第三話 帝国の影

「おい、酒だ! 酒を持ってこいっ!」


 酋長しゅうちょう屋敷で怒号が響く。


 声の主は、ムズファス族の族長であるカルゴ・ススである。

 鋭い眼光に太い眉、黒い髭。

 隆々とした筋肉ははちきれんばかりで、鋼のような筋肉でよろわれた上半身は裸で、獣皮と獣毛で作られた下衣を身につける。


 あられもない衣装を着せられた女エルフや女ドワーフたちが、二人がかりで酒のかめを、続いて酒の肴の獣肉や木の実、果実などを大皿に盛って運ぶ。


 彼女たちはムズファスによって侵略された他部族たちが差し出してきた少女たちである。


 女ドワーフが「おぎしますわ」と、瓶から杯に入れようとするが、


 カルゴは、

「いいや、そのままで良い!」

 と、言い放つや、瓶を両手で抱えるようにすれば、そのままグビグビと飲む。

 口からこぼれたものが逞しい筋肉をビチャビチャと揺らした。


 そしてあっという間にかめ一杯を空っぽにしてしまえば、

 乱暴に口元を拭い、がはははっ!と声を上げて笑う。

 周りにかしづいていたエルフやドワーフたちが褒めそやす。


「アルノン。今日のとぎはお前だぜぇ?」

 女ドワーフの細い腰を抱き寄せ、脂下やにさがった顔をした。


「光栄ですわ」

 女ドワーフは頬を染め、たくましい胸板にしなだれかかる。


「おお! よしよしっ!」

 そうして今しもカルゴが女ドワーフにのしかかろうとその時、やかましい音が部屋へ押し入ってくる。


 傅いていたエルフやドワーフの娘たちが「きゃあっ!」と悲鳴を上げて、カルゴの元に駆け寄る。


 入って来たのは、大柄な二人の男を従えた、肩に掛かるほどに長い紫の紙をした中年男性だった。


 カルゴは「おい! 今はたてこんでるんだぞっ!」と濁声だみごえを上げる。

 その声はどれほど屈強な部族の男もちびるという威勢の良さだが、

 対する男は眉一つ動かさず、「こちらも立て込んでおりますので。……お人払いを」

と落ち着き払ったまま言った。


 ケッ、とラルゴは気に入らなさそうに吐き捨てるが、それでも「おい! 失せろっ!」と女たちを乱暴に追い払った。


 カルゴはつまらなさそうな顔で頬杖をついた。

「何の用だよ、オーランド」


「女をはべらせ、酒を飲み、良いご身分ですな」

 男は溜息を漏らす。

 男の名前は、オーランド・グルワース。皇帝の命を受け、居留地工作を担当している外交官である。

 歳の頃は四十代。口ひげを撫でる。


 青筋を立てたカルゴが喧嘩腰に声を荒げる。

「あっ!? ケチをつけにきたのかっ!?」


 すかさずオーランドの護衛騎士が腰に帯びた剣の束に手をかける。


 カルゴが不気味な笑みを見せる。

「おう、てめえら、抜いてみろよ。分かってるか?

外にいるのは俺の部下ばかりだ。

俺に怪我をさせて、生きてここから帰れると思うなよ? えっ!」


 オーランドは、騎士たちにやめるよう言い、カルゴにも冷静になるようなだめる。

「何者かが、四人のドワーフを殺したそうではありませんか」


「ああ……。その件か。馬鹿な連中だ。

全く。バカ共が。油断しやがってっ」


「あなたにはもっとやるべきことがあるはずだ。

ロザバン居留地の統一、そして王国領ナフォールへの侵攻……。

どちらも中途半端ではありませんか。小さな村を焼き討ちにし、ただ虐殺を働くだけとは。

我々の渡した装備でもっと大きな街も狙えるはずでしょう」


「うるせえなぁ。こっちにも色々と準備があるんだよ」


「準備ですか? それにしてはかなり時間がかかっているようですね。

特にサーフォークと細かくやりとりをしているようですね。

何をやっているのですか?」


「あのなぁ、ここにいる連中は仲間だぜ?

サーフォークと言えば、前の頭領は死んだが、まだまだエルフ共からの信頼が篤い。

それを力任せにやってみろよ。

俺は全エルフから恨みを買うことになる。そうなったら、王国をどうのこうのとするどころじゃなくなるんだぜ?」


「なるほど……。

では決して手抜きをしている訳ではない、と?」


「あたりめえだっ」


「であれば、承知いたしました。

皇帝陛下はあなたのことを買っておいでです。決して陛下の期待を裏切らぬよう、お願いしますよ」


「分かったよ。皇帝陛下には感謝してるさ。

俺がどんだけ陛下を好きか、伝えておいてくれよ。へへっ」


「では失礼いたします」

 オーランドたちは部屋を出て行った。


 締まった扉に、木製のさかずきをぶつけた。


「……何が皇帝陛下が買っておいで、だっ! クソ野郎がっ!

人間め。ここを統一し、アミールをこの手にしたら、てめえらからぶっ殺してやるッ!」


 鋭い双眸をギラギラと輝かせ、カルゴは声を上げた。


                ※※※※※


 護衛の兵士がおずおずと聞く。

「オーランド様。よろしいのですか? あの男、我が国の力を己の欲望の為に……」


 オーランドは憎々しげな顔をし、吐き捨てる。

「良いも何もあるものか。この居留地ではあの男に頼らざるを得ないのだ

まあこれだけ言ったんだ。少しは重い腰も軽くなるだろう。

それに……」


「それに、何ですか?」


「連中がここを統一し、王国の領土を大々的に侵すことになれば、

それは千年協約違反だ。いつでも軍をここに送り込み、大手を振ってゴミどもを皆殺し出来る。

ドワーフもエルフもけがらわしい奴らはこの際、根絶やしにされるべきだからなぁ」


 護衛の兵士たちも、なるほどと言って、ほくそえんだ。

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