し出して生き残って何の意味がある!」


 リュルブレは言葉を続ける。

「もう一つは、戦うか、だ……。

しかし我々は余りに非力であることを自覚しておかなければならない。

連中は帝国と関係を結び、防具や武器を仕入れている……。

我々には獲物を狩る為の道具しかないのだ」


 若い男たちは尚も抗戦を訴える。

「死んでも名誉を守るべきだ!」「一矢報いずせずして、生きていけるか!」」


 しかし、女性、特に幼い子どもを抱える女エルフたちの表情は暗い。

 老人たちは悟ったような無表情だ。


 そこに声が挟まれた。

 アミールだった。

「静まれ。静まるのじゃ!

若い血潮を滾らせるのは良い……。

妾の為に戦ってくれるという気持ちも、嬉しい。

ぢゃが、どれだけお前たちが勇猛果敢であろうと、連中を相手に戦うのは無謀ぢゃ。

そもそも妾たちには守るべきものが多すぎる……。

女子どもを守り、居場所を守り、その上で十二分になど戦えるものだろうか?

妾はカルゴの元へおもむこう……。

それで、この村が助かるというのであれば……」


「――甘い考えだな」


 その言葉に、エルフたちの目が向く。

 声の主は、デイランだった。


 リュルブレは目を見開く。

「何故お前たちがここにいるっ!」


 デイランは老エルフを示した。

「この方の恩情で命を長らえられた」


「何が甘いというのぢゃ?」


「あんたの考えが、だ。

確かにあんたが嫁げば、連中は一時は退くだろう。

だが、その後はどうする?

ここにいる村人たちは族長を人質に取られているんだ。連中から何か命じられてもそれに唯々諾々いいだくだくと従わざるをえなくなる。

アミール。あんたの献身けんしんは素晴らしいと思う。

だが、それは一時だけのものだ。ここで命をかければ、あんたの価値はその辺の石ころのように安い」


 エルフたちは顔を真っ赤にして、憤る。

「貴様! 族長をバカにするのかっ!」

「人間め! ムズファスの前にお前らを血祭りにするっ!」

「殺せ! 人間を八つ裂きにしろっ!」


 マックスと、アウルが得物を手にして、デイランを守る構えを取る。


 アミールは「やめよ」と言う。

 デイランも二人を引き下がらせた。


「ならば、人間。お主にはこの状況を打開できる方法があると?」


「あんた達に命を賭ける決意があるのは分かった。

それに比べれば簡単なことだ」


「面白い。ぢゃが、妾たちは王国の力も、人間の助力も受けぬ」


「言い忘れていたが、俺達は王国に雇われている傭兵だ。

王家に雇われてこそいるが、王国軍所属じゃない。

分かるか?

俺たちが手を貸しても、あんた達が王国に何ら貸し借りの意識を覚える必要はない。

それに、人間というけどな、全ての人間を信じる通りがどこにある?

あんたたちはすぐにエルフ、ドワーフ、人間と、好き勝手に種族で分けたがるが、

人間の中にも色々な奴がいる。それはエルフもドワーフも、同じだろう。

前の族長が手を取り合って和平を築いた相手は、ロイジャ族――つまりワーフだ。

そして今、この村人にとっても最も大切な存在である、族長を奪おうとしているのも同じドワーフだ……。

人間に対する不信感はそのままにして、俺たちを信じてもらってくれればそれで良い

どうだ?」


 アミールは出会って初めて、理解出来ないという表情を見せる。

「そんなことをしてお主らに何の利益があるのぢゃ……?」

 それはこの村の全員が持っている意見だろう。


「俺たちは王家から近々、代金としてナフォールを貰い受けるつもりだ。

だからその時には、土地造りの為に協力を頼む。

これからお隣同士になるんだ。悪くはないだろう?

あんたは村人の命を救えるし、王国との距離もこれまで通り。

俺たちが勝手に手を貸す――それだけの話だ」


 アミールはおかしそうに目を細めた。

「じゃが、王国がそれで納得するかえ?」


「王国としては帝国の影響を排除できればそれで良いんだ。問題はない。

何より、俺たちもここからどうにか出ないといけないしな……。

どうだ?」


くくく……。

ふふふふ……。

あーっはっはっはっはっはっはっ!


