第二話 州都アルゼン
州都・アルゼンに
とりあえずここまで襲撃を受けずに済んでいた。
都市の門は開け放たれ、商人たちの荷馬車がいくつか並んでいる程度ですぐに入れそうだった。
そしてデイランたちの順番が来る。
馬の轡を取り、門の衛所へ向かう――と、衛士の一人がデイランたちの姿を見るなり、はっとした顔になった。
他の衛士たちも次々と同じような表情をすると、槍を手に取る。
たちまち衛兵たちに囲まれてしまう。
アウルが叫ぶ。
「何だ、お前ら!」
デイランはアウルが暴れないよう声を上げる。
兵士を一人でも殴り飛ばしたら、それこそ大騒動になってしまう。
「デイラン、やめろ。何も手を出すな。大人しく従えッ」
デイランたちは両手を挙げる。
「おい。何の真似だ? 俺たちが何をした?」
衛兵の隊長と思しき、固太りしたひげ面の男がジロジロとデイランを見る。
「お前は、エルフでもドワーフえもないな」
「ついでに言うと、この二人も違う。二人はエルフとドワーフのハーフで、俺の仲間だ」
「どうだかな。とにかく今はエルフもドワーフも入れる訳にはいかない」
「……ここの行政長官、クリム・ウルトゥルフ宛ての書状がある」
「おい、言うに事欠いてそんな訳のわからんことを言うのかっ?」
「事前に都から早馬が来ているはずだ。特命を受けた者が訪れる、便宜を図って欲しいと――。それともあんたは知らないか?」
男の厳めしい表情にかすかな迷いが走る。
と、傍らの兵士が耳打ちをする。
デイランには聞こえなかったが、隊長の表情から内容はある程度、推測できる。
「……その書状という奴を出せ。良いな。下手な真似をしたら容赦しないぞっ」
「分かってるさ」
デイランはゆっくりと懐に手を差し入れ、そして衛士たちに良く見えるように書状を取り出した。
それにも蝋で封印がされているが、その蝋には王家の紋章が刻印されている。
隊長が恐る恐るという風に手紙を取ると、
「疑いは晴れたか?」
「と、とにかく、これより我々より来い。少しでも逆らえば縄目を打つぞっ!」
「分かった」
隊長の男と兵士たちに囲まれながら街へ入る。
まだ早朝ということもあって往来を歩く人の姿はなく、しんと静まりかえっている。
連れて行かれたのは、街の中でも最も高い尖塔を持った建物――州都アルゼンの行政府だ。
ある一室に通され、そこで待つように言われる。
「おい、良い加減、槍くらい下ろしてくれても良いんじゃないか?」
しかし仕事熱心な衛兵隊長は頑固だ。
「……下手な真似はするなよ」
突きつけられた槍がなくなる。
「感謝する」
「……お前ら、本当に都から、来たのか」
隊長の自信を無くしかけた物言いに、思わず噴き出しそうになるが、頑張ってポーカーフェイスを装う。
「安心しろよ。
別に俺たちは貴族じゃないし、あんたを処罰してもらうよう頼むつもりもない。
あんたは職務に忠実だ。それだけだ。だろう?」
隊長は何と言って良いのか分からない顔をする。
マックスが言う。
「ねえ、隊長さん。
私達を警戒するのは、ドワーフたちが村を襲ったりするから?」
「何か知っているのかっ」
「私たちも見たのよ。焼かれた村を。村人は男はもちろん、女子ども容赦なく皆殺しにされていたわ。
……私たちも襲われた。どうにか逃げ切れたけどね」
「そうだ。ドワーフだけではない。エルフも境界を犯しては、近隣の村を襲う。
連中の狙いは物資ではない。我々人間の命だ。
だから子どもこそ、容赦なく殺す。
我々の種を根絶やしにする為だ。
……あんたら、本当に、ハーフなのか」
アウルはうなずく。
「俺がドワーフに見えるか? そりゃこの筋肉は人間には難しいだろうが、この堂々とした体格は、ドワーフとは桁違いだ。だろ?」
マックスも言う。
「私は見た目じゃ分かりにくいけど、エルフは夜行性でしょう。
私は夜目がほとんど利かない。
他には……そうね。
エルフは人間を嫌う。けど、私は人間は好きよ」
と、そうこうしていると、その部屋に庁舎の役人が訪ねてくる。
「長官がお会いになられるようです。三人方、こちらへ」
デイランは心配そうな顔をする衛兵隊長を見やる。
「安心しろ。な?」
「あ、ああ……」
衛兵隊を残し、デイランたち三人は庁舎の最上階の部屋へ通される。
そこに待っていたのは、眼鏡をかけた、ひょろりとした長身の青年だった。
栗色の髪は丁寧に撫でつけられ、品がある。
行政長官というくらいだから、もっと老齢だと思っていただけに、少し驚く。
「あなた方が陛下からの使者が言っていた……?」
デイランは全てを話せば良いか言い淀んだ。相手が何も知らない可能性もある。
「安心して下さい。あなた方の任務は承知しています。
