第三話 戦の足音

 歌劇場での契約から数日後。

 王都の郊外の草原で、デイランたちは訓練に励んでいた。

 デイランたちの部隊が動くたび、土煙が濛々もうもうと上がる。


 デイランが率いる部隊は総勢、百人。

 本当であればもっと数はいるのだが、精鋭となると数は絞らざるを得ない。


 デイランたちの部隊の特徴は、歩兵がいないことだ。

 全員が騎乗し、移動するのだ。

 数の少なさを騎馬隊の機動力で補うのだ。


 デイランの合図に合わせ、デイラン付きの副官が角笛を吹く。

 吹き方の違いで、進軍・進軍停止、右へ曲がれ、左へ曲がれ――。

 他にも散兵、集合などの合図を使い分ける。

 頭で意識せずとも、身体が反応するように兵の一人一人の身体に念入りにたたき込んだ。


 アウルは前衛部隊を指揮する。

 アウル指揮下の部隊は特攻隊長で、特に勇敢な連中を集めている。


 獲物は長槍で、腰にも剣を下げている。


 装備だけを言うならば、どの傭兵部隊にも負けてはいない。

 そもそも騎馬を中心とした部隊そのものが傭兵ではほとんど見かけない。

 騎馬は騎士や指揮官の乗り物――この世界にはそういう概念が存在している。


 しかし、前世のあるデイランにそんな観念は存在しない。

 騎馬隊は有効な作戦だと知識として知っているのだ。


 デイランは叫ぶ。

「よし、休憩っ!」


 近くに設けてあるテントに戻る。

 そこでは女性陣たちが炊き出しをしてくれていた。


 マックスが笑顔で迎えてくれる。

 マックスはこの部隊には含まれない。

 彼女及び、その配下は兵站や工作などを担当するのだ。


「デイラン。お疲れ様。はい」


 渡してくれた布で汗を拭い、水をごくごくと飲んだ。

「ありがと。動きはどうだ?」


「かなり良くなったわ。一糸乱れぬ、とはあのことね。

でも、実戦はまた訓練とは違うわよ?」


 マックスの手厳しさに苦笑する。

「分かってる。でもこればっかりはやりようがないだろ」


「そうね。訓練を信じるしかないな」


 アウルが大汗をかいて近づいてくる。

「マックス、俺にも水ぅっ!」


 マックスは柳眉りゅうびをひそめる。

「……は? 自分で取りに行きなさいよ」


 アウルはげっそりした顔をした。

「冷たすぎねえっ!? 俺も頑張ったんだけど」


 マックスは威嚇する猫のように目をつり上げる。

「……うっさいわね。私はデイランと話してんのよ。

しっ、しっ」


 そこへアウル隊の兵士が駈けてくる。

「――隊長、水っすよっ!」


「おお! お前ってやつはぁっ! 最高だーっ!」

 アウルは感激して、部下に抱きつく。


 その様子に、デイランは苦笑する。


「デイラン。マリオットから連絡があったわ。いつもの場所で会いたいそうよ」


「分かった。

マックス付いてきてくれ。

アウル。少し休んだら訓練を再開してくれ。くれぐれもやり過ぎるなよ」


 アウルは拳を堅く握った。

「おう! 任せろっ!」


※※※※※


 いつもの場所とは、デイランと初めて会った宿屋の二階だ。

 今日はマックスを連れる。


 マックスは眉を持ち上げた。

「おや。いつものあの体格の良い護衛役は? 確か、アウルとか」


「あいつには兵の訓練をさせている」


「そうか。

……戦争が間もなく始まる」


「国境線に兵が集まっているらしいな」


「さすがに耳が早いな」


「マックスがその手の情報を集めてきてくれるんだ」


「そうか……。王国軍よりも優秀だな。

王国軍も進軍の準備を進めている。このままいけば、一週間後にはラヴロン平原で両軍がぶつかることになるだろう」


「承知した」


「そこで、陛下より賜ったものがある」

 マリオットが仰々しそうに取り出したのは、

 頑丈そうな長方形の箱だ。ご大層に大きな南京錠まで付いている。


「ずいぶんと仰々しいな」

 鍵を開け、フタを開ける。


 入っていたのは、王冠と剣と盾が描かれている一枚の旗だ。


 デイランはマリオットを見る。

「これは?」


「王家の紋章だ。本来であれば近衛軍にのみ許されるべきものだ。

これを貴軍へ、と陛下は仰せだ」


 デイランはそれを受け取った。

「で、陛下は俺達のことは?」


「言える訳がない。それこそ妨害が入る」


「そんなんで俺たちを雇って大丈夫なのか?」

 マリオットは笑う。


「それこそ、君たちの活躍次第だ。君たちが戦場において他の貴族どもがつべこべ言えぬほどの功績を見せれば、君たちの存在は帝国との戦いにおいて無くてはならない存在であると、陛下は誇示することが出来る」


「なるほど……。

一蓮托生いちれんたくしょうという訳か。一国の王様とそんな関係になれるとは光栄だな」


「デイラン。皮肉はやめてくれ。

そうしなければならにほど、陛下のお立場は危ういのだ。だが、陛下を失えば、あの約束も反故ほごにせざるを得ない。

部下達をぬか喜びさせることは、君の本意ではないだろう?」


「そうだな。

分かったと陛下に言ってくれ。この旗を掲げ、存分に勝利に貢献してみせると」


 マリオットは頷く。

「では、また戦が近くになった頃に、我が軍の動きを伝えよう」


「分かった」

 デイランたちはマリオットを玄関まで見送る。


 彼はいそいそと路地の暗がりへと消えていった。


 マックスが肩をすくめる。

「私たちの乗った船が泥舟じゃなきゃ良いけどね」


 確かに、と同意しながらも、デイランは続ける

「だが、土地をくれたのは陛下だけだ。それに、こっちの方が劣勢であることを考えれば、活躍のし甲斐がある。

こっちが優勢だったら、弱い者いじめになるだけだからな」


 マックスは微笑んだ。

「そうね」

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