 突然、村中に笑い声がこだました。

 笑っているのはアミールだ。

 彼女は滲んだ涙をそっとぬぐい取ると、「面白い! 実に面白いのう!」と口元を緩める。


「さっきまではむっつりした顔で面白みのない奴ぢゃと思ったが、こうも面白い本性を隠しておったとはっ!

良いぞ。そうであるのならば協力しよう。

ぢゃが、妾たちを裏切れば、地の果てまでも追っていくぞ?」


「分かっている」


 デイランは一人、村人たちの間を進む。

 村人たちはさあっと脇へ退いて、道を作る。


 デイランの腰ほどの高さしかない、それでも高潔な魂と果断さを持ち合わせたエルフの族長の前で、片膝を折り、身を屈めて、目線を合わせる。


「では誓いだ」


「……何ぢゃ、これは?」


 差し出された手を怪訝そうに見る。


 どうやらこの世界には握手をするという習慣がないらしい。


「俺たちの仲間内のもんで申し訳がないが、“握手”という。

お互いに手をぎゅっと力を込めて、握りあう……。

それで共に信頼をしあうというものだ」


「人間は……いや、お主は本当に面白い奴ぢゃのう」


 アミールは小さな掌を差し出してくる。

 デイランは握手を交わした。

 アミールは、リュルブレを仰ぐ。


「戦に関してはリュルブレと相談をしてもらいたい。妾はそのようなものには増えてなのぢゃ。

――みんな、どうか、妾の顔を立てて、この者たちを信頼して欲しい!」


 戸惑いや、納得がいかない表情をしながらも、村人たちはおずおずとうなずいた。


                ※※※※※


 デイランはアミールの屋敷の一角に部屋を与えられ、そこにいた。


 日が沈み、村の家々に明かりが灯る頃。

 来客があった。


 リュルブレと、タズネだった。

 二人の手には食事があった。肉や魚や果実などを調理したものだ。


 アウルが「うほぉ、良い匂いだぜ!」と声を上げる。


 デイランは頭を下げる。

「助かる。腹が空いてたところだ」


 リュルブレたちもここで食ぞをするようだ。

 咀嚼する音だけが静かに部屋の中に響く。


 食事が終わりかけた時、リュルブレはぽつりと言った。


「……正直、感謝してるよ」


「ん? 何を?」


「あの場で、あんたが声を上げてくれなきゃ、みんなを無謀な戦いに巻き込む所だった。

たとえ、あんたがあの時の思いつきでああ言ったとしても……感謝してる。

あんたらが無策でも俺は、恨まない。

アミール様も村人の手前、あんたと約束は結んだが、ご自分がムズファスの元へむかわなければならないことは覚悟しているさ」


「ずいぶんと弱気なんだな」


「この村で戦える人間は少ない。相手は二十人以上の大所帯。

一体何が出来る? 女子どもを逃がそうにも出入り口を塞がれている以上はな」

 

 リュルブレは他の若いエルフのように血の気が多いだけではなく、しっかりと状況を読める力量があるようだ。


「アミールを人質にしたところで俺が言ったとおりになるだけだと思うがな?」


「……分かっている。だから我々は村を捨てる」


「アミールを生けにえにするのか」


 タズネが怒りに震え、目を見開き、ひどい剣幕を上げた。

「アミール様はご自分の身を捨てて村のみんなを守るのよっ!

好き勝手なこと、言わないで!!」


 タズネを、リュルブレがやんわりとなだめる。

 タズネは赤くした目を伏せた。


 マックスが溜息を漏らす。

「……今のはあんたが悪いわよ」


「……そうだな。軽率なことを言った」


 リュルブレは薄く笑う。

「構わない。

アミール様はご自分から全てを決断されたのだ。あの若さで、だ。

頭が下がる……。

同じ立場にいても、そんな決断を俺は天地がひっくり返ろうが出来る覚悟はない」


「安心しろよ。あんたらの族長をそんな目にわせたりはしないさ」


「……何かあるのか?」


「当たり前だ。そうじゃなきゃあんなことは言えない。

それにはあんた達の協力が不可欠だ」


 リュルブレとタヅネは半信半疑の表情だったが、姿勢は前のめりだった。


 デイランは口元を緩める。


「良いか。

作戦はこうだ――」

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