帝国の影響を排除し、居留地の平定――でしょう?」
「話が早そうで助かった」
「自己紹介を。
私は、クリム・ウルトゥルフ。男爵です」
「俺はデイラン。陛下に雇われている傭兵団の頭だ。
こっちの大男はアウル。この女はマックスだ」
よろしく、と挨拶を交わす。
「誤解しないでくれ。あんた、若いな」
「ああ……。父が病気を患っているんです。その代理ですよ。
――と、それはともかく。居留地のことですが……」
「エルフとドワーフがこの地まで脅かしているらしいな。
衛兵隊の隊長も言っていたし、俺達もここに来るまでに見た」
クリムは苦笑して、眼鏡の押し上げた。
「ダルダンのことは許して下さい。
彼は職務に忠実で、そして……少しばかり、融通に欠ける男です。
しかし心根は優しく真面目な人です。
私も信頼してます」
「分かってるさ」
「それは良かった。あなたたちが後々、この土地の領主になるという話もありますからね」
「それはまだ発表されてない
「こんな田舎にいても王都との伝手というのは繋いでおくものですよ。
まあ噂程度ですけれど」
「大したもんだな。だが、まだそれは後の話だ。
居留地のことが何とかなったらということになっている」
「なるほど。
では今から少しでも媚びを売っておく為にも、早速本題に移るといたしましょう」
クリムは本気なのか冗談なのか分からないことを言いつつ、大きな地図を広げた。
大陸地図ではなく、この辺りの詳細の地図だ。
アルゼン地方だけではなく、居留地まで詳しい。
「居留地まで分かっているのか」
「無論、機密扱いではありますが……。
ここに書かれている文字は部族名ですよ」
「それぞれの部族をまとめていたエルフとドワーフの首長が殺されたらしいが」
「サーフォーク族と、ロイジャ族ですね。
今はどちらの後継者も若く、統率力を完全に失って、
人間との敵対を掲げる勢力が大きくなっています」
「帝国の介入の可能性を考える向きもあるが、どう思う?」
「今、力が強いのは、ムズファスというドワーフ集団で、エルフやドワーフ問わず和平派を攻撃して、自分たちに従わせていますね。
いくら和平派の首長が相次いで死んだとはいえ、たったそれだけのことで、こうまでいきなり攻撃的になり、そればかりか、他の部族への攻撃をするものか。
これまで自然に首長が死んだことはあrますが、こんなことは初めてですから。
その動きは余りに速く、計画的です。
……馬鹿にしているつもりはないが、ドワーフがそこまで頭が回るかと考えられませんから」
アウルが不愉快そうに鼻を鳴らす。
「十分、馬鹿にしているけどな」
クリムは微笑を浮かべ、「それは申し訳ありません」と頭を下げる。
アウルは素直に謝られ、「まあ良いけどよ……」と肩をすくめた。
デイランは二枚の書状をクリムに見せる。
「俺たちはこの国王陛下からの書状を、そのエルフとドワーフの部族に渡して協力を仰ぎたいと思うが、比較的どちらが
「サーフォーク族ですね。
ロイジャは、同じドワーフのムズファスが暴れているが、力ずくで止めに入ることには及び腰のようです。
それにエルフは冷静ですし、考えを巡らせるのも得意ですから、感情に走らない決断をしてくれるかもしれない。
どのみちロザバンで帝国が幅を利かせるのをエルフにとっても避けがたいですし」
マックスは名に勝ち誇ったように胸を張る。
「エルフは冷静で、考えを巡らせるのも得意……ね。
まあ、そうよねえ。
ドワーフみたいに斧を振り回すだけのトンマとは訳が違うもの」
アウルが「何だと!」と声を上げる。
マックスは一切怯むことなく、「何よ!」と食ってかかり、お互いに睨み合った。
クリムは二人のやりとりをぽかんとして見つめる。
「お二人は、ハーフ……なんですよね……?」
苦笑するデイランはうなずく。
「ああ。でも自分に関係あることだ。悪く言われれば気分も悪いだろ?」
「なるほど。
デイランは二人の間に割って入った。
「二人ともそこまでにしとけ。その力は後に取っておけ」
「デイラン殿。いつロザバンに
「出来る限り早く。今日中であれば尚更良い」
「分かりました。ではサーフォーク族と交易をしていた商人を紹介します。
彼と共に向かえば、いきなり攻撃されるということはないでしょう」
「クリム、色々すまないな」
「いいえ。これくらい何ほどのことも……。
ですが、もしあなた方がこちらの領主になることは私どものことはよしなに」
要領の良さに、デイランは思わず笑ってしまう。
「ああ。考えておくさ」
色々と計りにくい男のようだが、優秀で助かった。
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