第四話 ラヴロン平原の戦い

 そうして、マリオットと話してから一週間後――。


 王国側の領地、ラヴロン平原において王国軍と帝国軍が睨み合う。

 帝国軍側の渡河を許したのは相手の動きが余りに速かった為、しっかりと陣を築いて迎え撃つという作戦に切り替えたのだ。


 そんな王国軍の動きを調べるデイランは、嘆息を禁じ得なかった。

(自分たちが不利だって認識はあるのか?)

 正直、呆れてしまう。


 デイランたちの騎馬隊は平原に点在する森の一画に、身を隠していた。

 戦の前後には連絡は行わないと、事前にマリオットには伝えてある。


 そしていよいよ両軍がぶつかりあう。

 土埃が舞い上がり、空を覆い隠す。


 アウルが馬上で、今にも飛び出したそうに手綱を握りしめる手の力を強くしたり、緩めたりする。

 デイランを初めて誰もが胸当て程度の軽装だ。

 これは馬を操作性を限界まで高める為だ。


 アウルが辛抱できないとばかりに声を上げる。

「お、おい、デイラン! 始まっちまったぞ!? 行かなくて良いのかよ!?」


 泰然自若としたデイランは静かな、遠くの戦闘を見ている。

「そんなに慌てるなよ」


「でも! 俺たち無しで勝ったりなんかしたら……」


「こんなことを言うのも変な話だけど、安心しろよ。

連中が勝てるはずがない」


「どうしてそんなことが分かるんだ」


 そのアウルの言葉は、他の仲間たちも同様で、アウルのように直接的に聞いてはこないが、表情で丸わかりだった。


「連中は愚かにも、堂々と川を渡らせた。数が劣勢である以上、奇襲でも何でも相手に打撃を与えておき、少しでも流れを自軍に有利にさせるべきだ。

だが連中はそうはしなかった。

そんな風に気配を読めない連中が帝国に勝つことは不可能だ。

平原で正面から戦えば、ものを言うのは数だ。最初に押していても後には押し切られる」


「じゃあ、いつ、向かうんだ?」


 デイランは言う。

「帝国が餌にしっかり食いついてからだ」


「え、餌? 餌なんて……」


「良いから、待て」


「あ、ああ……」


 いつものようにアウルは納得はしていないようだった。

 さすがに戦場という空気に飲まれているのかもしれない。


 命のやりとり。

 前世でそれはいやというほど経験している。


 戦争を知らないのはデイランも同じだが、このひりつくような緊張感は組同士の抗争で経験があるものと非情に似ている。


(頼むぞ、王国軍。簡単には崩れてくれるなよ)


                   ※※※※※


 それからさらに三十分ほど時間が経った頃。

 王国軍の貴族たちで構成される精鋭(と連中が吹聴する)騎馬隊が、帝国軍の洗練された騎馬隊に包囲されていく。

 もはや王国軍は大口を開けた黒狼に飲み込まれる寸前だ。


 デイランは叫んだ。

「出陣だっ!」


 副官が角笛を吹く。


「良いか、とにかく敵を一人でも殺せっ!」


 デイランの叫びに部下たちの目の色が変わる。

 肝の据わった目だ。


 騎馬隊は一気に森を飛び出し、土煙を上げて突っ走る。

 風はデイランたちに追い風だ。

 背中で吹き付ける風を感じながら、ぐんぐんと速度を上げる。


 そしてアウル率いる先鋒が、勢いに乗って押しまくる帝国軍の無防備な横腹を突く。


 アウルは鉄棒を振り回し、何が起きたのか理解していない帝国兵を次々と薙ぎ払う。


 たった一度のぶつかりで、呆気なく帝国軍は乱れる。

 急襲は成功した。

 薄い布を断裁するかのように、デイランたちの騎馬隊は一つの塊になって帝国軍の騎馬隊や傭兵部隊を貫く。


 デイランも槍を振るい、歩兵を貫けば、温かな血しぶきが頬に当たる。


 デイランたちは尚も、戦場を疾駆し、伸びきった帝国軍の備えの薄いところを食い破っていった。

 戦場は初めてでも、誰もが多かれ少なかれ、命のやりとりをしている。

 誰もが命のやりとりを思い出し、目をギラギラと光らせていた。


 明らかに王国軍のどの騎馬隊とも動きが違うデイランたちの騎馬隊に散々蹂躙され、陣形を維持しきれなかった帝国軍。

 まず傭兵達が背中を向けて逃げ出した。


 それまで攻めに攻められまくっていた王国軍は帝国軍からの圧力が目に見えて小さくなることに気づくや、逆襲に転じる。


 最早帝国軍の前線は形をなさず(それは王国軍も同様だったが)、デイランたちからの奇襲も功を奏し、引いていった。


 デイランを声を上げる。

「停止だっ!」

 副官が角笛のリズムを変えた。

 全軍は訓練通り、綺麗に号令に従う。

 誰一人も欠けてはいないが、誰もが訓練以上に動いたことで肩で息をし、頬を上気させていた。


 アウルがまだ戦い足りないと引いていく帝国軍を見送る。

 デイランはその肩を叩く。


 アウルは唇を尖らせ、子どもっぽい表情になる。

「おい、良いのかよ。まだやれたぜ?」


「分かってる。だから止めたんだ」


「どうしてだよ」


「これ以上やっても敵は崩しきれない。そもそも王国軍を見ろ。

ほとんど陣形がないだろう。

俺たちが崩せたのは前線だけだ。敵方は退却しながらも本陣や中陣はまだしっかりと陣形を保てていた。

俺たちだけが出張ったら、包囲されていたかもしれない。

だから深追いは危険なだけで益なしと判断した。分かった」


「まあ、何となく……」


 デイランは笑みを見せた。

「とにかく俺達の勝利だっ」


 アウルはすぐに気持ちを切り替え、拳を振り上げた。

「おう! お前ら、勝ったぞーっ!」


 部下たちが、「ウォーッ!」と勝利の雄叫びをこだまさせた。


                  ※※※※※


 多くの貴族たちが居並ぶ本陣に、デイランは雇い主――ロミオの元へ向かう。

 従っているのはアウルだ。


 貴族たちはみんな一様に、まるで童話の世界から抜け出てきた白騎士のような華麗な鎧に身を包んでいるが、誰もが勝利をものにした軍にしては汚れ、表情は憔悴し、とても勝利した陣営とは思えなかった。


 そしてデイランたちを見る目は、鋭く、不審と敵意を孕はらんでいる。


 それはまるで初めて組長に連れられ、上位団体の組に挨拶に向かった時のようで、変な感想ではあるが、懐かしかった。

 よそ者へ寄せる敵意というのは、この世界でも健在らしい。


 マロンの面前まで来ると、片膝を折り跪ひざまずいた。

 マロンは床机しょうぎの上に座り、傍らにはマリオットがついている。


「――デイラン。ご苦労だった。

見事な活躍ぶり、満足したぞ」

「はっ!

ありがたき幸せにございますっ!」


 と、貴族の一人が恐る恐るという声を上げる。

「陛下、この者たちは……」


 マロンはこともなげに答える。

「予よが雇った傭兵だ」


「傭兵? 陛下がでございますかっ!? 何故……」


「此度こたびの戦は我が国の今後を占う大事なもの。

予とて、ただ座っているというだけではいられぬと思ったのだ。

問題があるか?」


「い、いえ……。

ですが、陛下には我々が」


「そなたたちを信頼していないという訳ではない。

ただこの者たちの優秀さは我が国に必要だと思ったのだ。

事実、そうなった。この者たちがいなければ我が軍は崩壊し、今頃、帝国軍は

近くの街を蹂躙じゅうりんしていたことだろう」


 ロミオの言葉に、貴族たちは何も言わず目を伏せる。

 ロミオはデイランを見る。


「デイラン、立て。

――皆の者、これよりこの者を我が側近として今後の帝国との戦に協力をしてもらう。

良いな」


 それまで観劇に入り浸りの王の突然の独断に、誰も反論できない。

 ロミオは満足げにうなずき、立ち上がって声を上げる。


「さあ、皆っ! 戦の勝利を祝おうではないかっ!」

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